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悠々談話 4

 彼と、こうして話しているのは、心地いいと感じる。

 さりとて、そろそろ昼食時。

 ずいぶんと長くベッドにいるのだ。

 居間で、話をすることもできるのだし。

 

「そろそろ、起きる頃合いじゃないかしら」

「どうかな。昼食なら、ここでもとれるし、なにも困ってやしないだろう?」

「それは、そうだけれど……」

 

 困っていないのは確かだが、このままというのも、どうかと思う。

 シェルニティは1人でいた時でさえ、昼過ぎまで、ベッドにいたことはない。

 しかも、まだ着替えてもいなかった。

 

「昨日、私は、うんと酷い目に合ったからねえ。もう少し、ベッドにいたいな」

「あなたに、きびきびしていないところがあるとは知らなかったわ」

「そういつもいつも、キットを目指してはいられないさ」

 

 彼が、ごろんと体を仰向けにする。

 頭の下に左腕を置き、右手でシェルニティを抱き寄せてきた。

 そのまま、彼の肩に頭を乗せる。

 

昨夜(ゆうべ)のあなたは、ひどく疲れた顔をしていたものね。精神的なものだって言っていたけれど、カイルに、もっと酷いことを言われたの?」

「私を酷い目に合わせたのは、我が親愛なる幼馴染み、ランディだよ」

「あのあと、国王陛下がいらしたのね」

「アーヴィのいるところ、ランディありってところだ。過保護も度が過ぎている」

 

 彼の眉間に、皺が寄っていた。

 本気で、不愉快に感じているようだ。

 彼と国王は親しげで、話を聞いていた感じでは、仲違いする気配はなかった。

 とはいえ、王太子は、国王の1人息子だ。

 少なくとも、彼は、王太子を吹っ飛ばしている。

 

「酷く叱られたの……?」

 

 隠れて、王太子と会ったりしなければよかった。

 軽はずみな行動だったと、シェルニティは、しょんぼりする。

 その様子に気づいたらしく、彼が、肩を抱いていた手で頭を撫でてくれた。

 

「きみが気に病むことではないよ。元々、ランディには手袋を投げつけてやろうと思っていたところだったのでね」

「投げたの?!」

「投げたのは手袋ではなくて、ナイフだったかな」

「ナイフって、どうして……?」

 

 聞いていても、さっぱり話が見えて来ない。

 目を、しぱしぱさせているシェルニティに、事の次第を彼が説明し始める。

 

 カイルのことも含めて、いくつか問題がある、と彼が考えていたこと。

 その問題を解決するまでは婚姻を先延ばしにする必要ができてしまい、厄介事を引き寄せる体質の国王に「手袋」を投げたくなったのだという。

 

「先に、ナイフを投げてきたのはカイルだがね。それを手袋代わりに、アーヴィに投げつけた」

「殿下に? どうして?」

「ランディが来ているとわかっていたからさ」

「陛下が、殿下を庇うのを見越して?」

 

 彼は、ひょこんと眉をあげただけだった。

 つまり、国王が割って入るとわかっていたのだ。

 というより。

 

「あなた、わざと陛下を巻き込んだのね」

「うん」

 

 なぜかは不明だが、彼は、時々、真面目くさった顔でうなずいたりする。

 こくりとうなずく(さま)が、少しだけ子供っぽく見えた。

 

「私は、きみを守りたかったし、ランディはアーヴィを守ろうとしていた。ただ、私たちの目的は同じだったのだよ」

「カイル?」

 

 彼は、返事をせず、天井を見上げている。

 シェルニティは、瞳の黒が濃くなっていることに気づいた。

 彼の胸元に右手を乗せる。

 

「彼を、殺したいの?」

「そのほうが安全なのは間違いない」

 

 が、シェルニティのために、カイルを殺すのを躊躇(ためら)っているのだろう。

 彼が、カイルを殺したいのは、シェルニティにとって危険だからなのだ。

 殺せば「シェルニティのため」となり、すなわち、彼女の罪となる。

 

「ランディも、アーヴィからカイルを引き離したいと考えている。だが、彼もまたアーヴィのために、実行できずにいるのだよ」

「兄弟のように育った人だもの。カイルを殺せば、殿下は悲しむわ」

「だとしても、アーヴィはロズウェルドの王太子だ。その側近が、信用できない者であってはならない」

 

 彼の言うことは正しい。

 が、王太子は納得できないのではなかろうか。

 2人が、ローエルハイドの屋敷を訪れた時のことを思い出す。

 

 王太子は肩の力が抜けていて、とても気楽そうだった。

 カイルが(そば)にいたからだろう。

 カイルも砕けた調子で話していて、王太子との仲の良さを感じた。

 まるで、リンクスとナルのように。

 

「ランディは、アーヴィに自覚を持たせようとしたのだろうがね。無茶苦茶をするから困ったものだよ」

「あなたを、ヘトヘトにするくらいに?」

「手加減なんてしやしないし、本気で戦わせようとするのだから腹立たしくなる。いつだって、あいつは、そういう調子なのさ。うんざりだね、まったく」

 

 以前、国王にとって、彼との決闘は趣味のようなものだ、と聞いたことがある。

 彼は、心底、うんざりしているようだけれど、それはともかく。

 

「殺し合いにならなかったのが、幸いね」

「さすがに国王を殺すわけにはいかないからなあ」

 

 本気ともつかない口調で、彼が言った。

 審議の時にしか、2人が話しているのを聞いたことはない。

 そのため、実際、仲がいいのか悪いのか、シェルニティは判断できずにいる。

 とはいえ、今回の「決闘」については、お互いに、納得ずくなのだろうことは、わかった。

 

「できれば、この森で、きみと一緒に暮らしたいじゃないか」

「陛下を決闘でやっつけてしまったら、国を追われてしまうわよ?」

「だから、どう決着させようかと迷っていたわけだ。引き分けってな感じにしたくてね。なのに、考えている最中(さいちゅう)に、カイルに先を越されてしまったよ」

 

 カイルが、王太子をけしかけたのは間違いない。

 薬を使ってまで、彼に見つからないようシェルニティと連絡を取らせたのだ。

 介入していないとは思えなかった。

 

「カイルは、なにがしたいのかしら」

 

 あの日、シェルニティは「放っておいて」と叫びたくなっている。

 なにがしたくて、カイルが行動しているのか、わからない。

 ただ、周りを引っ掻き回しているとしか思えずにいた。

 今の話を聞いていても、同じ気持ちになる。

 

「魔力持ちの者たちを救ってくれと、アーヴィに頼んでいたそうだが」

「それが目的?」

「いや……そもそも彼らは王宮を忌避している。進んで、王宮に救われたいなどと思うはずがない。関わりたくもないだろうに」

「カイルの一存で、ということはないの?」

 

 シェルニティ自身、しっくりこないものを感じていた。

 カイルは、王宮に属すまでは魔力持ちだったので、街に残してきた「元仲間」を救いたいと考えても不思議はない。

 けれど、それは王太子や国王に相談すればいいことだ。

 彼と事を構えた理由には、成り得なかった。

 

「あなたを利用しようとしているのかと思っていたけれど……意味がないわよね」

「きみを巻き込む理由にもならない」

 

 彼を牽制するためだとは考えにくい。

 なにしろ、彼は王宮や魔力持ちに無関心なのだ。

 カイルの言う「魔力持ちを救う」計画の邪魔などするはずがなかった。

 むしろ、彼を巻き込むほうが「邪魔」になる。

 

「きみを怖がらせるつもりはないが、カイルは、きみを狙っている。きみを狙った場合、私がどこまでやるか。どの程度“邪魔”になるか見定めようとして、私に、ちょっかいを出してきた」

 

 カイルの目的については、彼も確定的な答えを出せていないらしい。

 ともあれ「危険」だとの認識は必要だ。

 シェルニティも、ちょっぴりうんざりした気分でつぶやいた。

 

「穏やかな暮らしって……意外と難しいものなのね」


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