第27話 ラストバトル①
緩やかな風が頬を撫でる。
出口は近い。
けれど、浮かれて気分にはなれない。
ここ1時間ほど、魔物の襲撃がいっさいなくなった。
本来ならこれは喜ばしいことだ。
少なくともソフィ様の忠告を聞く前だったら。
きっと無邪気にこの坂道を駆け上がっていたことだろう。
ソフィ様に忠告された今となっては不穏しか感じない。
出口に近づくたびに足取りは重くなっていく。
もちろん、引き返すという選択肢がない以上は、進むしかないのだが。
「……ん?」
坂道は忽然と終わり、視界が一気に開けた。
広々とした空間だ。
天井は見上げるほど高く、奥行きは果てしない。
天然自然の陽光に充ち満ち、黄金に輝いてさえ見える出口が、その果ての果てに見えた。
距離にして歩いて10分ほど。まさに目と鼻の先。
だが、しかし。
出口を前にして誰も歓声を上げることはなかった。
後ろから息を呑む気配が伝わる。
「フィ、フィル君……?」
震える声色でテトルお姉さんが問いかけてくる。
「ひ、引き返すか?」
ニッケルトンさんの声も震えていた。
杞憂は、現実となった。
ぼくらを待ち受けるように、……いや、このダンジョンから抜け出そうとする不届き者をひとりも逃がさないように、空けた空間のど真ん中にそいつはいたのだ。
ごきゅん、と喉が鳴った。誰の? ぼくのだ。
大兄ちゃんの付き合いで巨人族とはなんどか戦ったことがあるけど……、
あんなに大きな巨人族は初めてだ。
一般的な巨人族が15メートル前後なのに、あいつは20メートルを超えている。
おまけに人間みたいに鎧を着て、体長と同じくらいの段平まで引っ提げて。
『サイクロプスジェネラル……サイクロプスの軍勢を率いる猛将だね』
「あっ、ソフィ様」
いつの間にか碧い炎がソフィ様を象り、顕現していたけど、ヴァルガン様のときのようには驚かない。横目でちらっと碧い炎が誰かを象っているのに気づいていたからだ。
『残念だ、彼の記載はもうぼくの図鑑にある。もう調べ尽くしたと言っても過言ではない』
「あ、あの……弱点とかは?」
『目だね』
「見ればわかります。他は?」
『そうだね、サイクロプスと同じと見ない方がいい。特に、知性は別格だ。あの装備も決してこけおどしではないよ。油断しないでね、フィル君』
ソフィ様は言うだけ言ってかき消えた。
「……他の出口ってあると思う?」
シルキーになんともなしに聞いてみた。
「多分、ない。ダンジョンの出口は、ダンジョンの空気穴。ダンジョンが窒息するから閉じるわけにはいかないけど、そこかしこにあるものでもない」
「……ダンジョンが呼吸しているみたいに聞こえるんだけど」
「実際、呼吸している。ダンジョンだって生き物だもの」
「そりゃ、そうか……」
未だに想像がつかないけど、まあいいや。
「どうしましょ?」
「どうしようもこうしようも……あんなんとどうやって戦えと?」
ごもっともなニッケルトンさんの意見。
「逃げの1択だ。俺が引きつけるからお前らは隙を見て出口に向かえ」
「自慢の盾でもあんなの無茶ですよ。ニッケルトンさん」
「無茶でもやるしかねぇ!」
「ぼくがやります」
「子供に任せられる、――うぎゃ!」
イラッとしたので、ニッケルトンさんのすねを思い切り蹴飛ばしてやった。
「一番動けるぼくが囮になります」
「フィル、てめぇ!」
ニッケルトンさんにぎっと睨み付けられる。
怖い、今にも殴りかかってきそう。
怖いのでニッケルトンさんから逃げるように視線を逸らして、
「ぼくなら大丈夫です。大兄ちゃんにポーション代わりに連れていかれて、巨人族との戦いはそれなりに心得ていますから。みんなは隙ができたら出口に向かってください」
「一番動けるぼくが囮になります」
「フィル、てめぇ!」
ニッケルトンさんにぎっと睨み付けられる。
怖い、今にも殴りかかってきそう。
怖いのでニッケルトンさんから逃げるように視線を逸らして、
「ぼくなら大丈夫です。大兄ちゃんにポーション代わりに連れていかれて、巨人族との戦いはそれなりに心得ていますから。みんなは隙ができたら出口に向かってください」
サイクロプスジェネラルに向けて一歩踏み出す。
怖い……けど、アレをやっつけるわけじゃないんだ。囮くらい簡単、簡単。
大きな音を立てて、適当に逃げ回っていればいいんだ。
大丈夫、大丈夫、きっと大丈夫、――ん?
何気なく後ろを振りかった。
後ろから音がついてきているような気がしたからだ。
「なにか?」
シルキーとお供3匹が、当然のようにぼくについてきてた。
「みんな、って君たちのこともなんだけど?」
「笑えない冗談。シルキーの魔法なしでどう戦うと?」
「そ、それは、……確かに」
ぐうの音も出ない。シルキーの魔法にはさんざん助けられておいて、今さら必要ないとは口が裂けても言えない。流石のぼくもそこまで厚顔無恥ではないのだ。
「で?」
3匹のお供を見る。
……あっ。
ざおーの背中にはガンバルムンクやグルグニールなどのぼくの予備武器。
さび丸の背中には冒険で役立つ様々な道具の入ったリュックサック。
ちゅるるの首元にはポーションなどの薬を詰めたポーチ。
そうだった。さっきの部屋での失敗から魔法の何でもバックに放り込んだアイテムのうち、必要性の高いものは、お供3匹に分担して持ってもらうことにしたんだった。
「でも、ただの囮だし、別に……」
「ばぁう! ばぁう! ばぁう!」
「うっほ、うっほ、うっほ!」
「とるるるる~! とるるん!」
「わかったわかった!」
くそっ! 猛反発された!
確かに……ぼくの戦い方は道具に依存するところがあるけど。
「ついてきてもいいけど、死ぬなよ?」
「ばぁう!」
「うほっ!」
「とるる!」
「よし!」
覚悟を決め、開けた空間へと進む。
シルキーがぼくの背に負ぶさり、ちゅるるが頭にとまる。
「怖くない?」
「大丈夫。フィルは?」
「超怖い」
目が合った。
巨大な――巨大過ぎる単眼が、地を這う虫けらにも等しいぼくらを真ん中に捉える。
――ど、でかいっ!
ぼくがひとりで戦って良いような相手じゃない。
一国の軍隊が攻城兵器総動員で戦うような相手ではなかろうか?
案の定、ジェネラル――サイクロプスジェネラルって長いのでこう呼ぶことにした――はぼくらに何の脅威も感じていないのか、くちゃくちゃと口を忙しく動かしながら、無感情に見下してくる。――何をしに来た? と態度で語りかけてくるかのようだ。
「舐められている間に、アキレス腱でもぶった切ってしまおう」
ざおーからガンバルムンクを受け取る。
すると、ジェネラルは、ぺっ、と口の中のものを吐き出した。
流石、ジェネラル。噛みタバコを噛んだままでは相対した相手に無礼だと、
……いや、違うな。
べちょっ、と地面に叩き付けられたそれは真っ赤だ。真っ赤に濁ったスライムみたいな物体、……ううん、そんなものじゃない。あれは、肉の塊だ。散々に噛み砕かれ、噛み千切られ、完膚なきまでに原形を失った、誰かの、何かの――成れの果てだ。
「……ぐぅ!」
怖い、怖い、怖い、超怖い! 自分もああなるんじゃないか、とはっきりと想像してしまった。嫌だ、嫌だ、逃げたい。でも、逃げられない! ――どっ、どどど、どうしよ!
「くる」
「――ふぇ?」
何が、と問う間もない。またその必要もない。
ジェネラルの巨体が宙を飛び、その巨影がぼくらを夜のように包み込む。
『いいか、フィル?』
走馬灯という奴か、大兄ちゃんの声が脳裏に蘇る。
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