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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
エピローグ
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A80EP1:待望の生菓子

 今年の花が咲き、人々がコートを薄くする時期に、アナグマが慰労パーティを始めた。これまでの秘密主義から一転して各地からも参加者を招き入れる。大陸の全てが利害関係者だ。ノモズを中心にアナグマ全体の変革を見せつける。事件が大きいほど切り抜けて得られる力も大きい。地位を向上する機会として使う。


 大聖堂の庭に並べた炊き出し設備がもうひと働きする。戦場の華が火器ならば、戦場の土は補給線だ。大きな華を咲かせるには豊かな土壌が必要になり、豊かな土壌はそのまま平時への転用もできる。文字通り同じ釜の飯を食う場だ。人間の本能を刺激して共有を友好に結びつける。


 きっかけはひとつでいい。同じシンボルの周囲へ。キノコを中心にした賑わいに集めて、偶然にも周囲にいた誰かと繋がり、さらにその近くの誰かと繋がる。友好は連鎖する。


「あの時のおばあさん! お腰はもう大丈夫?」

「少しぐらいなら大丈夫さ。ここへ来るまではアレに乗れるからね」


 老婆はガソリン式の車を示した。


「よかった。けどあの車は、開けてもいいかな」

「開けるとは?」

「走ってる時に変な音がしてたから。クランクシャフトのヒビな気がするけど、ここのみんながいれば大丈夫」


 隣へ顔を向ける。セイカが頷き、さらに隣の技術部へ指示を送る。少しだけ遅れて工具箱が届く。ハキーンが確認して、イセクが道具を渡して、セイカが交換する。


「キノコちゃんはすごいねえ」

「みんなが教えてくれたおかげでね」


 朗らかな話しぶりは周囲の表情も明るくする。食べ物と合わせたらさらに明るくする。イナメが配膳台を押して、カップケーキを配った。昼食どきを前にした今はあまり血糖値をあげられない。脂も控えたい。しかし、満足度を犠牲にはしたくない。苦心の末にホイップクリームの量を絞りつつ外見への影響を減らすため、細い線を立体的に盛り付けた。中でも特によくできたひとつをキノコの前に置いた。


「きのが食べていいの?」

「今日の主役、安心して食べるがいい」


 周囲の全員も微笑で肯定する。恐る恐る、バランスを保ったままで、口へ運んだ。


「おいしい! イナメさんすき!」


 無骨な女が顔を逸らし、その様子も養分として一面に笑顔を咲かせる。やや遠くのアズートも、見守る顔が少しだけ柔らかくなった。色々あったが、今は元気にやっている。自分が割り入るより別の島へ向かう。


 どこへ行くかと彷徨うところに二人組が声をかけた。片方は元気でもう片方は寡黙、少しだけ前情報がある。ノモズが表で動くときの秘書と共通の特徴だ。


「アナグマの方ですか? 私たちはもし可能ならノモズさんに会いたくて来ました」

「やっぱりあの人の秘書の」

「ご存知?」

「少しだけ。カティさんとラマテアさんですよね。あの人は昼過ぎに挨拶とかだそうで、そろそろ始めてると思う。探してけば空いてすぐ話してくれる」


 アズートはどうしても、外の相手への警戒心を隠しきれずにいる。謙りすぎてはいけないと考えるあまり、適切な距離を見つけにくい。目線もすぐに外す。今はそれが吉と出た。


「向こうに仰々しい連中が来た。僕がいれば話も通せる。エスコートしますよ」

「きみ、優しいね」


 不器用な自覚があるのでこれは効いた。照れ隠しも兼ねて先導した。背中になら顔はない。カティとラマテアは少年のまだ小さい背中を追った。


 喧騒を遠くに聞き、ノモズの前にご立派な男が降りた。長身に不敵な顔で、今日も公務用の白地に青線のお硬い服を着る。


「ハイカーンだ。あなたがノモズか」

「顔を合わせるのは初めてですね。私がノモズです。本物ですよ」

「本題からだ。本当なのか、あのド陰気娘が死んだとは」


 彼は表情も声色も平坦を装うが、わずかな揺らぎは隠しきれない。人間は腹の力で声を出す。腹が揺れれば声まで揺れる。ハイカーンの腹の中には喪失感か、類似のネガティブな事情がある。


「私も嘘だと言いたいですが」

「言え」

「いいえ。この後の葬儀で棺桶を覗き見るのがよろしいです。ユノアさんは右から二番目です」


 顔を伏せる。髪が表情を隠す。角度がわずかでも今こそ身長が活きる。ノモズも身長は高い側だが、ハイカーンはさらに高い。普段通りの動きでも普段通りの相手ならば問題なく顔が見える。今だけは見せない。


「賢しい女め。ド陰気娘がいないのでは、アナグマへの宣戦布告も無意味か。駐屯地への侵入も容疑者死亡で、とある火事場泥棒の重要参考人も消えた。ガンコーシュ帝国は踏んだり蹴ったりだ。交渉の余地もない泣き寝入りだよ。逃げ切られた」


 政治的な表現で『上手くやれる器ならば不問にする』を意味する。アナグマは友好を結ぶに値する実力を見せ続けるか、さもなくばガンコーシュ帝国が優位を握る。


「アナグマとしても、ユノアさんには何度も助けられました。特に私がこうして生きているのもユノアさんのおかげです」

「だろうな。他にも俺様が知る範囲だけで四人が死んだ報告がある。人的被害はアナグマが最多とは俺様も認めざるを得ない。だがこうして宴を開いた以上、俺様はやけ食いをする。品は残っているんだろうな」

「それはもちろん。普段からお世話になっていますから」


 鼻を鳴らして祭事の中心へ向かう。その途中で、別の男が手を振った。長身のハイカーンを上回る長身で、手足が細長く、髪型と輪郭が子供のように丸っこい。サングラスと髭もじゃも合わせて不恰好なやつだ。


「おれは医者。ハイカーンはあんたか?」

「そうだが」

「届け物だ。ユノアちゃんの荷物にあった」


 胸ポケットから宛名つきの四角形をハイカーンの手に置いた。


「薬包紙?」

「わたしたぞ。おれは以上」

「待て。中身はなんだ」

「知らん。少なくとも毒ではないな」


 医者とノモズも見守る前で開けた。メモ帳の切れ端の畳み方には宗派が分かれている。どの形か確認しながら解く。


 中身は粉だった。灰色から黒で、いくつかは砕き損ねたように細長い。見てもわからないが、ハイカーンには心当たりがあった。青筋を立て、小刻みに震えながら畳み直す。


「ユノアーっ! 俺様をこうまでコケにしたド陰気娘! 地獄の果てまで追ってやるぞ!」


 急に叫び、大股で『やけ食い』をしに向かった。静止も効かずにハイカーンは去った。喧騒が一時的に静まり、加わった男がただ食事をするのみと分かれば再び賑わう。


「なんですか? あれは」

「知らん。おれは以上」


 医者も大聖堂へ向かった。用事の他は興味を持たない男だ。入れ替わりでノモズの前にまた用事ある者がやってくる。大きな声に続きと長身の男が二人も歩いたらよく目立つ。今度はカラスノ合衆国で会った記者だ。


「ノモズさんお久しぶりです。テクティです。お時間よいですかな」

「ええどうぞ。ユノアさんの件ですかね」

「失礼ながら立ち聞きしていました。悔やみます」

「ありがとうございます。彼女も喜びます」


 遅れて編集長のエディも加わった。アナグマでも名高い串焼きのタレが頬についている。


「ユノアちゃんは」


 言葉を探す。騙されていたのは事実だが、アナグマへの偏見が生んだ結果とも言える。同時に、最も活躍した一人でもある事実は疑いようがない。


「いい仲間でした」


 総合すると月並みな言葉になる。彼女になら裏切られてもいいと考えさせる、魔性の虜は自らが騙されたと受け入れた上で駒として尽くす。ノモズの前に現れるのは初めてだった。


「彼女の人望には改めて驚いています」

「本当に。ユノアさんとは互いに疑い合った仲です。別れがこんな形ではあまりにも惜しい」


 湿った話が進む。もう一人の湿った女が背後から寄ってきた。目には隈がつき髪は無造作の、キメラが力なく加わった。


「ユノアは生きてる」

「お二人に紹介しましょう。こちらはキメラさん、ユノアさんとは恋仲にあります」

「あいつは姿を消す奴だ。フラッとどこかへ消えては何かを掴んで帰ってくる。私のユノアだ。だからよく知ってる。あいつは今頃も隠れてどこかを見てる」


 苦い顔で満ちた。下手に刺激をしたら悪化する。安全な沈黙を選ぶ。


「そうですね。お二方、探していただけると幸いです。さてキメラさん、いつ帰ってきてもいいように、食事で元気をつけましょうか」

「食事、そうだな。生きるためには他の誰かを」

「そこまでにして。帰ってきたユノアさんを出迎える笑顔を作りますよ」


 ブツブツと唱える念仏を無視して、キメラの手を引いていく。ノモズは隙を見つけたら振り返って礼を送る。


 後に一面にする記事をどれにするか編集部で物議を醸した。

『アナグマの太陽キノコちゃんの笑顔』

『アナグマの代母ノモズママのバブみ』

『アナグマの姫ユノアちゃん追悼』

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