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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
1章 開戦、スットン共和国
13/89

A13R13:供養はしてやる

 月光の頼りない光が、木々の下ではさらに弱まる。キメラは耳で敵情を探る。虫の声、鳥の声、風で揺れる木々の音、そしてどれとも違う音。今日の風はキャンプに背を向けると追い風になる。匂いの情報は頼れない。つい半刻前には有利だった風向きが、今は恨めしい。


 まず二人か。


 キメラは匍匐で位置を調整しながら、三本のナイフを確認した。腰の右側、抜くとすぐにに構えられる位置、異常なし。左肩、どちらの手でも取れる位置、異常なし。腰の後ろ側、背後からの組み付きへの回答、異常なし。


 エンの話では、他の仲間はここにはいない。味方がいない戦場は誤射がない分だけ気が楽になる。予想は二通りしかない。生きる側になるため、キメラ平常心を維持する。意気込んではいけないし、狙ってもいけない。見るものすべては風景の一部であり、目を引く出来事ではない。何が起こっても。


 キメラは携行食の丸薬を口に含み、黙ったままでも「いただきます」と念じて、唾液で柔らかくしていく。その眼前に敵が現れた。装備は靴に出る。隠れるための加工があっても、足跡は誤魔化せない。踏み込みの深さから利き腕は右、軸足は左。通常部隊の歩兵装備から少しばかり軽装にしている。多数派なら、基本形が通じる。


 二人で全部じゃないだろ? 気配が遠いうちにやる。


 キメラは背後から絡み付いた。口周りに左手を、左右の肘に左右の肘を、左膝に左膝を。それぞれ重ねて動きを封じ、倒れ込む勢いで、喉元をナイフで貫く。引き抜き際に相手の装備と土や草で血を拭う。


 ただ突然に倒れた。敵側からはそう見えている。異変に気づかれる前にキメラは再び近くの木に隠れた。立った姿勢でも脚を拡がる根のように見せて目を欺く。死体に気づいて動揺したら話は早いが、どうなるか。


 答えは接近。異変の確認を優先した様子で、ハンドサインの後に一人が同じ速度で歩いてきた。三人目以降がいて、手の位置から方向が絞られる。


 続くキメラは敵の背中と位置を見る。囮として背中を見せるなら、木との位置関係によって見える方向は限られる。先のハンドサインと合わせて絞り込んでいく。


 ここなら死角、そうだな。


 キメラは一人目と同じく、口を抑えて倒れこむ。シルエットは一人分のままで、姿ない存在により倒れていく光景を見せつけた。動揺の種は植え付けた。しばらく大人しくするつもりで、目をつけておいた窪みに飛び込む。


「総員、グリーン・ドッグ」


 小さな声の、控えめに慌てた早口が聞こえた。せっかくの暗号が台無しだ。口を滑らせたな。総員か。話者を抜かしてあと二人以上がいる。声が届く範囲に。


 今のうちに二個目の丸薬を口に含んだ。窪みにいる間に食べ終えたいが、焦らずに。


 音と匂いが増えた。自分たちの居所が割れていると踏んで、強引にでも探しているな。二箇所の音が交互に断続的に聞こえる。キメラが音を立てて動いたら見つけられる連携だ。


 面白い、やってやるか。


 見えない存在には攻撃できず、見えない存在からの攻撃は受け止められない。正面から戦えば勝ち目がなくとも、闇夜に紛れて一人ずつ減らしていけば、やがて数も対等になる。


 動く片方が近くに来たとき、足首を掴んで転ばせた。その位置から倒れるとちょうど顔の近くに尖った石が転がっている。咄嗟に顔を守る。そのために腕と視界を一回休みにする。キメラは低姿勢のまま飛びかかって、喉への一撃を突き刺した。


 驚いたときに声が出ない奴だ。こういう作戦で重用されるからこそ、声を出すべき瞬間を逃す。せめて倒れた理由を伝えられればキメラの正体を推測する手がかりになったかもしれないが、チャンスは過去になった。


 恐怖の匂い、半端な音。急に強まったから、最後の二人か。


 キメラは先に、指示を出していたリーダー格へ向かった。挫けた一人は後回しでいい。位置関係から乱入は間に合わない。正面からになっても、優位はキメラにある。


 ここでキメラの頭に一つの考えがよぎった。もし絶望の演技で別の兵を隠しているとしたら? 迫真の演技力に敬意を持って敗れるのは悪くないが、今は仲間がいる。まだ綺麗な手を汚させるのは気分が悪い。


 結果はいいほうに転んだ。キメラの汚れをふ合計で五つ増やし、六人目が現れないまま、朝日が亡骸を照らした。


 供養はしてやる。


 三個目の丸薬を齧りながら、キメラは亡骸を運ぶ。皆が起き出すまでに少しでも進めておく。

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