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見えてきたものとは 4

 カイルは、貴族を憎んでいる。

 もう20年近くも恨み続けてきた。

 

(父親が、どっかの貴族だとか、そんなことは、どうでもよかったけどな)

 

 カイルの母親は、どこかの貴族の子息と「恋に落ちた」らしい。

 が、相手にとっては、遊びに過ぎなかったのだ。

 子供ができたと知ったとたん、カイルの母親を捨てた。

 会うことを拒否しただけではなく、領地からも追い出している。

 

 そのカイルの母親には姉がいた。

 ウォルトの母親だ。

 叔母は、幼い頃に、女の子のいなかったダリード男爵家に養女として迎えられており、当時は、疎遠になっていた。

 

 そのため、カイルを身ごもったまま、母は1人で王都に来ている。

 王都ならば平民でも、働き口があると聞いていたからだそうだ。

 8歳になるまで、カイルは、いたって平穏に暮らしていた。

 細々(ほそぼそ)とした生活ではあったが、不満はなく、時は過ぎている。

 

 雑用を引き受けるカイルに、街の者は親切にしてくれた。

 読み書きを教えてくれる者さえいたほどだ。

 カイルは、街で、様々なことを学んでいる。

 良いことも、悪いことも。

 

(カーラ……俺は、未だにわからずにいるんだぜ? なんで、お前は、死ななきゃならなかったんだ?)

 

 カーラ。

 

 カイルの双子の妹。

 明るくて、なのに、体が弱く、外に出られずにいた妹。

 彼女は、8歳で、この世を去ってしまった。

 

 貴族が、カーラの命を奪ったからだ。

 

 その日、カイルは、いつもの雑用に時間を取られ、遅くなった。

 母の帰りも遅く、心配したカーラは、初めて外に出たのだ。

 探し歩いて見つけた母は、サロンの前で貴族に絡まれていたらしい。

 

 カーラは、母を助けようとした。

 そして、それが貴族の嗜虐心を煽ってしまった。

 

 貴族の興味は、母よりもカーラに。

 

(たった8歳の子供に……まだ……カーラは8歳だったんだぞ……っ……)

 

 サロンに引きずり込まれたカーラを、母は追ったのだという。

 けれど、中には入れなかった。

 平民だったからだ。

 それでもと、サロンから出てきた貴族の男に、母は(すが)りついた。

 

 娘を助けてくれと、泣いて縋ったのだ。

 

 なのに、その男は母を押しのけ、その場を立ち去った。

 助けようとはしなかった。

 母のことも、妹のことも見殺しにした。

 

 貴族たちに弄ばれ、体の弱かったカーラは、サロンで命を落としている。

 貴族たちも、さすがに死人を出したこと、子供に手をだしたことが露見するのはまずいと思ったのだろう。

 遺体を処分しようとした。

 それを見つけ、泣き叫ぶ母を切りつけ、殺そうとしたのだ。

 

(いや、殺したんだよ、あいつらが)

 

 カーラの遺体を抱き、家に戻った母は瀕死だった。

 その母から、なにが起きたのかを、カイルは聞かされている。

 話し終えたあと、母は死んだ。

 

 大きなショックを受け、直後、カイルは魔力顕現(けんげん)している。

 同時に、貴族や王宮への強い忌避感から「半端者(はんぱもの)」になった。

 それからは、貴族を憎むことしか頭になくなっている。

 

 とはいえ、カイル自身、8歳の子供だ。

 具体的に、どうすればいいのかは、思いつけずにいた。

 カーラを弄んだ貴族たちを見つけても、殺せるのは1人か、2人。

 自分が捕まって、終わりになる。

 

 子供ではあったが、それでは「不足」だと思った。

 貴族らのしたことに対し、罰が「死」では生温い。

 しかも、たった数人、殺した程度では、無意味だ。

 

 毎日、毎日、貴族をどうやって駆逐するか。

 そればかりを考えていた。

 そして、その日がやってくる。

 

 母とカーラが死んだちょうど翌年。

 ウォルトの母、カイルの叔母が、訪ねてきたのだ。

 叔母の事情を聞き、カイルも自分の事情を話した。

 そこで、カイルは、さらなる憎悪を募らせることになる。

 

 母が縋りつき、助けを乞うたにもかかわらず、立ち去った男。

 叔母が侍女として働いていた先の放蕩な主。

 

 イノックエル・ブレインバーグ。

 

 その名に、カイルは体が震えるほどの怒りを感じた。

 イノックエルは高位の貴族だ。

 カーラを助けられる立場であったはずなのに、助けなかった。

 

 見殺しにした。

 

 だが、叔母の息子は、イノックエルの息子として育てられている。

 ならば、と思った。

 8歳の自分にできることは少ない。

 叔母の息子をブレインバーグの当主にできれば、やれることも増えるだろう。

 そう考えたのだ。

 

 カイルに事情を話したあと、叔母は帰って行った。

 が、あとで、彼女が自死をしたことを、カイルは知る。

 叔母から「資料」が届いた際、手紙に記されていたからだ。

 

 サイラスの遺産。

 

 それを手にし、カイルは、さらに多くを学んでいる。

 魔力持ちでもあったため、途中で止まっていた研究などにも精を出した。

 半端者の魔力は、たかが知れている。

 王宮魔術師には、到底、敵わない。

 そのため、魔術道具や薬に対して力を注いだ。

 

 叔母の息子が、晴れてブレインバーグの当主になった時のために。

 

(俺は甘かった。貴族が、どれほど腐ってるか、わかっちゃいなかったんだ。あの頃は、貴族の中に入って内側から正してやるって思ってたっけ。まだ正義感なんてもんがあったわけだ)

 

 カイルは、己の甘さを自嘲する。

 いっとき、考えていた「正す」との思いを、元の「駆逐する」へと戻したのは、その甘さを思い知ったからだ。

 

 イノックエル・ブレインバーグは、ウォルトを認知しなかった。

 

 叔母は、そのために命まで懸けたというのに、その命さえ無駄にされたのだ。

 イノックエル・ブレインバーグは、カイルにとって、身内3人の命を、無意味に奪った者の象徴となっている。

 殺しても飽き足りないほどの憎しみをいだいていた。

 

 たとえ、どういう手を使っても、誰を利用しても、貴族を駆逐する。

 

 カイルは、ウォルトに当主の芽がないと気づいた時に、甘さを捨てたのだ。

 元々は、アーヴィングには、貴族を「正す」手助けをしてもらうつもりでいたのだけれど。

 

(アーヴィ、お前は、あの人の息子だ。きっと、いい国王になれるよ。貴族なんて廃して、王族が頂点にいりゃ、この国は、まともになるさ)

 

 カイルは、現国王が訪ねて来た日のことを、はっきりと覚えている。

 平民である、イヴァンジェリンとアーヴィングに、何度も頭を下げていた。

 自分の元に帰ってきてほしいと、頼んでいた。

 そして、イヴァンジェリンに、アーヴィングはあなたの息子ではないと言われた時のことだ。

 

 『そのようなことは、どうでもよい。血の繋がりだけが、すべてではなかろう。お前の息子ならば、俺にとっても息子だ』

 

 フィランディ・ガルベリーは、そう言った。

 いっさいの迷いが、その瞳にはなかったことに、カイルは胸を打たれている。

 

(本当は、あの人の近くで……(そば)で、仕えてみたかったんだけどな)

 

 けれど、それは不可能だとわかっていた。

 フィランディ・ガルベリーは、正しき王なのだ。

 たとえ、腐った貴族でも「我が民」としている。

 その、国王にとっての「民」を排除した自分を、けして許しはしない。

 

 王族が国の頂点に立った時、最初に断罪されるのは、自分だと、カイルは知っていた。


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