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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
幕間 1章 - 2章
19/89

A19RU3:幕間『鉄面の代議士』

 本編R14と同日の朝、ノモズは事務所の机で書類に目を通した後、昔のことを思い出していた。


 船倉の樽に潜んでいる。波が高い日で、船が揺れるたびに塞がりかけの傷口が開く。高揚で痛みを押さえつけられる間に、これからの生き方を考えていた。


 正直な場が欲しい。本心への偽りがなければ、どこまで譲り合えるかで相手を恐れずに済む。恐れずにいれば、念のためと思って必要を超えた要求をせずに済む。人が求めるものを譲り合えば誰もに行き渡る。それぞれが充足するまで。


 その目標をこのまま達成できると思った。シスターとしての活動は人々への希望を膨らますに十分だった。利害調整を担い、互いの納得を両立する。調停者、誰が言い出したか知らないが、その呼び名をノモズ自身も誇っていた。


 しかし。


 自分だけが利を得るまで決して納得しない者がいる。数は少なくとも、ただの一人だけで際限ない独占を求め続ける。譲歩されれば受け取り、譲歩を求められれば拒む。ひとつ覚えで対処するには限界があった。差し詰めグーに対するパーだ。どれだけ磨こうと、あるいは磨くほどに勝ち目が無くなっていく。


 ノモズには力が必要だ。厚かましい要求でも通せる力が。代議士としての活動で痛感した。


 ノモズの目の前で小さな音が鳴った。デスクにコーヒーカップが置かれていた。中身はいつも通りのホットミルクで、シロップが添えられている。


「ノモズ、考えごとですか」

「そうです。いや、そうでした。途中からは悩んでいただけになってしまった。クレッタさんにはいつも助けられています。ありがとう」

「恐縮です。飲み終えたら、出発の準備を」


 クレッタは書類を束ねた先頭を見せた。次の予定を確実に把握する助けになる。ノモズの目線でどこを読んでいるか把握し、補足事項を口頭で伝える。


「会場ではカティが待機しています。参加者たちの詳細は彼女から聞いてください」

「世話をかけます」

「それは本人に」

「私が足りないばかりに」

「それは誤りです」


 ノモズは上を向いて、カップを空にして、それから続けた。


「詳しく聞いても、いいですか」

「短くまとめます。一人で足りる人なんて、いないんですよ。だからこうして、私たちが補佐をしている。不適正な気負い先は控えてください」


 ノモズは頷きついでに立ち上がる。軽い体操で内容を咀嚼していく。その間にもクレッタが扉を開けて、荷物を用意して、すぐ出発する準備を調えてくれる。


「ありがとうございます。行ってきます」

「武運を」


 行き先は意見交換会なのに、まるで戦いに行くような言い方をする。ノモズの武器は紙とペンで、ノモズの鎧は好印象と調査報告書だ。


「どうしましたか」

「あながち、いえ失礼、適した言葉だな、と思いましてね」


 事務所に残るクレッタに残る仕事の整頓を任せて、ノモズは会場へ向かった。馬を走らせて、コラルに待たせて、有力者の会合に加わる。


 議題は戦争に対する民間の向き合い方と掲げている。正確に意味する内容は、産業界の方針の擦り合わせと利害調整だ。


 ノモズの立場からの要求は、事前に交渉していた工場ふたつが有利になる方針にしたい。原材料のコストを下げるため、余剰として排出する産業を応援する。


 クレッタの調査結果で社ごとの規模を把握し、ユノアの工作で得た経営陣の好き嫌いと合わせて、有力者を誘導する方策をとる。自らの軸からは決して離れず、案を出すのはご老人だ。逃げ切るコストが低く、無理を通す力を持っている。


 ノモズの目的は仮面の下にある。

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