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第4話 不都合な依頼

「手っ取り早く『トロルオーガ』の討伐なんていいんじゃない?」


 リリンカが唐突にそんなことを言った。


 何層にも重ねて張られた依頼書によって、ツル科の植物に埋め尽くされた石垣みたいになった掲示板の前を、ぼくが何気なく素通りしようとしたときのことだ。


「『トロルオーガ』?」


 元より今は依頼を受けるつもりはなかったから、リリンカの提案は寝耳に水だった。

 とりあえずリリンカのところまで戻って彼女が手にしていた依頼書を受け取る。


 ……なんとも羽振りの良い依頼だ。


 トロルオーガを三体狩るだけで金貨30枚。銅貨換算で、……え~っと、3000枚?

 いいねぇ、と一瞬思ったけど、よく見ると『レベル50以上』と指定がしてあった。


「無理だよ、ぼくのレベルじゃ依頼を受けることができないよ」


「『ケイオスワーム』の討伐も悪くないわね」


 こっちは『レベル55以上』とある。……増えてんじゃん。


 何ともなしに掲示板の依頼書を見ていると、ほとんどがレベル30以上の依頼ばかり。


 たまにレベル10以下の依頼もあるけど、こっちは下水道掃除やら、難所だったり遠出だったりで割に合わないお使いやら採集やらの誰もやりたがらない依頼ばかりだ。


「どれがいい?」


 リリンカが依頼書を並べて見せつけてくる。


「『セージエイプ』? 『シェンロンリザード』? 『カラミティバグ』?」


 ちなみに全部、レベル40代指定の依頼だった。


「だから、ぼくのレベルじゃ――」


「あんたバカっぽいから『おらぁ~、数字がよくわからなかったでし~』とか言っておけば通じるんじゃない?」


「数字わかるし! ってか、誰の声真似だ!」


「村で有名なでくの坊のデクちゃんのモノマネよ」


「知らんわ!」


「は~ん♪」


 にや~っとリリンカは意地が悪そうに笑った。


「もしかしてもしかして! フィルちんは自信がないのかにゃ~? レベル50代指定の『サイクロプスジェネラル』を討伐したんだから楽勝じゃな~い?」


「……ぐっ!」


 楽勝じゃなかった! と叫びたかったけど、こいつに弱みを見せるのは、……癪だ!


「いいよ、やってやろうじゃん!」


 ピュ~、とリリンカが小馬鹿にして口笛を吹く。


「いいね、それでこそ男の子!」


「でも、レベル差、凄いけど大丈夫? 受けられるの?」


「受けるだけなら簡単よ。レベルの指定は『死にたくなければこのレベルになってから受けなさい』って意味だから。指定レベルの半分もあれば依頼は受けられるわ」


「なるほど」


「あんた、今レベルいくつだっけ?」


「ぼくの冒険者カード見たのでは?」


「見てないわ。興味なかったからさっさと機械に通したもの」


「さいですか……」


 いちいち腹の立つリリンカだ。……まあいいや。レベルがいくつかはぼくも気になるところ。ダンジョンを出てからほとんどで寝ていたから、英雄辞典を見ていなかったからね。


 英雄辞典を取り出し、ペラペラペラ、と。

 ――おお!


 ――――――――――――――――――――――


 契約者:フィルメル・メイクイーン

 性別 :男

 種族 :人間

 年齢 :14歳

 クラス:村人

 レベル:15→25


【ちから】  :18→23+15

【たいりょく】:12→15

【すばやさ】 :18→24

【かしこさ】 :11→14

【きようさ】 :10→13+10

【まりょく】 :14→17

【うんめい】 :12→20


【さいだいHP】  :63→115

【さいだいスタミナ】:81→142+10

【さいだいMP】  :75→115


 ――――――――――――――――――――――


 なっ、ななんんと! 『10』も上がってるぅぅぅぅぅ~!

 サイクロプスジェネラル倒したからかな? きっとそうに違いない!


「渋い上昇ね……【うんめい】が一番伸びてるじゃない」


 呆れたようなリリンカ。……むぅ、人の喜びに水を差して。

 確かに【うんめい】が一番増えてるけどさ。


「情けないステータス。これでどうやってサイクロプスジェネラルを倒したのよ?」


「どうって……」


「言っておくけど、サイクロプスジェネラルはレベル80代指定の魔物なのよ? あんたみたいなのがどんなに運を味方しようと勝てるような魔物じゃないの。わかってる?」


「でも、勝ったし……」


「どうやって?」


「これのおかげだよ」


「そんな魔導書が……何だって言うの?」


「これは『英雄辞典』だ、これのおかげでぼくは生き延びることができたんだ」


 かくかくしかじか、とオルト迷宮での顛末を話して聞かせてやった。


「で、最後はこれでとどめを刺したんだ」


 蛮勇王ギガマラテス様の項目を指ちょん。

 出てきたスキル欄のうち《リビドラオン》のところを、また指ちょん。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 《リビドラオン》


 説明:

 肉が断たれ、骨が砕かれようと、その歩みが止まることはない。流れ落ちる血が、正気を蝕む激痛が、巨岩のごとき拳骨に集まり、必ずや報復の一撃となって苛むであろう。おのおのが残したそつがこの災禍を招いたのだ。これこそが因果応報と呼ぶべき業である。


 効果;

 ★  :消費HPの1000倍のダメージを返す。残りHP10%で使用可能。

 ☆★ :消費HPの1000倍のダメージを返す。残りHP30%で使用可能。

 ☆☆★:消費HPの1000倍のダメージを返す。残りHP50%で使用可能。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「はた迷惑な奇跡ねぇ~」


 言い得て妙なリリンカの言葉に、反発も忘れて思わず苦笑い。

 奇跡。

 リリンカにとっては確かに「はた迷惑」だけど、まさに奇跡に違いない。


 もしも残りHPが11%だったら《リビドラオン》は使えなかったわけだし、残りHPが10%を大きく下回っていたら、崩壊するダンジョンからの脱出は絶望的だったろう。


 《リビドラオン》を使用条件を満たした上に、ダンジョンからの脱出も敵うHPが残っていたこと自体、まさに奇跡的なことなのだ。


「とりえあえず『シェンロンリザード』か『カラミティバグ』かしら? レベル的に」


「どっちもレベル『25』でやるような依頼じゃないんですけど……」


 リリンカの言葉を借りるなら、「受けられる」依頼ではあるけれど。


「楽勝でしょう? サイクロプスジェネラルに比べれば雑魚よ、雑魚」


「そうなんだろうけど……」


 サイクロプスジェネラルと違って『シェンロンリザード』も『カラミティバグ』も戦闘は強制じゃないわけで……できれば、もうちょっと敷居が引くのが良いのだけど。


「何よ、歯切れが悪いわね!!」


「この前、強敵と戦ったばかりだから、もうちょっと楽したいんだよ!」


 わかれよ! ……いや、わからんか! こっちの事情だし。


「雑魚をいくら倒したってしょうがないでしょうに……これは?」


 苛立ちを隠そうともしないんで依頼書を剥ぎ取り、ぼくに突き出してきた。


「『バブルボムスライム』……レベル指定『35』以上?」


 ぐぬぬぬっ……悪くないけど! けど!


「何が不満よ?」


「『村人』のぼくには荷が重すぎる!!」


 英雄辞典の助けがあろうと、戦闘職でない『村人』で、自分よりもレベルの高い魔物を相手にするのは、きついのだ。本能が「死ぬぜ~、こりゃ死ぬぜ~」と言っているのだ。


 戦わなければ死ぬような状況では、本能も「やるしかね~な!」と覚悟を決めるけど、戦わなくてもいいような状況では、本能も「別に無理してやらなくてよくね?」と臆病風にぴゅーぴゅー吹かれて、二の足を踏んでいるのだ。こんなんで戦えるはずがない。


「村人?」


 ぷっ、とリリンカは吹いた。


「あはははははは~、あんた『村人』なの? そうかそうか『村人』か~!」


 腹を抱えて、ひたすら笑い転げるリリンカ。

 笑った顔は大輪の花が咲いたみたいだけど、……む、むかつく!

 全世界の『村人』に謝れ! ごめんなさい、って謝って!


「なら、まずはクラスチェンジね」


 はぁはぁ言いながらリリンカは不意にそんなことを言った。


「――は?」


 てっきり「『村人』であろうと関係ない! 強敵と戦え! そして死ね!」とか言われると思っていただけに、思わず変な声ができた。


「何よ? 戦闘職になれば強敵とだって戦えるんでしょ?」


「いや、そんなことは言ってないけど……いいの?」


「教会に行くだけだもの、大した手間じゃないわ」


「意外」


「何よ?」


「ちゃんとぼくのことを考えてくれてるんだ?」


「勘違いしないで。あたしのためよ。『村人』のまま死なせたら、マスターに『なんでクラスチェンジさせなかった!』って怒られるから……そんだけよ!」


「ふ~ん……」


 理屈は通っているけど、なんで耳まで真っ赤? ここ照れるとこ?


「と、ところでお金はあるのよね?」


 ――お金?


「『実績』は十分だけど、お金がないとクラスチェンジできないわよ?」


「うむ……」


 今朝、宿代を払ったときに見たお財布の中身は、見事に銅貨が2枚だけだった。

 その後、屋台で朝食の串焼きを買って、2枚の銅貨は屋台のおじさんの手中に消えた。

 お財布の中に残ったのは塵のみ……つまり無一文ってことだ。


「ないですが?」


「はぁ? なんでよ?」


「何でって……」


 無一文になったから、冒険者ギルドで報奨金を受け取ろうとしたら、意地悪な受付嬢に馬鹿にされた挙げ句に、銅貨一枚ももらえなかったからですが?


 ……なんて、ぼくは意地悪ではないので、そんなことは言わないけどさ。


「どうするのよ? 地道にコツコツなんて嫌よ?」


「前のパーティの人からもらった物がありますから、それを質屋さんに持っていこうかと」


「……ふ~ん」


「何か?」


「本当にもらった物? 死んだ冒険者の持ち物は、親族か、近しい友人に返すのが決まりよ? まさか死体から――」


「漁ってませんから!」


 ……まったく! 失礼な人だよ!


 リリンカなんて捨て置いて、さっさと質屋さんに向かおう。

 スイングドアを乱暴に押し開き、大通りに踏み出す。


「――お、っと!」


「あ、すみません」


 勢いよく出たせいか、危なく通行人とぶつかりそうになった。


「あん? おおっ、フィルじゃねーか!」


「あっ、ニッケルトン……さん?」


 紛れもなくニッケルトンさんなんだけど、一日前に分かれたときとは大きく様相が変わっていた。左の頬が、蜂にでも刺されたかのように、ぼこっと赤く腫れ上がっていたのだ。


「どうしたんですか?」


「ああ、これか? 親父にちょっと気合を入れられただけだ。それよかお前は……ああ、報奨金か。へへへっ、しばらくは左団扇って感じか?」


「それがそうでもないんですよ」


 かくかくしかじか、と冒険者ギルドでの出来事を語った。

 消化しきれない不平不満のせいか、結構、愚痴っぽく語ってしまったが。


「なんてこった! よし、よし! 俺に任せておけ!」


 ニッケルトンさんはそう気を吐くと、肩を怒らせ、大股で冒険者ギルドに向かおうとした。


「何をする気ですか?」


 リリンカがニッケルトンさんの目の前に音もなく割り込む。


「どけっ! 小娘っ!」


「どきません。何をするつもりですか、と聞いているのです」


「決まっている! フィルの功績に、何一つ嘘偽りはない、と証言してやるのよ! ついでに、フィルを馬鹿にした奴をひとり残らずぶん殴ってノしてやるっ!」


「なおさら、退くわけにはいきませんね」


 はぁ~、と外連味たっぷりにため息とつくリリンカ。


「元パーティメンバーの証言に証拠能力はありませんよ?」


「な、なんだとっ!」


 くそっ! と悔しそうなニッケルトンさん。


「なら、せめてフィルを馬鹿にした奴らをぶん殴ってやる!」


「や、やめてくださいっ!」


 リリンカを庇うように、ニッケルトンさんの前に立ち塞がる。


「おめぇが止めろ、つーなら、止めるけどよ……でも、フィルよ、どうするんだ? ちょっとくらいなら俺が貸してやっても良いけどよ――」


「ニッケルトンさんからいただいた装備を売れば、なんとかなるかと……」


「おおっ、あれか……あれは、いいもの……だが、が……う~ん――」


 威勢の良かった声は、あっという間に萎み、ついには考え込んでしまう。


「どうしました?」


「お前のためになれば、と思ったが……すまねぇ、ちぃと考えが足りなかった」


「……?」


「分不相応な装備を質屋に持っていけば、足下を見られるか、最悪、死体から漁ってきたと思われ、衛兵を呼ばれるかもしれない、ってところですかね?」


 リリンカが補足するのに、ニッケルトンさんは苦笑いで頷いた。


「そういうこった」


「……それは、凄く困ります」


 安く買い叩かれるのはまだしも衛兵のお世話になるのは勘弁だ。冗談じゃない。


「よし、よし!」


 突如、ニケルトンさんは喝采を上げ、自分の膝小僧をぱんぱん、と叩いた。


「ここから3ブロック先にある『火竜の泥濘み』って鍛冶屋に行ってみろ。そこなら何不自由なく買い取ってもらえるはずだ。もちろん、適正価格でな」


「は、はぁ……本当に、そんなところが?」


「ギルド未登録の闇営業店じゃないでしょうね?」


 半信半疑って感じのぼくに重ねて、リリンカがつんけんと問いかける。


「大丈夫だ。真っ当にお日様の下を歩いている正規店だ」


 なぜか、ばつが悪そうにそう答えるニッケルトンさんだった。


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