目的と原因 4
アリスは、リカの執務室には、まだ行っていない。
先に、別の場所に来ている。
「アンタの力が必要なんだよ、ランディ! オレだけじゃ、リカを守れねえ!」
国王の私室に来ていた。
時間稼ぎをするにしても、あまりに打ち手がなさ過ぎる。
自分の子飼いはエセルハーディのところに行かせていた。
別宮ならともかく王宮の、しかも国王の私室に踏み込ませるには時間が足りない。
アリスの「子飼い」には平民も多く、使える貴族に連絡を取らせたとしても間に合わないだろう。
そう考え、急いでフィランディの元に来たのだ。
こうしている間にも、リカが狙われるかもしれない。
思うと、フィランディには、すぐに転移で、リカの執務室に行ってほしかった。
フィランディは、この国随一の魔術師だ。
彼を除けば、フィランディに敵う者などいはしない。
国王を「使う」ことにも、躊躇いはなかった。
アリスにとって大事なのは、リカを守ることだけなのだ。
フィランディ自らが動かなかったとしても、王宮魔術師を動員することはできる。
それも計算に入れてのことだった。
「できん」
「はあっ?! なに言ってんだ! 今さら、アーヴィの肩を持つってなら……」
アーヴィングが、カイルと懇意なのはわかっている。
兄弟のように育ったのも、世話になったことも、聞いていた。
突然、王宮に入ったアーヴィングからすれば、王族の面々より、カイルのほうが近しい存在なのも理解はできる。
カイルと父親が争うのを、アーヴィングは望まないだろう。
だとしても、息子可愛さで国をないがしろにするフィランディではないはずだ。
カイルは、リカ、それに、リンクスも殺そうとしている。
「できんものは、できんのだ、アリス」
「アンタは国王だろうが!! 与える者の力を失えば国が乱れる!」
「それくらい、俺がわかっておらんと思うのか」
「だったら……っ……」
アリスは焦っており、苛立っていた。
リカが心配でならないのだ。
仮に、リカになにかあれば、アリスにも伝わる。
2人は双子、2人で一人前。
リカが攻撃を受ければ、その種類や苦痛までもが共有される。
おそらく「与える者」の力が失われかけることによる影響もあるのだろう。
リカが死んでも、アリスに、その力は受け継がれない。
双子の場合「与える者」としては、2人で1人と見做されるからだ。
よって、必然的に、リンクスに受け継がれる。
存命中は、リカの意思でもって「与える者」の力を「譲渡」することになる。
が、死亡の際は、自然と力が「移譲」されるのだ。
カイルが、そこまで知っているとは考えにくい。
とはいえ、カイルは「与える者」を消すことを目的としている。
ならば、ウィリュアートンの直系男子を遺すはずがなかった。
きっと、カイルは、国王が「与える者」ではないと知った時に思ったはずだ。
それでは、いったい誰が「与える者」なのか、と。
現国王は、ガルベリー11世ことザカリー・ガルベリーの子孫だった。
そのザカリーには、兄がいる。
王族から離れ、貴族の養子になった。
ユージーン・ガルベリー。
当時の国王には、ユージーンとザカリーしか息子はいない。
ザカリーが直系でないのなら、答えは簡単だっただろう。
ウィリュアートンに養子に入った、ユージーンこそが、真の「与える者」だったのだと。
その子孫が、アリスであり、リカであり、リンクスなのだ。
ウィリュアートンの直系男子を皆殺せば「与える者」の力は消える。
王宮魔術師に魔力を与える存在はいなくなる。
それが、カイルの狙いに違いない。
「物理的にできぬ、と言っている」
「物理的……って……」
フィランディは、それでも、平然としていた。
焦っている様子もない。
その態度にも、イライラする。
「とっとと話せ! こっちは時間がねえんだ!」
「俺は、この部屋から出られんのだ」
言葉に、理解が追いつかない。
回転の速い、アリスの頭脳をもってしても「解」が出せなかった。
「アリス」
フィランディが、静かな口調で言う。
予想もしていなかったような「原因」を。
「ここには、刻印の術がかけられている」
刻印の術とは、かつて魔術師が存在していなかった時代に使われていた「魔術に類するもの」だ。
魔力というものが認知され、魔術師が公に認められてからは、廃れている。
なにしろ、効率が悪い。
いちいち塗料を使う必要があるし、効果もひとつに絞られているからだ。
ただし、アリスには、それを効果的に使う方法に心当たりがある。
それでも「そっち」だとは考えにくかった。
「そんなら傷をつけりゃいいだけじゃねーか! あれは塗られたトコに……」
言いかけて、やめる。
フィランディが「物理的に出られない」と言った意味が、はっきりとわかった。
「なんでだ……?」
「別種のものだからな、あれは」
「そっちじゃねえ!」
この室内には、どこにも、それらしき塗料の痕跡がない。
普通は術をかけるため、塗料で扉や壁を塗りたくるものなのだ。
が、室内は、とても綺麗だった。
つまり、アリスの頭をよぎった方法が使われている。
だとしても、その方法には、ある特定の条件があった。
アリスの疑問は「そっち」だ。
「俺が街に出ていたのは知っておるな?」
「ああ。あの人と派手にやりあってただろ」
「それ自体が、カイルの狙いであった」
「どういうことだ?」
フィランディが渋い顔をする。
こうなるまで、カイルの狙いに気づかなかったのが、不本意なのだろう。
「血だ」
「血……」
フィランディの言葉を聞いた瞬間、アリスは気づいた。
必要であるはずの「特定の条件」が満たされている、ということに。
血は「個」を特定する。
カイルは、血によりフィランディという人物を特定させた。
そして「個」を指定して、刻印の術をかけているのだ。
「ちょっと、待て……それじゃあ……」
心臓が早鐘を打つ。
シェルニティを攫いに来た魔術師と、森で遭遇した時以上に、危機感が押し寄せてきた。
「あやつも、また囚われている」
ぞくっと背筋が震える。
フィランディとの戦いで、彼も血を吐いていた。
大半は雨で流されていたけれど。
最後に吐いた血が、フィランディの服にかかった。
カイルは、フィランディだけでなく、彼の血も手に入れている。
刻印の術は、その単純さと魔力に依存しないことから、魔術では打ち破れない。
しかも、目的が絞られているため、非常に強固なのだ。
アリスの率いている機関で主に使用している手法でもあった。
その機関は「魔術に頼らない」ことを思想にしている。
だから、アリスは、それが「魔術師」にとって効果的であるのも知っていた。
使いようによっては致命的になるほどに、だ。
「それじゃ、なにか……オレらには、命綱がねえってことかよ……」
アリスも、年中、彼に頼っているわけではない。
ただ、この間のように、命の危機に瀕している時だけは、彼を思い出す。
なにがあっても、彼がいれば「なんとかしてくれるはずだ」との思いがあった。
事実、あの日だって、瀕死のアリスを救ったのは、彼だ。
その結果、アリスは、リカを守ることができた。
アリスにとっての、心の命綱。
それが、彼の存在なのだ。
その命綱が、ない。
その上、王宮魔術師も使えないのだ。
なぜ「刻印の術」によって国王が封じられているかの説明がつかない。
国王は「魔術師」ではないはずなのだから。
「アリス、リカの元に行け。俺は、ここを動けぬのだからな」
言葉に、アリスは、ショックから立ち直る。
思考を停止させていては、リカを守れない。
パッと烏に変転し、リカの執務室に向かった。
(ないものは、ない……あるもので、なんとかやりくりしなけりゃならねーんだ)
いつだって。




