罪人の定義 4
暗い室内に、ガサガサという音が響いている。
音のほうでは、苛立ったような気配が漂っていた。
「お探しの物が見つからないのでは?」
声をかけると、その人物が、体をこわばらせる。
が、それは一瞬で、すぐに小さな笑い声が聞こえた。
「公爵の部下には恐れいるよ。ここも見つかってたとはな」
「あなたの生家ですから」
話し相手は、カイルだ。
カイルは王太子と知り合ってからは、ほとんど、そちらで暮らしている。
が、元は母親と2人、ここで生活をしていた。
元々、そこまではセオドロスも調べ上げていたのだ。
ただ、シェルニティの呪いとの関連性までは、繋がりが見えていなかった。
「少々、お話したいことがございまして」
「嫌と言える雰囲気じゃないぜ?」
「お嫌であれば、先に事をすませるだけのことかと」
「結局、それか。話をする価値があるのかね」
「あなた次第では?」
暗闇でも、カイルが表情を変えたのがわかる。
近くには、ウォルトの遺体があった。
ここでの「探し物」を終えたら、埋葬するつもりだったのだろう。
「いいぜ。しようじゃないか。話ってやつをな」
キサティーロは、表情なくカイルを見ていた。
伝えるべきことは伝えておく。
それが「完璧」というものだ。
「あなたの母親が、なぜここに戻って来られたのか、お考えになられたことは?」
「なぜって……必死で逃げてきたからに決まってるだろうが」
「おそらく、死んでいた我が子をかかえ、負傷した女性の身で?」
ここに来る前、キサティーロは、いくつか別の場所にも立ち寄っていた。
主のことは、もとより心配などしていない。
息子たちが、優秀であるのも知っていた。
そのため、シェルニティが転移させられたあと、すべきことをしていたのだ。
キサティーロには、キサティーロの「すべきこと」がある。
「それは……だから、必死で……」
当時、カイルは8歳だった。
だから、気づかなかったに違いない。
キサティーロも、少しばかり感心するほど知恵が回る男だ。
今なら、気づかないはずがなかった。
「……近衛が……来たのか……?」
「貴族らが、あなたの母親を逃がしたとでも?」
「じゃあ……その近衛は……」
「誰が、あなたの母親のことを知っていたか、ご存知なのでは?」
カイルが低く呻く。
ここに来る前、キサティーロが寄った先のひとつはブレインバーグの屋敷だ。
ほんの少し、屋敷の当主を締め上げて、記憶の蓋をこじ開けさせた。
「……イノックエル……ブレインバーグ……」
イノックエルは、カイルの母親の願いは無視したかもしれない。
が、完全に無視してはいなかった。
自らの手で、カイルの母親や女の子を救おうとしなかっただけだ。
代わりに、近衛騎士を呼んでいる。
「彼は、当時、ブレインバーグの当主ではなく、当主争いの真っ只中。さほど力を持っていたわけではなかったかと」
「今さら……今さら、それがわかったところで……」
「なにも変わらないことを、もうひとつ」
あえて話す必要のないことだった。
話しても、カイルの絶望が深くなるだけだ。
わかっているが、キサティーロは「完璧」を目指す。
「そこのかた。あなたの従兄弟の父親が誰か、ご存知ではない?」
「……知るかよ……叔母さんは話したがらなかったし……手紙にも書いてなかったからな……どうせ……どっかの、貴族……そうなんだろ?」
「仰る通り」
「それで、俺の母親と同じく捨てられたってわけだ」
「いいえ。彼は、あなたの叔母様と婚姻するつもりでいらしたようで」
カイルの動きが止まっていた。
じっと、キサティーロを見つめているのが、わかる。
「ですが、あなたの叔母様が身を引かれたらしく、結局、そのかたは、別の女性と婚姻をしなければならず」
「は……そんなの、捨てられたも同然だろ。本気なら……あの国王みたいに探せば良かったんだ! 諦めちまったってのは、そういうことだろ!」
誰でもが「あの」国王のようになれるわけではない。
カイルにもわかっているはずだ。
人は、それほど強くはないし、むしろ、弱い者のほうが多いのだと。
「そのかた曰く“ほかの女性を愛することはできなかった”そうで」
「言い訳がましいんだよ!」
「彼は、彼女との婚姻を阻んだ両親への当てつけで、連れ子のいる女性と婚姻したそうですが、そのどちらも愛せずにいたと」
「貴族、だな……身勝手な野郎だ……」
「仰る通り」
キサティーロは、両手を腰の後ろで組み、いつものごとく直立不動。
なんの感慨もなく、淡々と語る。
「そろそろ、あの家にも終わりが訪れるのでは」
「あの家……?」
「ええ。あなたが、唆して賭け事に狂わせた、あの御仁の家ですから」
「は……? 俺が……なんだって……?」
意味はわかっているのに、理解しようとしていない。
カイルは、理解することを拒んでいるのだ。
その先に、己の「罪」があると知っているから。
「ラドホープ侯爵。あなたの叔母様が愛し、それゆえに身を引いた相手。あなたの従兄弟の父親でもある男。彼に、あなたは賭け事を勧めたのでは?」
カイルには「手伝い」の女性が必要だった。
とはいえ、誰でもいいわけではない。
「父親のことを悪く言う女性を利用するために」
ラドホープ侯爵令嬢は、さぞ、うってつけだっただろう。
父親を賭け事に狂わせ、そもそも愛していなかった娘に身売りさせようとした。
それが引き金となり、彼女は、カイルの協力者となったのだ。
「もしかすると、あなたの従兄弟の、義妹となっていたかもしれない女性の命を、あなたは奪われたのかと」
「そんな……ディアトリーが……ラドホープ侯爵が……ウォルトの父親……」
かくんっと、カイルが、そのウォルトの傍に膝をつく。
キサティーロは、感情のない瞳に、その姿を映していた。
「イノックエル・ブレインバーグとあなたと。さて、どちらの罪が重いと?」
イノックエルにも罪はある。
当主でなかったため力がなかったという状況や、近衛騎士を呼んだ事実があったとしても、罪がないとは言えない。
だが、カイルの罪は「知らなかった」では、すまされないものだ。
少なくとも、本人にとっては。
「そうやって人は繋がりあっているものです。我が君のように、たった1人を選択することすらできず」
娘を失い、金の算段もつけらないラドホープ侯爵は、早晩、破産する。
ラドホープ侯爵に子はいないため、自死すれば、家は消えるのだ。
それは、カイルの従兄弟が手にできていたかもしれない家督だった。
「……ウォルト……お前……なんで飲まなかったんだよ……」
カイルは、ウォルトの遺体に縋っている。
肩を震わせ、泣いている。
「苦労したのに……これを造るのに……俺が、どれだけ……」
キサティーロは「完璧」を目指していた。
だが、きっと主は、これを望まない。
いや、望んではいるが、実行をしない。
キサティーロは、主の心にのみ従う者だった。
この先の道も、見えている。
主にも見えていると、知っていた。
「お独りで逝くのが寂しかったとでも?」
組んでいた手をほどき、軽く動作する。
カイルの体が、ぱたん…と倒れた。
それを見てから、スッと姿を消す。
ほんのわずかなつぶやきを残して。
「ご安心ください。もうしばし、時間はありますよ、あなたにも」




