表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/80

口下手公爵の幸せなひととき 3

 

「ジョザイアおじさんさぁ」

 

 リンクスの、しらっとしたまなざしに、嫌な予感がする。

 非常に、意地の悪い顔つきをしていた。

 誰かさんに似て。

 

 本当に、久しぶりに屋敷に来ていた。

 ずっとシェルニティの具合が良くなかったという理由はある。

 が、それ以上に、ようやく回復してきたところに、屋敷に行くことで、ぶり返すのが心配だったのだ。

 

 シェルニティは、現執事のセオドロスと一緒に改めて屋敷内を見て回っている。

 ついて行こうとしたのだが、過保護だと言われ、追いはらわれた。

 なにかセオドロスと2人で話したいことがあるのかもしれない。

 そんな気もして、彼は、素直に庭の散策に出かけている。

 

 ガゼボには、すでに大人と呼ばれる歳になった、だが「子供」が2人。

 ヴィクトロスの気配は感じているものの、姿は見えなかった。

 子供扱いされていると感じるからか、ナルが不機嫌になってしまうので、隠れているのだろう。

 

「シェルニティと、シた?」

 

 ひくっと眉が引き攣りかけるのを、(こら)える。

 ここで、少しの動揺でも見せれば、たちまち「餌食」になると知っていた。

 彼らは、大人と呼ばれる歳になっても、好奇心に飢えている。

 1度、食いつかれれば、その好奇心が満たされるまで離そうとはしないのだ。

 

「私たちの私的な行動について、話す必要はないのじゃないかな?」

「あーあ、やっぱりな」

「だと、思いましたよ」

 

 2人が、呆れ顔を突き合わせている。

 そして、2人して、大袈裟に肩をすくめた。

 

「婚姻するという話を聞いてから、半年以上が経っていますが、進展していないのではないですか?」

「してたら、シてるだろ。シてねーってことは、してねーんだよ」

 

 彼も、気にはしている。

 リンクスの言う「シている」かどうかはともかく、婚姻については考えていた。

 シェルニティは、大きなショックを受け、半年近くも寝込んでいたのだ。

 だいぶ明るさも取り戻し、この屋敷にも来ると言ってくれたけれども。

 

(シェリーは、まだ本調子とは言えない。だいたい、今の状況で、婚姻の話など、無神経に過ぎる)

 

 彼自身、キサティーロのいない日々に、まだ馴染めていない。

 シェルニティが、心に受けた傷のこともある。

 そのため、どうしても言い出せないのだ。

 8ヶ月ほど前には簡単に言えていた言葉が、喉の奥につっかえていた。

 

 『ところで、式のことなのだがね』

 

 とても、そんな調子で、口にすることはできない。

 シェルニティが、どう反応するかもわからないし。

 

「あまり寝ていないという話も聞きましたよ」

「あまり、じゃなくて、ちっともだよ、ナル」

 

 アリスだけではなく、リンクスも、時々は、森の家を訪れていた。

 窓から小さ目の烏が覗いているのに、何度か気づいたことがある。

 どうも、リンクスは、アリスの背中を追っている気がしてならない。

 良くないところばかり似てきても、困る。

 

「元々、私は、それほど睡眠を必要としない体質だ。心配には及ばないよ」

 

 言いたい言葉を我慢して、努めて穏やかに、遠回しに(さと)した。

 彼らとて、もう大人なのだ、一応。

 言われる前に行動を正すと、信じたい。

 

「よっきゅー不満なんじゃねーの?」

「放蕩もやめているしね。あり得る話だよ」

「タマっちゃってんだな。だから、寝れねーんだ」

 

 ぴき。

 

 彼のこめかみが、引き攣った。

 彼らは、貴族を好まない。

 2人とも、彼と同じく貴族らしくない貴族だ。

 民服を着ては、街に繰り出していると知っている。

 

 そこでの「大人の会話」も、ちょくちょく耳にしているのだろう。

 表現が豊かな民言葉を否定はしない。

 しないけれども。

 

「体と心の求めに、行動が伴わないのは、つらいらしいからね」

「なんだそれ? シたくても、元気になんねーってコト?」

「そうしたいって思うのに、できる状態にならないって話を聞いたことがある」

「うわー、ヒサン! へなへなの、へにょへにょなんだな」

 

 ぴきぴきぴき。

 

 彼らは大人になったのだから、と言い聞かせたが無駄だった。

 (ろく)でもないことばかり覚えてきているだけの者を「大人」とは言わない。

 そして、大人をからかうと痛い目に合うと思い知らせておくべきなのだ。

 

 ぱちん。

 

「うわっ!!」

「あわっ!!」

 

 遠くから、バターンという音が聞こえてくる。

 昼食前ではあるが、2人を納屋に閉じ込めた。

 もちろん、昼食だって抜きだ。

 

(しばらく、そこで反省していたまえ)

 

 集言葉(つどいことば)を使い、納屋にいる2人に呼び掛ける。

 集言葉は即言葉(そくことば)とは違い、複数で同時に会話のできる魔術だ。

 

(ジョザイアおじさん、大人げねーぞ!)

(そうですよ! 些細な冗談ではないですか!)

(冗談も過ぎれば、相手を不愉快にするとの教訓になるだろう)

 

 彼ら2人の力では、どうやったって納屋からは出られない。

 そして、納屋に置いてあるものにもさわれない。

 つまり、なにもすることがないため、非常に退屈な時間を過ごすことになる。

 納屋に閉じ込めるのは「お仕置き」だが、彼らが無駄に怪我をしないようにとの配慮ではあるのだけれど、それはともかく。

 

(ジョザイアおじさんの、ヘタレ!!)

(そうですよ、ジョザイアおじさんは、臆病です!!)

(きみたちは、また……なにを言っているのかね?)

(シェルニティに拒否されんのが怖くて、ビビってんだろ!)

(彼女、独り言をつぶやいていたそうですよ。式の話をしないから、もう婚姻の話はなくなったのかもしれないって)

 

 頭から、彼らに対する「説教」が消し飛ぶ。

 黙っている間にも、ナルとリンクスは容赦なく、彼を責めたててきた。

 

(ベッドにも来てくれないって、シェルニティ、言ってたぞ!)

(シェルニティから誘うなんてできるわけがないでしょう? 見損ないましたよ、女性に誘わせるような野暮ったい人とは思いませんでした!!)

(ジョザイアおじさん、チョー恰好ワリーよ!)

 

 まさか、と思う。

 これは、口から出まかせに決まっている。

 シェルニティが、そんなことを言うはずがない。

 が、しかし、彼が、あれ以来、彼女のベッドで眠っていないのも確かだ。

 

(ジョザイアおじさんが婚姻する気ねーなら、マジ、オレが求婚するからな!)

 

 言葉に、ハッとなる。

 このままでは勝手な解釈をされ、ないことないことをシェルニティに吹き込まれかねない。

 

(シェリーとは婚姻する。きみの出る幕はないよ、リンクス)

 

 それだけ言って、集言葉を切った。

 彼らの言葉を、それ以上、聞く気はなかったからだ。

 そうでなくとも、混乱しているのに。

 

(……混乱? 私は、混乱しているのか……?)

 

 たかが子供2人の言葉に振り回されている。

 情けなくて、恥ずかしくなった。

 

「あら? ナルとリンクスが来ていたのではないの?」

「し、シェリー……?」

 

 驚いて、パッと振り返る。

 彼としたことが、シェルニティが近づいていることにも気づかずにいた。

 シェルニティは、きょとんとした顔で、首をかしげている。

 

(あるはずがない……彼女は、とても傷ついていて……そして……そして……)

 

 とても美しかった。

 光を受けて、金色のように見える瞳。

 その瞳には、はっきりとした意思、そして、彼への愛がある。

 

 以前よりも、ずっとずっと、シェルニティは、美しく輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ