守りたいものが 1
「カイル、向こうの人数が、かなり減っているようです」
「ふぅん。案外、使える奴がいたんだな」
カイルは、しばらくアーヴィを見つめていた。
シェルニティの瞳には、その様子が、なにか物思いにでもふけっているように、映っていた。
だが、ウォルトに話しかけられ、意識がこちらに向いたようだ。
「それじゃ、とっとと片づけるか」
「カイル!」
王太子が前に出ようとするのを、カイルが手で制する。
シェルニティの腕が、ウォルトに掴まれていた。
「お前は、ここにいろ。危ない目には、合わせたくないんでね」
「そういうわけには……」
「アーヴィ、聞き分けがない子は、お仕置きだぞ?」
カイルは、以前と変わらない、親しげな口調を続けている。
王太子に「裏切られた」と言っていたが、怒ってもいないらしい。
これほどまでのことをしても、王太子との関係性は断ち切らずにいる。
それが、シェルニティには不思議だった。
「この女の指に、なにがはまってるかを、忘れないほうがいいぜ?」
王太子は、ハッとした表情を浮かべ、すぐに悔しげにうつむいた。
意図していなかったとはいえ、王太子がシェルニティに指輪を渡している。
その行動を、悔いているのだろう。
「転移ってのは、それほど難しい魔術じゃない。行きたい場所を、思い浮かべればいいんだからな。だけど、それを魔術道具にするのは、難しいんだ。道具は、思い浮かべるなんてことはしないんでね」
「転移先は1ヶ所しか指定できない、ということか」
「正解」
つまり、再び指輪が効果を発揮すると、シェルニティは「レックスモアの辺り」に転移する。
森の家からレックスモアまでは、あまり遠くない。
が、ここは王都なのだ。
かなり長距離の転移となる。
(転移させられたら、私は死ぬということね)
魔術道具は意思を持たない。
けれど、魔術道具である以上、魔力は必要とする。
薬とは違うのだ。
魔力供給者の魔力影響を受けることは、避けられないのだろう。
指輪に魔力を与えているのは、カイルに違いない。
さっき指輪でシェルニティを転移させたのは、カイルなのだ。
殺すつもりはなかった、という言葉からも、それは明らかだった。
「お前が、ここにいる間は、この女は殺さないと約束する。ちょっと場所は変えるけどな。いい子で待ってろよ、アーヴィ」
ウォルトが、シェルニティの腕を掴んだまま、後ろに下がる。
カイルが隣に並んだ瞬間、また眩暈がした。
近い距離の転移だろう。
頭がくらくらしたが、意識を失うまでには至っていない。
「さてと、ご令嬢。あんたには、まだ用があるんでね。ここで、しばらく大人しくしててくれ。それほど、待たせやしないさ」
「ちなみに、扉には鍵をかけてあるので開きませんよ」
王太子がいた時は、終始、黙っていたウォルトが、3人になった途端、口を挟んできた。
カイルと王太子の関係を鑑み、無言を通していたのかもしれない。
おそらく、それほどカイルとウォルトの絆は強いのだろう。
「いよいよですね」
「あとは、たいしたことないだろ。まぁ、そのために、1番、厄介な相手を、先に片づけといたんだ」
それは、彼のことに違いない。
シェルニティの胸が、きゅっと痛んだ。
彼は、ブレインバーグの別邸にいる。
わかっているのに、なにもできないのが、つらかった。
不意に、パッと2人が姿を消す。
また、どこかに転移したらしい。
(どこに行ったの? お父さまのところ? どうかしら……違う気がするわ……)
彼らが、父を殺すつもりなら、すでに実行しているはずだ。
止める者はいないのだから、どうにでもできる。
よって、この段階で、父の元に行くとは考えにくい。
もちろん、彼のところにだって行くはずがない。
1番、厄介な相手、なのだから。
シェルニティは、周囲を見回す。
さっきいたカイルの私室と似ている気がした。
調度品なども、比較的、豪華だ。
壁際にあった書棚に近づく。
ずらりと並んだ書物を「観察」した。
整理整頓がされていて、とてもきちんとしている。
この私室の主は、真面目そうだ。
そして、様々なことに精通している。
「政……財政……領地……歴史……外国の、本……」
背表紙の上で移動させていた視線を止めた。
シェルニティは、この私室が、誰のものかに気づく。
「ここは……宰相様の私室だわ」
審議の時と、森に訊ねてきた時、2度会っていた。
と、シェルニティは思っている。
リカラス・ウィリュアートン。
ロズウェルドの宰相であり、リンクスの父親だ。
父親としてはどうかと思うが、宰相としては優秀そうだった。
知っている人の部屋だったのはともかく、なぜここだったのかは不明。
彼らは、目的を早期に達成しようとしている。
なのに、なぜか、ここに立ち寄ったのだ。
シェルニティを隔離するためだけに。
「私は、まだなにか使い道があるから生かしておきたくて……?」
思ったところで、さらに気づいた。
彼らは、宰相を殺す気なのだ。
王太子にも「危ない目に合ってほしくない」と、カイルは言っている。
同様に、やはりシェルニティを死なせないために、隔離した。
交戦に巻き込まれる可能性があるからだ。
「なぜ宰相様なの? 貴族だから? でも、貴族なんて大勢いるじゃない。王宮にいる重臣のかたが対象になってもおかしくないわよね。全員貴族だもの」
シェルニティは、カイルの言葉をなぞってみる。
加えて、カイルの目的を改めて整理してみた。
カイルの目的は、貴族を排除すること。
王族は、生かすつもりでいる。
「……貴族は、大勢いる。そうよ、大勢いるわ。カイルは、どうやって貴族を排除する気なの? しかも、早く決着をつけようとしているのに」
その時、ふっと、シェルニティの頭に、カイルの言葉がよぎった。
『国王は、与える者じゃなかったんだからな』
それは、シェルニティにとっても、初めて聞いた話だ。
現国王は「与える者」ではない。
が、現実に、王宮魔術師は存在し続けている。
「……宰相様が、与える者、なの……?」
だから、カイルは宰相を殺そうとしているのではないか。
王宮魔術師を消してしまうために。
「そんなことをすれば、国が守れなくなるわ。ロズウェルドは魔術師の国……」
魔術を使えるのは、王宮魔術師だけではないことを思い出した。
異端とされる魔力持ちも、魔術が使えるのだ。
彼らが力を持てば、貴族を一掃できる。
王宮魔術師の、そのほとんどは貴族出身だった。
現在、貴族として家に残っている者は「持たざる者」なのだ。
シェルニティの全身から血の気が引く。
ちょっぴり意地悪で生意気で、けれど、本当には優しい少年の姿が思い浮かぶ。
『ちぇっ。オレのほうが先に求婚したのにサ。ジョザイアおじさん、ズルいぜ』
リカラスの息子、リンクスもまた、ウィリュアートンなのだ。




