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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
1章 開戦、スットン共和国
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A08R08:宣戦布告の報

 編集室は大騒ぎになった。速報を持ち込んだ若手を囲んで、早く詳しく話せと促す。アナグマを名乗る女の姿を、渡された情報は何かを、それぞれが担当する範囲を取り合う。編集室は十人にも満たない少人数部屋で、うち三人は話に加わっていないが、密集組はそんなことには気づきもせず話を進めていく。


 加わらない三人、編集長と、ユノアと、壮年の男テクティは、別の一角で落ち着いた話を進める。アナグマの仕業と思しき出来事は何度も調査し報じてきたが、自称した例はなかった。慣例としてアナグマだと断定した日はあるが、こうまで明らかな情報はなかった。編集長は二人の顔を見て、最初に口を開いた。


「二人の意見を聞かせてほしい。ユノアちゃんからでいいかな」


 いつも通りの、熟練者を後にする采配。テクティは黙ったまま頷き、聴く姿勢として帽子、髭、そして手袋を整えていく。ほとんど第一印象の話になる。幸いにもユノアとは無関係の動向なので、勘が良すぎたり悪すぎたりによる不自然は起こらない。ユノアは独り言のように思考の過程を開示していった。


「情報を握らせるにしても、急にアナグマを名乗れば疑わしいと向こうも知っているはず。本命の情報を隠したがっている? だけど注目させるにも無視させるにも中途半端。これは、聞かなかったつもりでの調査がいいような、そんな気がします」


 編集長もテクティもゆっくり頷く。ユノアが述べた内容はそこそこ以上に受け入れられた。その上で、テクティはもう一つの可能性を提示する。


「無視は同意見。ただし、僕は理由つきで。この動きは我々に不和を植え付けたいように見える。この編集部にアナグマの一員がいると思わせて仲違いを誘発する、あるいは、実際にいると確信していて、炙り出そうとしている」


 テクティの意見に、編集長とユノアは目を見開いた。ユノアの肩越しで騒がしい背中に、つづいて編集長デスクを囲む二人に。


「落ち着いて。僕も無視がいいと考えてるんですよ。他の情報がない今、誰を疑っても仕方ない」

「テクティ先輩は種明かしをしたから、きっと違う。台無しにするはずがない」

「と、考えさせる僕が一番怪しいとも言える。情報がない今、下手な行動はしないほうがましだ」

「そうだな。二人とも、ありがとう。そうなると連絡をひとつ」


 編集長は立ち上がり号令をかけた。


「調査に出ようとしてるそこ四人、まずは待機だ。乗せられてはいけない。おそらく今日のうちに本命の情報が来る。その自称アナグマの女は、調査の初動を遅らせる計略だ。今日の仕事は切り上げて休息に回せ。明日はきっと忙しくなる」


 カラスノ合衆国は大きな建物にのみ電話機が置かれている。重要な連絡を各地に届ける方法だ。弱小とはいえ編集部だ。電話機はある。調査に出れば電話による連絡を受け取れなくなり、緊急招集にも人手がいる。編集長の勘で、体力の温存を命じた。もし失敗しても損失は少なく、成功したならば大きな成果になる。分のいい賭けだ。


 もちろん、反発もあった。来るかどうかもわからない知らせに備えるより、確実にある情報を調べるほうがいいと。編集長の考えを代弁する形でユノアが口を開いた。第三者からの発言のほうが受け入れられやすい。


「こういうことですか。確実な情報を調べたら、確実に一歩届かない失敗になる。賭けになってでも成功の目を増やしたい、と」


 編集長が頷く。ユノアとテクティは顔を見合わせる。他でも同様にしている。どうにか意見がまとまった。


 日没が近づき、ユノアを含む若手組は帰り支度をする。家が遠い者から先に出発し、最後にユノアが出る直前に、電話のベルが響いた。編集長は無視して帰るよう指示してから受話器を取る。内容をすぐに編集室の全員が共有すり。その大声は建物の近くにいるユノアにも聞こえていた。


「スットン共和国がガンコーシュ帝国に宣戦布告を!?」


 アナグマでは宣戦布告まで六ヶ月以内と想定していた。正しくはあるが、展開が早すぎる。ユノアは帰り道から行水まで時間すべてを使って次の行動を決める。この後に控えるキメラへの連絡までは手筈通りでいい。問題はその後だ。


 当初の狙いは破綻した。カラスノ合衆国による漁夫の利を避けさせる計画は、心を折るほどの規模を見せつけねばならない。一応、ノモズの動き次第で巻き返せるだろうが、確実には程遠い。加えて、展開の早さは勝ち目の太さを示している。こちらに要求される規模も膨れ上がった。


 ならば、どうする。決まっている一つは、情報を集めて後の先を取る。今まで通りに調べ続けるだけだ。これがなくなれば他のすべてが共倒れになる。それとは別にユノアにできることは。何を促す情報を流すべきか検討していく。


 不利な側に着いて均衡を保つのはアナグマの基本理念だが、実現可能性に問題がある。ガンコーシュ帝国への支援を後押しする情報を掴ませても、今更になっては受け入れる土壌があるか。あの帝国に。ユノアはもちろん、全く期待していない。


 今日の思考は時間切れだ。夜には必ず窓を開けて、月光と蝋燭の間で本を読む。アナグマの拠点のうち、この建物の窓は山の拠点をまっすぐに見える。他の場所から山の拠点への見通しを遮っている。前線組が向かうはずの山から返事はない。まだ到着していない。今回はノモズの部下を貸していると聞いた。最も遅いものに合わせるのは道理なので、心配せずにこの日の合図を終えて、眠る。


 戦場から遠いこの地域は、普段通りに日々が進む。不安を煽って別の問題を起こしたら最後には自分が損をする。カラスノ合衆国のものはよく知っているので、情報を止めて、助けになる行動を推奨する。非常食の買い置きと、備えの点検。その間に軍隊やら工場やらが動く。


 昼間は表の顔で動き、夕刻のノモズが戻った後に。ユノアは事務所の窓から侵入して情報の共有を始めた。


「ノモズ、動向は」

「順調寄りですが、間に合うかまでは、前線次第ですね」

「絶望的な。あいつでも空を取られたら手詰まりだ」

「どうでしょうね。ユノアさんは相手を、高く評しすぎるかもしれませんよ」


 信用しきるには危うくとも、一応は勝機があると言っている。ユノアは肩の力を抜き、思考を自らの役目に戻した。


「キメラを信じて、やれるだけやる。私たちはそれだけか。どうなるかね」

「キノコさんと傘下のみなさんもですね。向こうは快調らしいですよ」


 後衛組はこの結論を繰り返していく。視点は鍵となるキメラに移る。


 山の八合目に位置する広場への到着と同時に、出発から二度目の日没を迎えた。荷物係のイナメが暗闇で寝袋やタープを用意する間に、キメラは眼下に広がるカラスノ合衆国の一箇所を見ている。決めた通りの時刻に蝋燭の光を見つけて、返事としてキメラも同じく明かりで答える。


「みんな見えるか。あのゆらめきは、戦局が動き始めた知らせだ。こっちはまだ、着いたばっかりなのにさ」

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