表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/80

目的と原因 3

 シェルニティは、うっすらとした意識の中にいる。

 遠くから、誰かが話しているのが聞こえていた。

 

「やっぱり効きが悪いな」

「薬に耐性があるのですね」

 

 先に聞こえた声は、知っている。

 2人目の声は知らない。

 

 まだ意識は朦朧としているが、頭の端で考えている。

 近くにカイルがいて、カイルはシェルニティの知らない者と一緒にいるらしい。

 ディアトリーの言っていた「仲間」の1人だろう。

 おそらく、カイルの「仲間」は大勢いる。

 1人や2人ではない。

 

(キットが、すぐに来なかったものね……下には大勢いたのだわ……)

 

 彼がシェルニティをあずけたキサティーロは、魔術師として腕が立つはずだ。

 そのキサティーロが時間を取られた。

 つまりは、それだけ相手が強かったか、人数が多かったか。

 

 シェルニティは、実際のキサティーロの腕については知らない。

 が、彼が任せたというだけで、十分に理解できる。

 キサティーロの腕は、相当なものに違いないのだ。

 だから、人数が多くて時間を取られたのだとわかる。

 

「わざわざ治癒するのも、癪に障りますよ」

「ひと思いに殺すほうが、癪に障るだろ」

「確かに」

 

 2人が笑っていた。

 どうやら親しい仲のようだ。

 シェルニティの意識が戻りかけていることに、気づいていないらしい。

 そのため、気楽に話しているのだろう。

 

「しかし、あなたは徹底していますよね」

「ん? ああ、トリーのことか」

「まだ使えたかもしれないのに」

「いいんだよ。あいつは、ここで切るって決めてたからな。元々、貴族だし、身内でもないんだぜ? ま、売られるよりは、マシだろ」

 

 ディアトリーの、カイルを愛していると言った時の顔が思い出された。

 強い覚悟を持った瞳で、シェルニティを見ていた。

 きっと彼女は、こうなると知っていたのだ。

 

 ディアトリーは、殺されている。

 

 わかっていて、カイルに従った。

 カイルを愛していたからだ。

 シェルニティにとって、ディアトリーは大事な人ではない。

 親しくもなかったし、よく知らない相手だった。

 

 それでも、なんとも言えない気持ちになる。

 どういったものかは判然としないが、憐みという感情だったかもしれない。

 カイルに対し、腹立ちこそわかないものの、不快感をいだいた。

 

(身内でもない、って言った? それなら、もう1人は……身内……?)

 

 知らない男性のほうは、間違いなく貴族だ。

 その男性は、貴族教育で学ぶ話しかたをしていた。

 ならば、カイルの身内なので、殺さずにいるということになる。

 

「王太子は、どうするんですか?」

「どうもしないさ。王族は貴族とは違うからな。お前だって、王族が、民を大事にしてるってのは、疑ってないだろ?」

「そうですね。もっと王族が力を持てばいいのにと、もどかしく思うこともありました。貴族を制することができるのは、王族だけですからね」

 

 王族は、権威ではあっても、権力を持たない。

 明確に、法によって定められている。

 民からの絶大な信頼はあれど、王族が(まつりごと)に関わることはないのだ。

 とはいえ、民が苦境に陥った時、手を差し伸べるのは王宮ではなく王族だった。

 

 国王は、民の平和と安寧のための存在。

 

 言葉だけではなく、歴代の国王は、常に民を気にかけている。

 現国王も、そうだ。

 思うシェルニティを肯定するかのように、カイルが言った。

 

「俺はさ、アーヴィの父親を気に入ってるんだよ。あの人が悲しむところは見たくないな。本気で、羨ましかったんだぜ? あんな父親を持ってるアーヴィがさ」

「あなたは父親を知らないし、私の父親とされた男は、あんなふうですしね」

 

 言葉に、ハッとなる。

 そのおかげか、かなり意識がはっきりしてきた。

 が、シェルニティは目を開かずにいる。

 できるだけ、彼らの会話から状況を把握しておきたかったからだ。

 

 彼と出会う以前の彼女は、人の会話に口を差し挟まず、黙って聞いていることが多かった。

 誰も、彼女に「会話」を望んでいないと、知っていたのだ。

 代わりに、会話の内容や口調から、状況を把握することに長けている。

 

「変わっていくさ、これから。イノックエル・ブレインバーグのような奴もいなくなる。貴族がいなきゃ、この国は、もっと良くなれるんだ」

「王族と民だけで、十分ですよね」

「そうだよ。あの国王なら、正しい判断で国を導いていける」

 

 カイルが、なぜ「叛逆」とされることをしようとしているのか。

 きっかけは、自分の父親だ。

 カイルは、名指しで父を非難している。

 父が、なにをしたのかはわからないけれど。

 

(そのせいで貴族を排除しようとしているのね。私は娘だから憎まれているの?)

 

 シェルニティには、実感がない。

 父に親しみを持ったことがないからだ。

 物心つく前から、ずっと遠くに感じている。

 きっと父のほうも似たようなものだろう。

 

(私を殺したって、お父さまは、ちっとも悲しんだりしないでしょうに)

 

 一応、体裁を取り繕うために、悲しむ振りくらいはするかもしれない。

 が、本気で悼むことはないのだ。

 シェルニティは、父の弱みには成り得ない、と思う。

 心に、ひと筋の傷もつけられないのだから。

 

(でも……そんなこと、カイルにもわかっているのじゃないかしら……私が呪いをかけられていたのは、周知されているのだし……)

 

 そもそも、カイルは父を憎んでいる。

 その過程で、父がシェルニティをどう扱っていたかも知ったのではなかろうか。

 当然に、シェルニティが、父に愛されていないことも。

 

(……彼ね……私と彼を婚姻させたくないのだわ……彼はローエルハイドだもの)

 

 懇意にしていようがいまいが、彼とシェルニティが婚姻すれば、ブレインバーグはローエルハイドと姻戚関係となる。

 貴族に対し、ローエルハイドの名が与える影響は、少なくない。

 貴族を排除しようと思い立つ原因となったほど憎い相手が、力を持つ。

 それは、カイルにとって、許しがたいことだったのだ。

 

(本当に……とばっちりね……私だけならともかく……彼まで……)

 

 彼は、いつも彼のすることに、シェルニティを巻き込むことを気に病んでいた。

 が、今回は、逆だ。

 父のとばっちりで、彼を巻き込んでいる。

 

 しかも、彼がシェルニティを愛した、という理由で。

 

 父が、カイルに、なにをしたのかは知らない。

 けれど、なにをしたのだとしても、庇う気はなかった。

 シェルニティにとって、父より彼のほうが大事だからだ。

 

 父親のことはどうでもいい、カイルを愛していると、ディアトリーは言った。

 その気持ちが、ほんの少し理解できた気がする。

 血縁というのは、絶対的なものではない、ということ。

 血の繋がりより優先させるものもある。

 

(でも、彼は、カイルとは違うわ)

 

 ディアトリーはカイルを愛していたが、カイルに愛はなかった。

 カイルは疑り深く、冷酷な面を持つ性格をしているようだ。

 信じた者や身内と、それ以外の者を、きっちり線引きしている。

 ディアトリーは「それ以外の者」の範疇に放り込まれていた。

 そして、あっさりと切り捨てられたのだ。

 

(彼は人を利用したりしない。そもそも、1人で、なんでも解決しようとしたがる悪い癖があるもの。だけど……そうね、彼、可愛いところがあるわよね……最近、私に甘えてくれるようになった気がするわ)

 

 そういう時の、彼の、少し言いにくそうな口ぶりを思い出す。

 慣れないことをしようとする彼が、愛おしかった。

 彼は、自分を信頼してくれている。

 だからこそ、心の(うち)を明かし、相談もし、甘えてくれるのだ。

 

(私も、信頼しているのよ、私の愛しい人、ジョザイア・ローエルハイド)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ