見えてきたものとは 3
王太子は、怒っている。
が、苦しんでもいるようだった。
顔を歪め、カイルを睨んでいる。
「なぜ、ここに彼女がいる?」
「お前のおかげだよ、アーヴィ」
カイルは、嬉しそうに両手を広げていた。
まるで、親愛の情から、王太子を抱きしめたいとでもいうように。
(殿下は、カイルのしていることを知らなかったの?)
シェルニティは、心の中で、首をかしげる。
が、その疑問を、カイルが解消した。
「お前、この女に指輪を渡したよな」
「それは……」
王太子の顔が蒼褪める。
シェルニティのほうを見て、その指にある指輪を見つけたようだ。
小さく低く、呻いている。
「魔力を隠すための……指輪ではなかったのか……」
確かに、彼からは「カイルは指輪で魔力を隠している」と教わっていた。
王太子も指輪の効果が、そうしたものだと思っていたのだろう。
ところが、実際には違ったのだ。
あの時、シェルニティは指輪をはめたとたん、意識を失っている。
咄嗟に、転移させられていることに気づいた。
以前、似た経験をしている。
レックスモアのおかかえ魔術師に攫われた時だ。
急速な意識の陰りと、視界の揺れと、不快感。
それらは、転移での魔力影響による症状だった。
「この女は魔力顕現していないだろ? だから、とりあえず、近場のレックスモア辺りまで転移させて、そこから、俺が、ここに連れてきたのさ。殺すつもりだったわけじゃないんだよ、アーヴィ」
そう聞かされても、王太子は表情を変えない。
安堵や納得といった気持ちはなさそうだ。
眉間に深く皺を刻んでいる。
とても苦しげだった。
「俺が、指輪のことを、なぜ知ってるかって? アーヴィ、俺はさ、わかってたんだよ。“お前が”、この女に指輪を渡すだろうってな」
街で、王太子は、シェルニティに、指輪を渡そうとしている。
断ったにもかかわらず、ポケットに入っていた。
彼が現れる直前に、入れたのだろう。
「それを公爵が見れば、どうやって作ったのか調べるだろうし、そうなれば、俺が何者であるかもわかる。お前は、そう思って、この女に指輪を渡した。いや、託した、というべきかな。直接、公爵に渡せば、俺にバレるからだ」
カイルが、ふう…と息を吐く。
それから、さも残念そうに言った。
「俺を疑ってるってバレないように苦心したんだよな? けど、俺には、わかってたんだよ、アーヴィ」
「どうして……」
「そりゃ、お前が王族だからさ。俺と、お前の正しさは、同じじゃない」
「僕の気持ちを……僕の気持ちまで、利用したのか?」
王太子の口調は、暗く沈んでいる。
振り絞るような声だった。
それも、カイルは、簡単に突き放す。
とてもわざとらしく、また「悲しげな」顔をしてみせたのだ。
「俺だって、傷ついてるんだぜ? お前が、指輪を渡さなきゃいいと思いながら、すり替えたんだからな。だって、そうだろ? この女に指輪が渡るってことは……」
言葉を切り、カイルは、大袈裟に溜め息をつく。
「お前が、俺を裏切るってことだ」
つまり、カイルは、あらかじめ王太子の裏切りすらも予測していた。
王太子が急に会いたいと言ってきた裏には、こうした事情があったのだ。
「けどな、アーヴィ。俺が背中を押さなくても、お前は、この女に本音を言う気でいたよな? それを、ちょっと早めてやっただけじゃないか」
「僕に疑念をいだかせることを、背中を押すとは言わない」
「そうか? お前が勝手に疑念をいだいて、勝手に指輪を渡したんだろ? 俺を、疑わなきゃ、こんなことにはなってなかった。全部、お前が選んだことさ」
きゅっと、王太子が口を横に引き結ぶ。
カイルの言っていることは、正しくはないが、間違ってもいない。
それが、すべてカイルが仕組んだことであったとしても、どちらの道を行くかは王太子次第だったのだ。
(殿下は、カイルを信じたかったのね……疑いたくなかったから……私に、指輪を渡したのよ。彼が調べて、なにも出て来なければ安心できるもの……)
カイルがなにを言ったのかはともかく、そのせいで、王太子は、カイルに疑念を持ってしまった。
それを払拭したかったのだろう。
カイルが何者であるかわかっても、なにもなければ、それで良かったのだ。
「お前が、俺を側近に選んでくれて嬉しかったぜ、アーヴィ」
言葉に、シェルニティは、ぞわりとしたものを感じる。
王太子も同様に、感じるものがあったようだ。
大きなショックを受けているのか、唇が震えている。
「5年前から、待ってたよ」
5年前。
王太子が、王宮に入った年だった。
その頃から、カイルは王太子の側近になることを確信している。
(それは、だって……彼も言っていたじゃない……殿下は、王宮魔術師と関わりが薄くてもしかたがないって……)
だから、それまで、ともに暮らしていたカイルを選ぶのは、必然と言えた。
カイルは、魔力持ちだったため、側近となることに問題はなかったのだ。
王太子と契約を結びさえすればすむ話だった。
シェルニティの喉が、小さく上下する。
王太子がカイルを選ぶのは必然ではあったが、偶然でもあった。
カイルと知り合っていなければ、別の者が側近になっていた可能性がある。
たまたま街でカイルと出会った、というだけの。
(まさか……でも……王太子殿下と出会った頃、カイルは12歳だったのよ?)
『俺だって、まだ12歳だったんだぜ?』
屋敷に来た時、確かに、そう言っていた。
王太子は7つ下で、5歳だった。
しかも、自らが現国王の息子であることも知らずにいたのだ。
「エヴァは、お前が魔力持ちになるのを恐れてた。なにしろ、あの国王だからな。ロズウェルド全土に魔力感知しかねないだろ?」
「きみは……僕が魔力持ちになった時……あの指輪をくれた……」
「お前とエヴァに会ったのは、俺にとっちゃ幸運だったよ」
「最初から……知って……」
「エヴァは、ただ不安を語ってただけさ。12歳の子供には、わからないと思ってたんだろうな」
カイルは、王太子自身が知らないことまで、知っていた。
出会った当初から、王族だとわかっていた。
もちろん、それがなくても、王太子と懇意にしていたかもしれない。
けれど、いっそう親しくなる努力をしたのではなかろうか。
いつか来る日のために。
側近として、自らが選ばれるために。
王太子は、激しく動揺している。
顔色を真っ青にし、言葉も出せないようだ。
シェルニティも、カイルの妄執とも言える行動に、恐怖を感じていた。
貴族が憎いといっても、そこまでとは思っていなかったのだ。
「お前に魔力を感じたのは8歳だった。あの時は不思議だったよ。直系王族には、自然と血筋から魔力が流れてくるもんだ。なのに、お前は8歳まで魔力なしでさ。もしかしたら王族ってのは、エヴァの勘違いなんじゃないかと思ったこともある」
シェルニティと王太子の気持ちに構うことなく、カイルは、気軽な口調で語る。
すべてが計算ずくだったのだと。
「けど、納得だぜ。国王は、与える者じゃなかったんだからな。お前は、普通に、魔力顕現しただけだった。指輪で魔力を隠してたのが幸いだっただろ、アーヴィ。おかげで、お前は魔力を失わずにすんだんだ。7年も」
魔力顕現後、普通なら、魔力が尽きて、器は、その機能を失う。
けれど、魔力を隠すための指輪により、魔力が尽きることはなかった。
それが、今、王太子を魔術師たらしめている。
おそらく、それだけは、カイルにとって「想定外」だったに違いない。




