目的と原因 3
シェルニティは、うっすらとした意識の中にいる。
遠くから、誰かが話しているのが聞こえていた。
「やっぱり効きが悪いな」
「薬に耐性があるのですね」
先に聞こえた声は、知っている。
2人目の声は知らない。
まだ意識は朦朧としているが、頭の端で考えている。
近くにカイルがいて、カイルはシェルニティの知らない者と一緒にいるらしい。
ディアトリーの言っていた「仲間」の1人だろう。
おそらく、カイルの「仲間」は大勢いる。
1人や2人ではない。
(キットが、すぐに来なかったものね……下には大勢いたのだわ……)
彼がシェルニティをあずけたキサティーロは、魔術師として腕が立つはずだ。
そのキサティーロが時間を取られた。
つまりは、それだけ相手が強かったか、人数が多かったか。
シェルニティは、実際のキサティーロの腕については知らない。
が、彼が任せたというだけで、十分に理解できる。
キサティーロの腕は、相当なものに違いないのだ。
だから、人数が多くて時間を取られたのだとわかる。
「わざわざ治癒するのも、癪に障りますよ」
「ひと思いに殺すほうが、癪に障るだろ」
「確かに」
2人が笑っていた。
どうやら親しい仲のようだ。
シェルニティの意識が戻りかけていることに、気づいていないらしい。
そのため、気楽に話しているのだろう。
「しかし、あなたは徹底していますよね」
「ん? ああ、トリーのことか」
「まだ使えたかもしれないのに」
「いいんだよ。あいつは、ここで切るって決めてたからな。元々、貴族だし、身内でもないんだぜ? ま、売られるよりは、マシだろ」
ディアトリーの、カイルを愛していると言った時の顔が思い出された。
強い覚悟を持った瞳で、シェルニティを見ていた。
きっと彼女は、こうなると知っていたのだ。
ディアトリーは、殺されている。
わかっていて、カイルに従った。
カイルを愛していたからだ。
シェルニティにとって、ディアトリーは大事な人ではない。
親しくもなかったし、よく知らない相手だった。
それでも、なんとも言えない気持ちになる。
どういったものかは判然としないが、憐みという感情だったかもしれない。
カイルに対し、腹立ちこそわかないものの、不快感をいだいた。
(身内でもない、って言った? それなら、もう1人は……身内……?)
知らない男性のほうは、間違いなく貴族だ。
その男性は、貴族教育で学ぶ話しかたをしていた。
ならば、カイルの身内なので、殺さずにいるということになる。
「王太子は、どうするんですか?」
「どうもしないさ。王族は貴族とは違うからな。お前だって、王族が、民を大事にしてるってのは、疑ってないだろ?」
「そうですね。もっと王族が力を持てばいいのにと、もどかしく思うこともありました。貴族を制することができるのは、王族だけですからね」
王族は、権威ではあっても、権力を持たない。
明確に、法によって定められている。
民からの絶大な信頼はあれど、王族が政に関わることはないのだ。
とはいえ、民が苦境に陥った時、手を差し伸べるのは王宮ではなく王族だった。
国王は、民の平和と安寧のための存在。
言葉だけではなく、歴代の国王は、常に民を気にかけている。
現国王も、そうだ。
思うシェルニティを肯定するかのように、カイルが言った。
「俺はさ、アーヴィの父親を気に入ってるんだよ。あの人が悲しむところは見たくないな。本気で、羨ましかったんだぜ? あんな父親を持ってるアーヴィがさ」
「あなたは父親を知らないし、私の父親とされた男は、あんなふうですしね」
言葉に、ハッとなる。
そのおかげか、かなり意識がはっきりしてきた。
が、シェルニティは目を開かずにいる。
できるだけ、彼らの会話から状況を把握しておきたかったからだ。
彼と出会う以前の彼女は、人の会話に口を差し挟まず、黙って聞いていることが多かった。
誰も、彼女に「会話」を望んでいないと、知っていたのだ。
代わりに、会話の内容や口調から、状況を把握することに長けている。
「変わっていくさ、これから。イノックエル・ブレインバーグのような奴もいなくなる。貴族がいなきゃ、この国は、もっと良くなれるんだ」
「王族と民だけで、十分ですよね」
「そうだよ。あの国王なら、正しい判断で国を導いていける」
カイルが、なぜ「叛逆」とされることをしようとしているのか。
きっかけは、自分の父親だ。
カイルは、名指しで父を非難している。
父が、なにをしたのかはわからないけれど。
(そのせいで貴族を排除しようとしているのね。私は娘だから憎まれているの?)
シェルニティには、実感がない。
父に親しみを持ったことがないからだ。
物心つく前から、ずっと遠くに感じている。
きっと父のほうも似たようなものだろう。
(私を殺したって、お父さまは、ちっとも悲しんだりしないでしょうに)
一応、体裁を取り繕うために、悲しむ振りくらいはするかもしれない。
が、本気で悼むことはないのだ。
シェルニティは、父の弱みには成り得ない、と思う。
心に、ひと筋の傷もつけられないのだから。
(でも……そんなこと、カイルにもわかっているのじゃないかしら……私が呪いをかけられていたのは、周知されているのだし……)
そもそも、カイルは父を憎んでいる。
その過程で、父がシェルニティをどう扱っていたかも知ったのではなかろうか。
当然に、シェルニティが、父に愛されていないことも。
(……彼ね……私と彼を婚姻させたくないのだわ……彼はローエルハイドだもの)
懇意にしていようがいまいが、彼とシェルニティが婚姻すれば、ブレインバーグはローエルハイドと姻戚関係となる。
貴族に対し、ローエルハイドの名が与える影響は、少なくない。
貴族を排除しようと思い立つ原因となったほど憎い相手が、力を持つ。
それは、カイルにとって、許しがたいことだったのだ。
(本当に……とばっちりね……私だけならともかく……彼まで……)
彼は、いつも彼のすることに、シェルニティを巻き込むことを気に病んでいた。
が、今回は、逆だ。
父のとばっちりで、彼を巻き込んでいる。
しかも、彼がシェルニティを愛した、という理由で。
父が、カイルに、なにをしたのかは知らない。
けれど、なにをしたのだとしても、庇う気はなかった。
シェルニティにとって、父より彼のほうが大事だからだ。
父親のことはどうでもいい、カイルを愛していると、ディアトリーは言った。
その気持ちが、ほんの少し理解できた気がする。
血縁というのは、絶対的なものではない、ということ。
血の繋がりより優先させるものもある。
(でも、彼は、カイルとは違うわ)
ディアトリーはカイルを愛していたが、カイルに愛はなかった。
カイルは疑り深く、冷酷な面を持つ性格をしているようだ。
信じた者や身内と、それ以外の者を、きっちり線引きしている。
ディアトリーは「それ以外の者」の範疇に放り込まれていた。
そして、あっさりと切り捨てられたのだ。
(彼は人を利用したりしない。そもそも、1人で、なんでも解決しようとしたがる悪い癖があるもの。だけど……そうね、彼、可愛いところがあるわよね……最近、私に甘えてくれるようになった気がするわ)
そういう時の、彼の、少し言いにくそうな口ぶりを思い出す。
慣れないことをしようとする彼が、愛おしかった。
彼は、自分を信頼してくれている。
だからこそ、心の裡を明かし、相談もし、甘えてくれるのだ。
(私も、信頼しているのよ、私の愛しい人、ジョザイア・ローエルハイド)




