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第3話 ギルドマスター

 2階にあるギルドマスターの部屋は、あらゆる意味で質素だった。


 昔、一度だけ入ったことのある村の名主さんの部屋は、トロフィーやら賞状やらが飾られ、やたらに高そうな家具やら調度品やらが四方を埋め尽くして落ち着かなかったものだ。


 けど、ギルドマスターの部屋に、そんなものはいっさいなかった。


 事務作業用の机と、来客用のソファーと机、年々の記録簿を収めた本棚と、ただそれだけ。調度品といえば、額縁が壁に一枚飾られているだけで、それも殺風景な壁をとりあえず何かで埋めようとしただけのようで、よく見ると飾られていたのは絵画とかじゃなくて、冒険者ギルドのマスターであることを国が認可したときに発行される認可状だった。


 正直、息が詰まりそうな空間だ。

 間取りもそれほど広くない。入り口から五歩も歩けば、窓際だ。


「よく来てくれました。お茶を用意させましょう。座ってください」


 さっきまでの怒気はどこに消えたのか、アドレアさんはぼくらをにこやかに向かえ、ソファーに座るように促した。もちろん、断る理由はない。遠慮なく座る。


「では、聞きましょうか」


 ぼくの真向かいに座ったアドレアさんは開口一番にそう言った。

 笑顔を讃えた、敵意のない面立ちなのに……ごきゅん、とぼくの喉が鳴る。

 断頭台に嵌められ、ギロチンの紐を持った処刑人に命乞いしている気分だ。


「実は――」


 ぼくは、知らず知らずのうちにダンジョンでの出来事をありのまま話していた。

 シルキーに出会ったとこと、英雄辞典と仮契約を結んだこと、サイクロプスジェネラルを倒して、ようやくダンジョンを脱出してきたこと。


 話し終えると、それを見計らっていた空のように、こんこんっ、とドアがノックされた。


「どうぞ」


 アドレアさんに入室を許可され、がちゃっ、とドアが開く。

 リリンカがお茶を乗せたお盆を持って「失礼します」と入ってきた。


「どうでした?」


 アドレアさん、ぼく、シルキーの順でお茶が並べられる。


「5回ほど機械にかけてみましたが5回とも同じ数値でした」


「機械が壊れている可能性は?」


「別の機械でも試してみましたが結果は同じでした」


「では、こちらの不手際ではない、というわけですね?」


「間違いなく」


 ……何の話?


「君の功績は間違いないものようです」


「――え?」


「当然」


 シルキーが「ふんふんっ」と荒っぽく鼻息を鳴らす。

 さっきから無表情のまま静かだけど、もしかして怒ってる?

 リリンカがシルキーをきりりと睨み付ける。……小鳥を狙う猫みたい。ちょっと怖い。


「そもそも偽造ってどうやるんですか?」


 アドレアさんに興味本位で聞いてみた。

 今度はリリンカが「ふんっ」と鼻を鳴らした。白々しい、とでも思っているのだろう。


「冒険者カードも、功績を読み取る機械も、すべて『異世界の漂流物』によって製造されたものです。『異世界の漂流物』に理解があるものなら偽造も可能かもしれませんが、一般人にはまず不可能です。例外として、ドワーフなら、とは思いますが……」


「ぼくはヒトです」


 アドレアさんは優しく微笑んだ。


「知っています」


 ちなみに『異世界の漂流物』とはそのまま『異世界』からの『漂流物』のことだ。

 人づてにしか聞いたことがないけど、なんでも凄いものらしい。


「マスター、どうするんですか?」


 リリンカに問われ、アドレアさんは表情を引き締めた。


「偽造の可能性が低いとなれば確かめる方法は、もうひとつしかありません」


「なんです?」


「リリンカ、あなたはしばらくフィル君と同行しなさい」


「――はぃ?」


「あなたが生き証人となってフィル君の功績を証明するのです」


「え、普通に嫌ですけど?」


「んじゃ、クビです。荷物をまとめて、さっさと東の国に帰りなさい」


「……」


 あんぐり。開いた口が塞がらない、とはまさにリリンカの今の状態のことだ。


「フィル君もそれでいいですね?」


「え、いや、ぼくも嫌ですけど?」


「この申し出を受けてくれない場合は冒険者カードを再発行するしかありまえんよ?」


「それって……どういうことです?」


「カードに記録されていある『功績』と『実績』はパーになります」


「……酷いっ!」


「『功績』はまた積めば良いですけど、この『実績』を捨てるのは惜しいと思いますよ?」


「というと?」


「『サイクロプスジェネラル討伐』ほどの『実績』があればクラスチェンジは思うがままです。一気に上位クラスへのクラスチェンジだって夢ではありません」


「……うぐっ」


 ぐうの音も出ない、とはまさに今のぼくのことだ。

 しかし、しかしだ。リリンカは、ちょっと、……いや、かなり苦手だ。


「せめて他の人でお願いできませんか?」


「残念ながらそうもいきません。突然、消失した『オルト迷宮』の調査のために多くの職員が出払っていまして、手が空いているのが彼女しかいないのです」


「そんなに忙しいのなら別にぼくなんかのために貴重な職員を使わなくても……」


「いえいえ、これは重要なことですよ?」


「……?」


 どういう意味だろう? アドレアさんは意味深に微笑んだ。


「当方としてはフィル君の功績が本物なら多くのクエストを任せたいと思っています」


「――なぜ?」


「これはオフレコですが、『オルト迷宮』に向かった中堅以上の冒険者がまだ帰ってきていないのです。それでいて『オルト迷宮』が消失した、となると……」


「ま、まさかっ!」


「当方としては優秀な冒険者を一日でも早く、ひとりでも多く補充したいわけです。それでなくとも最近の冒険者のレベルは――っと、ただの愚痴ですね、これは」


 失礼、と微笑むアドレアさん。

 ぼくは愛想笑いを浮かべるが……頬がピクピクと動いただけだった。

 アドレアさんには悪いけど、ちっとも笑えるような気分じゃなかったからだ。


「ちょ、ちょっと失礼」


 シルキーを引き連れ、部屋の隅に向かう。


「なん?」


「『オルト迷宮』消失って……絶対にぼくのせいだよね?」


「うぃ」


「うわ~! どどっ、どうしよ? いっぱい、冒険者がいたのに、ぼくのせいで――」


「大丈夫。……多分、無関係?」


「なぜ、そう言い切れるのさ?」


「《音当て》を使ったとき、他に反応は?」


「なかったよ、お姉さんたちだけだった」


「なら、みんなもう先に行っていた、と考えられる」


「そ、そうなの?」


「あと、あのダンジョンは意図して簡単に作られていた。簡単に出口に迎えるように」


「そ、そうだけっけ?」


 思い起こしてみると、そうだったような気がする。

 地形が複雑すぎて同じところをぐるぐる巡るような事もなかったし、落とし穴や落下天井などの罠に難儀させられたこともない。魔物の数はちょっと難儀させられてけど。


「どういう……あっ!」


「そ。出口にサイクロプスジェネラルを配置していたのは手っ取り早く栄養を取るため。無駄に魔物の数が多かったのも、そのため。フィルが出口に辿り着いたときには、他の冒険者はすでにダンジョンの栄養にされていた。あくまで推論、けど間違いない、と思う」


「よ、よ……くないけど……」


 はぁ~、とため息。


「ちょっとは気が楽になったよ」


「うぃ」


「お話はもう良いかしら?」


 アドレアさんに呼ばれ、席に戻る。


「それで? 相談は決まったかしら?」


 どうやらリリンカ同行を二人で話し合っていた、と思われているらしい。

 ……ああ、失念していた。こういうのってやっぱりシルキーと話し合うべきだよね?


「シルキーは構わない。ただし――」

「ただし?」


 シルキーが無表情に主張するのに、アドレアさんは面白そうに微笑んだ。


「フィルの背中はシルキーのもの。これは譲れない」


「わかりました。抱っこなら可ということですね?」


「や、やらないわよ! バッ、バッかじゃないの!」


 硬直から解けたリリンカが開口一番、顔を真っ赤にしてそう言い放った。


「それで? リリンカはどうしますか?」


 アドレアさんに問われ、ぐぅ~、と苦しげに唸るリリンカ。

 リリンカは少し目元を潤ませ、ぼくをぎろりと睨み付けた。


「里には帰りたくありません」


「それは『OK』という意味ですね?」


 ぐぅ~、とリリンカは唸りながら、ほんのちょびっとだけ頷いて見せた。


「では、功績が本物であることを期待していますよ、フィル君」


 ぼくと握手を交わし、アドレアさんは「業務がありますから」と退室を促す。

 シルキー、ぼく、の順で廊下に出て、


「あ、あの……期間は?」


 最後にリリンカが出ようとして、ふと彼女は振り返ってそう問いかけた。


「もちろん――」


 アドレアさんの優しい声は、リリンカにはどう聞こえただろうか?

 きっと窃盗の罪で死刑を宣告される囚人と同じくらい理不尽に聞こえたに違いない。


「――結果が出るまでですよ」


ブックマーク、評価のほどよろしくお願いします。

↓の☆☆☆☆☆をちょいと弄っていただけるだけでいいので。

よろしくお願いします。

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