目的と原因 2
とても不快だ。
キサティーロは、自分を恥じている。
目の前で、シェルニティを攫われてしまった。
もちろん、彼女の意思ではあっただろう。
けれど、それを、キサティーロは認めていない。
ラドホーブの女を、もっと重視すべきだったのだ。
カイルと親密な関係にあるとの確証はなかった。
それでも、繋がりがあるのはわかっていたのだから。
(アリス)
(キットか。さっきは、よくも……)
(今すぐ、王宮に行ってください)
(オレは、王宮には用がないんでね)
(リカの執務室に行きなさい)
さっき、アリスは、キサティーロの即言葉を無視している。
が、今度は、ちゃんと応えているのが伝わっていた。
リカの名を出したのが、気に入らないらしい。
アリスも、なにか感づいているからだ。
(それはできねーよ、キット)
(シェルニティ様が危険でも、ですか?)
(そういう言いかたは好きじゃねえ)
(あなたは、1度、シェルニティ様を優先させました)
(あれは、まだ勝算があったからだ!)
即言葉での会話では、声の抑揚までは再現しきれない。
が、アリスの憤りは伝わってくる。
(わかっているはずですよ、アリス)
アリスは頭がいい。
時々は見落としがあるにしても、ほとんど彼やキサティーロと同じくらい先読みができる。
だからこそ、わかっているはずだ。
(リンクスを失うことになります)
(なんのために、お前の息子がいるんだ、キット)
もちろん、2人には、すでに連絡をしてある。
が、それだけでは不十分なのだ。
(テディとは、連絡が途絶えました。ヴィッキーは……応戦中です)
(エセルのとこに?)
(こちらにも来ました)
アリスが帰ったあとにきた「客」は、半端者たちだった。
動物に変化した彼らと、キサティーロは交戦している。
体の大きな動物ばかりだった。
数十人を相手にしている間に、ラドホープの女が、シェルニティに接触するのを許してしまったのだ。
(あいつは……)
(リカのところに向かっているでしょう)
リンクスは、お茶の席で、カイルと会っている。
カイルがさりげなく、リンクスにふれることは可能だった。
そうでなくとも、ネズミに姿を変えた際、カイルに捕まったと聞いている。
(カイルは、リンクスに即言葉を使うことができるのですよ?)
そして、リンクスは、ナルやナルの両親を大事にしていた。
3人に危害を加えられて、平気なわけがない。
そこにカイルから連絡が入れば、きっと応じてしまう。
魔術師は、ふれた相手に伝達系の魔術で繋ぎを取ることができる。
さっきアリスがしたように、連絡されても無視すれば相手の言葉が聞こえるだけで、会話は成立しない。
とはいえ、リンクスが、カイルを無視できたとは思えなかった。
(やっぱり殺しときゃよかったぜ)
そのアリスの言葉には、同意せずにいる。
主が望まないことを、キサティーロはしない。
殺したほうが安全だと、キサティーロの主もわかっていたはずだ。
それでも、殺さないことを選んでいた。
(時間稼ぎをしてください)
(エセルんトコには、オレの子飼いを行かせる。ヴィッキーのしたことの後始末をしなきゃならねーからな)
半端者たちは、足止めにはなっても、ヴィクトロスの脅威には成り得ない。
別棟とはいえ、王宮内にある王族の屋敷で、大勢の死人が出れば騒ぎになる。
アリスの言う「後始末」とは、そういうことだ。
(あの野郎は、この国を引っ繰り返す気だな)
(貴族を、でしょう。王族は生かすつもりですよ)
(生かすだけは、だろ)
カイルは、国王が「与える者」ではないと知ってしまった。
元は、違う計画であったかもしれないが、変更したのは間違いない。
カイルの狙いは「与える者」を消すこと。
そうなれば、ロズウェルドから魔術師は消える。
王宮魔術師がいなくなれば、あとは「持たざる者」しか残らない。
魔術を使えるのは、半端者と呼ばれる魔力持ちだけになるのだ。
今まで異端とされ、ひっそりと生きてきた彼らが、ロズウェルドで最も力のある存在となる。
王太子と契約をしたカイルも魔術師ではなくなるが、それは問題にならない。
カイルは薬や魔術道具を使えるからだ。
きっと、その時のために、十分に備えてある。
(あなたは、どうしますか?)
(オレがいなきゃ、リカが死ぬ)
アリスは王宮に行く気になったらしい。
リンクスのためではなく、弟であるリカのために。
(シェリーにバレたら、また嫌われちまうな)
(でしょうね)
(言っとくが、時間稼ぎって言っても、本当に、少ししか保たねーぞ)
(ほんの少しで、十分です)
キサティーロは、主を信頼している。
そして、伴侶となるシェルニティのことも信頼していた。
彼女は、主にとって相応しい女性なのだ。
(キット……オレは……)
(頭の回転が良過ぎても、いいことばかりとは限りませんよ、アリス)
言って、キサティーロは即言葉を切る。
キサティーロには、すべきことがあるのだ。
ぐずぐずしている暇はない。
(我が君とも連絡が取れず、テディとも連絡は途絶えたまま)
セオドロスは王宮内にいる。
キサティーロが、王太子とカイルに張りついているよう指示したからだ。
とはいえ、王太子の私室にまで入り込むことはできない。
そのせいで、カイルが王太子の傍を離れていると、認識できずにいるのだろう。
(あれは、そういうことでしたか)
キサティーロの中で、小さな引っ掛かりになっていたことに、解が出ていた。
カイルが王太子を煽った意味が、やっと明確になる。
道理で、不自然なはずだ、と思った。
カイルは、シェルニティの幸せについて説くことで、王太子を煽っている。
リンクスから、どのように語っていたかは、聞いていた。
にもかかわらず、街では、シェルニティを「悪女」と言い、罵倒している。
そこには、王太子もいたのに。
その明らかな矛盾が、気になっていた。
キサティーロの主を挑発するためだけとするには、無意味な言動に思えたのだ。
が、この状況から、結論はひとつ。
カイルは、主と、あの国王をぶつけようとしていた。
国王が「与える者」ではないと、その時点では知らなかっただろう。
とはいえ、王宮魔術師を使えば点門を開いて、街に来ることは可能なのだ。
そう考え、カイルは、あの場所に国王を呼んだに違いない。
そもそも王太子を巻き込んだのも、それが理由だったように思える。
ひとつひとつは無意味な行動のようでいて、そのひとつひとつに意味があった。
カイルは、想定していたよりも、知恵が回る。
おそらく、アリスの時間稼ぎは、本当にささやかなものになるだろう。
さりとて、キサティーロは、主の心配などしない。
する必要がないからだ。
襟元につけている、白銀鎖のついたラペルピンの位置を少し直す。
「それでは、私は、私のすべきことをいたしますか」




