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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
3章 奔走、カラスノ合衆国 の続き (作者の夏休み明け)
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A48W09:伏龍

 ミカの胸を短刀が貫いた。キメラには服の背中側に増えた鋭い隆起も見えた。


 まずは生きている兵を沈黙させる。時間差のせいで、向こうも隣の動きが見えていた。


 ノモズが噴いた目潰しを腕で防ぎ、短刀の鞘を取り、頭を狙って振りかぶった。左腕で受けると、ガラ空きの首へ右手が伸びる。


 キメラの接近が間に合い、横から目潰しと拳が顔に迫る。ノモズも巻き込む位置だが眼鏡で守り、兵だけに降りかかった。


 ボディガードの依頼としては成功の範疇にある。被害はノモズの左腕のみで、その傷もじきに回復する。けれども、依頼の外であっても一人を喪う痛みは重い。


 まずは兵たちを、手持ちの道具で親指を締め上げて転がしておく。安全を確保したら、倒れたミカに駆け寄る。


「旅の人!」


 カティが動転してナイフに手を伸ばすが、キメラが制する。いま抜いたら傷口を塞ぐものがなくなり、さらに血が噴き出す。とはいえ、入る位置と出る位置から軌道がわかる。望みは薄い。


「ノモズ、一番近い──」

「近い?」

「いや、なんでもない。この傷で可能性があるのは大聖堂だけだ。間に合うはずがない」


 空気が澱んだ。さっきまで心地よく吸えていたのに、天気は何も変わらず晴れ渡っているのに、雲はまだ遠いのままなのに、呼吸の度に重苦しい負担が腹回りの筋肉を襲う。


「もう息もない。守れなかったんだ。ヒッチハイクの旅人を」


 キメラは雲を歩くような足取りで兵たちの前へ向かう。片膝を立てて、顎を掴んで、問いかける。


「成功か?」


 兵は沈黙で答える。髪を掴んで揺さぶっても、ナイフを突きつけても、首に小さな突き傷を作っても、沈黙を貫いた。ここからの情報はもう期待できないと見て、続く動きをノモズへ問いにいく。


 振り返ると別の馬車が見えた。複数人の顔に見覚えがある。ノモズと関わりを作っていた商人とか、記者のテクティとか少年とかだ。


 テクティはキメラの方へ向かい、同時に商人の一人が率先して挨拶を始めた。


「失礼する。ノモズさん、これは一体?」

「彼らが突如として、短刀を抜き襲いかかってきました。私も左腕がこれです」


 袖を捲り上げて、変色した部分を見せた。


「ボディガードのおかげでこの状況で抑えられました。とはいえ、ヒッチハイクの旅人までは手が回らず、今は遣る瀬無い気分に浸っています」

「ですが彼らは騎士団でしょう」


 商人の言葉に、反論はテクティが出した。この騒ぎにおいては部外者のはずなのに全てを見ていたような口ぶりで、兵たちを示す。


「横から失礼。僕の調べによると彼らは偽物と、少ない本物は訳ありの輩のようですね」

「ほう。訳とは?」

「ご存知でしょう。世を騒がせるカルト団体イコカム、あそこの集まりで見た顔ですよ。この男は。申し遅れましたが僕は記者のテクティと申します。信用いただけるかと」

「な、するとノモズさんは」

「ええ。被害者になりかけたと見てまず間違いない。落ちてる短刀は四本、全滅もあり得たところで、そこのボディガードが優秀なおかげで被害を一人にまで抑えられた」

「もしそうなっていたら、我々も危なかったかもしれませんね」


 調査が進んでいない話題に、ノモズたちは一転して蚊帳の外になった。目配せで集まり、今後の動きを相談する。喫緊の問題は五人もの肉体を処理する方法だ。乗せていくには嵩張りすぎる。


 キメラを含む全員を牛車に待たせて、ノモズが言葉とサインを交わして、向こうの馬車に乗り込んだ。何があったか予想するには情報が足りなすぎる。


 緊張が徐々に緩み、喉の渇きを自覚してきた。水と、少しの携帯食を食べておく。


 ようやく平常心に近づいた頃にノモズが戻り、御者に出発の指示を出した。牛が歩き、騒ぎが視界から去っていく。


「ノモズ、片付いたのか」

「ノモズさん、何を話したのですか」

「ノモズさん、行っていいの?」


 全員分の顔が集まる中心で、重苦しく言葉を紡いだ。


「話をつけました。この一件は彼らに任せて、私たちは行きましょう」

「待てノモズ、私もこいつらも、どんな話をつけたかって訊いてるんだ」

「皆様は知らずにいてください」

「お前、隠すような話をしたのか」

「私がこれまで、誰も殺したことがないと思いますか」


 話が止まった。ノモズが止めた。聞く準備をさせて、自分の話を始める。


「もちろん、自ら手を下すのではなくて。あちこちと話をつけた結果、もし私が動かなければ生きていられた人が死んだ、なんて事態が、一度もなかったと思いますか」

「ノモズさんが言うそれは、より多くを助けるためでしょう」

「私にとってはその通りです。ですが犠牲者にとっては、私が全てを奪ったと言っても過言でないのですよ」


 秘書たちは空気に呑まれて沈黙した。先の話と何が関わるか、キメラは見るために黙った。逸らすつもりなら、後で問い詰める。


「私は多くの助けになるつもりです。その過程で何かや誰かを、実質的にでも殺したかもしれない。いえ、きっと殺しています。けれども皆様は、気にしなくていい話です。私が全てを背負います。そのために私がいます」

「お前それで──」

「生きるものの使命は。死んでいった者たちを糧とし、よりよい日々を紡ぐ。ただそれだけです。亡き人からすれば傲岸不遜そのものですが、そうでなければ重圧で潰れます。だから私だけでいい。私なら、受け止められます」


 次の宿に着くまで、誰も、何も言えずに揺られていた。宿についても、眠っても、起きても、最低限の挨拶を除いて、何を言い出すにも気が進まなかった。ノモズの顔を見ると目線が下がる。


 何も生まない茶番劇だが、キメラは付き合う。


 不本意だからとノモズが提示する手も功を成さないまま、アシバ地区の街並みが見えて、ようやく顔色を戻した。


 馴染んだ街並みはきっと、共に受け止めてくれる柱だ。

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