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見えてきたものとは 2

 

「まいったな。本当に、出られないじゃないか」

 

 彼は壁に手をつき、体を支えつつ、室内を、ひと周りした。

 扉の前まで戻ってきたところで、溜め息をついている。

 

「刻印の術を使うとはな。ああ、本当に、まいった……」

 

 通常、刻印の術では、塗料を使うとされていた。

 が、室内に、塗料の塗られている場所はない。

 ここにかけられているのは、刻印の術ではあっても、別種のものなのだ。

 

「ローエルハイドに、“敵対”する者はいない。いなかった。だが……対抗しようとした者はいた。それを、忘れていたよ」

 

 なにしろ、3百年以上も前の話になる。

 彼の祖先、大公と呼ばれた、かつての英雄、その時代のことだった。

 この手の刻印の術が使われたのは、その時限り。

 以来、表立ったは誰も使っていない。

 

 存在自体、知られてはいなかったはずだ。

 結局、大公により破られ、その手法も封印されていた。

 彼自身、こういう手があったことを知ってはいたが、記憶の彼方。

 使われることがあるとは、考えもせずにいた。

 

 たった1人、人ならざる者に挑み、敗れた魔術師、サイラス。

 

 ユージーン・ガルベリー唯一の最側近だった男だ。

 ローエルハイドの古い文献に、何度か出てくる。

 神経質でせっかちで、しかしながら芸の細かい男だった、と記されていた。

 

 その男が編み出した「個」を指定し、隔離もしくは疎外する術式。

 彼は、それに囚われている。

 

 元々、魔力や魔術が認知されていない頃に使われていたのが、刻印の術だ。

 ロズウェルドには、その頃から魔力顕現(けんげん)する者がいた。

 けれど、当時は、まだ知識がなく、一過性の病とされている。

 ほとんどの者からは、自然に魔力が尽き、消えていったからだ。

 

 とはいえ、中には魔力が制御できず、暴走する者もいた。

 そういう者たちを隔離するために、刻印の術が作られたらしい。

 いつ、誰が作ったのかまでは、定かになっていなかった。

 

 ただ、ロズウェルド内には、未だに刻印の術の残る場所が、いくつもある。

 魔力暴走した者の隔離施設として使われていた城や、地下室などだ。

 それらは、たいてい辺境地にあった。

 

「辺境地……シェリーに呪いをかけた侍女……」

 

 彼は、キサティーロからの報告を思い出している。

 確か、その侍女は、ダリード男爵家からルノーヴァ伯爵家に嫁いだあと、婚姻の無効により、家を出された。

 ルノーヴァは、キャラック公爵家の下位貴族だ。

 レックスモアと同様、辺境地の貴族だった。

 

「そうか。ルノーヴァの下位貴族には、ロビンガム男爵家がいたな」

 

 彼の中で、筋道が見えてくる。

 侍女の嫁ぎ先であるルノーヴァ伯爵家には、ロビンガム男爵家にまつわる、なにがしかの資料が、保存されていた。

 それを、侍女は見つけたに違いない。

 

 ロビンガム男爵家自体は、すでに歴史から、その名を消している。

 とはいえ、彼の知らない貴族はいないのだ。

 

「サイラスは、元ロビンガム男爵家の長男だった」

 

 資料には、呪いのかけかたや、刻印の術について書かれていたのだろう。

 彼も、気にはなっていた。

 

 どうやって、呪いのための魔術のかけかたを、侍女は知ったのか。

 

 性質(たち)の悪い魔術は、一般的なものではない。

 魔術の本には、いっさい書かれていないのだ。

 王宮魔術師ならば、対抗措置をとるため、その手の魔術についても知識は持っている。

 だが、シェルニティに呪いをかけたのは、一介の侍女だった。

 

「死してなお、我々を苦しめることはないだろうに」

 

 なんだか、自らの名を忘れさせまいとしているかのように感じられる。

 彼は、少しだけ、祖である「大公」を気の毒に思った。

 遺産だけでも厄介なのだ。

 きっと、本人を相手にするのは、もっと厄介だったに違いない。

 

「ということは、その侍女が、あのウォルトという奴の母親か」

 

 侍女自身は、すでに死んでいるため確認はできないが、理屈で考えれば、簡単に結論づけられる。

 ウォルトの母親が、その侍女でなければ、カイルと結びつかない。

 

 カイルは「サイラスの遺産」を、手に入れたのだ。

 

 だからこそ、彼は、ここに閉じ込められている。

 ウォルトの母親から、カイルへと渡ったのだろう。

 もとより、カイルとウォルトは「従兄弟」だし。

 

「ウォルトの母親は、カイルの叔母……ああ、駄目だ。考えがまとまらない」

 

 扉が閉められてから、圧迫感が、いっそう増していた。

 思考力も、かなり奪われている。

 体が重く、だるかった。

 

「ランディも同じはめに陥っているというのが、救いだな」

 

 おそらく、フィランディの私室にでも、閉じ込められているはずだ。

 街で血を流したのは、彼だけではない。

 カイルは、フィランディの「個」も特定できる。

 

「それでも、ランディのほうがマシなのだから、嫌になる」

 

 カイルが憎んでいるのは、貴族だ。

 王族を憎んでいる様子はなかった。

 むしろ、貴族を排して、王族を立てるつもりでいる。

 だから、王族は殺さない。

 いずれ、フィランディは解放されるのだ。

 

「今は、ランディのことなんて、どうでもいい」

 

 こんなふうに、すぐ思考が別のほうに向いてしまう。

 そのせいで、いつもなら簡単に弾き出せる答えも、なかなか出せずにいた。

 集中力を少しでも上げるため、あえて考えを言葉にしてもいる。

 

「カイルは王宮に向かうはずだ。キットがアリスに連絡を入れているだろうから、アリスはリカの(そば)にいる。リンクスもだ。ナルは、ヴィッキーが守りきるとして。アリスとリンクスのほうが、まずいな。アーヴィは、正しい選択をするだろうが」

 

 カイルの元には、シェルニティがいるのだ。

 そのためにも、カイルには、シェルニティが必要だった。

 アーヴィングを大人しくさせる盾とするために。

 

「アーヴィの近くにテディがいることに、カイルは必ず気づく……アリスが、どの程度、時間稼ぎができるか……」

 

 完全に、八方塞がりになっている。

 カイルに、してやられたのだ。

 彼の「きちんと心得ている」ことが、仇になっていた。

 

「私に気づかせるために、か……あれすら、故意だったとはね。サイラスに引けをとらないほど、芸が細かい」

 

 リンクスから、カイルの言葉を聞いて、彼は、ここに来ている。

 カイルが、ずっと前からシェルニティを知っていたと気づいたからだ。

 

「ああ、そういえば、言われていたな。私がいつ気づくか楽しみにしていたと」

 

 『彼女、18だっけ? それなら、急ぐに越したことはない』

 

 シェルニティは長く、幽閉に近い状態で暮らしてきた。

 貴族の間でも、シェルニティの存在を気にかけていた者はいない。

 体の弱いブレインバーグの長女、くらいの印象だ。

 もちろん、アーヴィングは、シェルニティの歳を知ってはいただろう。

 けれど、アーヴィングが、それをカイルに話したとは思わなかった。

 

 アーヴィングは、懇意にしている相手であっても、心惹かれている女性の歳を、ぺらぺらと口にするような性格はしていない。

 だとすれば、誰から、それを聞いたのか。

 

 アーヴィングの側近になるまで、カイルは平民だったのだ。

 貴族の、しかも、ほとんど公にされずにいたシェルニティの歳を知る由もない。

 そこで、彼は、カイルとイノックエルの息子とに関係があると考えた。

 

 本来、シェルニティは、ウォルトの異母妹にあたる。

 よって、ウォルトから情報が流れたと考えるのが自然だ。

 その確認ため、イノックエルを連れ、ウォルトに会いに来た。

 のだけれども。

 

 カイルは、彼が事細かに確認すると見越し、わざと失言をしたのだ。

 ウォルトとの関係に気づかせ、刻印の術を張り巡らせた、この部屋へと、おびき寄せるために。

 

「さあ、この状況を、どうやって引っ繰り返すか。私に、力を貸してくれるかい、シェリー」


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