心のありかを 3
「父上、なぜ、あの男を始末なさらないのですか」
「こいつのことは気に入らねーが、その意見には同感だぜ」
アリスは、ローエルハイドの屋敷にいる。
誰に呼ばれたのでもない。
状況を整理しておきたくて、キサティーロと話をしに来たのだ。
が、偶然だが、そこにセオドロスがいた。
ヴィクトロスは、謹慎中のリンクスとナルの子守りをしている。
キサティーロに「今度こそ目を離すな」と言われているため、片時も傍を離れはしないだろう。
3人は、小ホールにいた。
アリスは、長ソファに1人で座っている。
キサティーロは、1人掛けソファに腰かけていた。
アリスから見ると、はす向かいになる位置だ。
セオドロスは座らず、2人を左右に見る形で立っている。
キサティーロは、ここに塞間をかけているに違いない。
屋敷の勤め人を信頼していたとしても、聞かせるべきでない話だからだ。
セオドロスが不機嫌なのは、アリスが同席していることだけが原因ではない。
アリスには、わかっている。
(ったく、面倒なことになっちまったな)
セオドロスは、アーヴィングとカイルに「張りついて」いた。
アリスもアリスで、彼とシェルニティに「張りついて」いた。
つまり、2人とも、街で起きたことを知っている。
そして、セオドロスは理解したのだ。
現国王フィランディ・ガルベリーは「与える者」ではない、と。
(いくらアーヴィのためっつっても、あんなに派手に魔術を使うかね)
フィランディは滅茶苦茶だ、と思う。
国王自ら、彼とやりあうなんて、どうかしている。
しかも、表面上「国王は使えない」とされている魔術まで使って。
「カイルの目的なんざ、どうでもいいじゃねーか。消せばすむ話だろ」
彼やキサティーロが、カイルを「生かして」いるのは、目的が不明瞭だからだ。
なにがしたくて、厄介事を引き起こしているのか。
それを知るため、ある意味では、泳がせている。
とはいえ、アリスには、それが無駄に思えた。
キサティーロらしくもない。
「見極めてる間に、シェリーになんかあったら、どうすんだよ」
カイルは、すでにアーヴィングを利用している。
リンクスから話を訊いていた。
カイルは、しきりに「公爵では彼女を幸せにできない」と説いていたらしい。
それを、シェルニティは気づいていないだけだとか。
最初に手を差し伸べた者に対し、愛だと勘違いしているのだとか。
のちのち不幸になるのは目に見えているだとか。
(のせられちまう、アーヴィもアーヴィだけどな)
アーヴィングは、もっと聡明だと思っていた。
だが「恋」が理性を失わせるものだとも、アリスは、嫌というほど知っている。
弟のリカが、まさに「それ」だったからだ。
アリスの言うことさえ聞き入れず、手に負えない状態になった。
とはいえ、当時のリカは14歳、アーヴィングは現在20歳なのだけれども。
「我が君の望んでおられないことを、私はいたしません」
「シェリーがヤバくてもかよ?」
「我が君も、それはわかっておられるでしょう」
ちっと、小さく舌打ちをする。
彼とシェルニティは、森の家に帰っていた。
森にいれば、一定の安全は確保できる。
だとしても、なにかしらの穴はあるだろうし、不十分に感じられた。
だいたい、それでは森から出られないではないか。
アリスは、街でもどこでも、シェルニティには自由でいてほしい。
彼女に窮屈な思いをさせるくらいなら「害」を取り除けばいい、と思う。
「あの男は、王太子に半端者を救ってほしいと頼んでもおります」
そちらの話に、アリスは、ほとんど興味がなかった。
アーヴィングを煽り、シェルニティにぶつけたのと関連はあるのかもしれない。
さりとて、アリスにとっては、同じ結論にしかならないのだ。
「消しちまえば、どっちも解決するんじゃねーの?」
「アリスと意見を同じくするのは不本意ですが、私も、そのように思います」
セオドロスは、いちいち癪に障る。
とはいえ、向こうも自分に「ムカついて」いるのだから、お互い様だ。
意見は同じでも、険悪な関係は変わらない。
「それに、消す理由もあるだろ?」
「アリス。それは、私どもの“消す”理由にはなりません」
キサティーロに、ぴしゃりと釘を刺された。
どれほど懇意であっても、ローエルハイドとウィリュアートンは歩む道が違う。
ウィリュアートンには国を支える義務があった。
ガルベリーの血を受け継ぐ「与える者」の継承者として。
(カイルにも、わかっちまったはずだ。ランディが与える者じゃねえってことが)
その情報を、カイルが、どう使うか。
場合によっては、真剣に「暗殺」を考える必要がある。
アリスは、王宮には関わらない。
が、アリスのみが動かせる特別な機関を持っていた。
防衛の要として魔術師を使っているにもかかわらず、魔術師に依存しない機関。
ウィリュアートンに養子に入ったユージーン・ガルベリーが、魔術師に頼らずに国を守れるよう創設したのだ。
アリスは、その機関を仕切っている。
必要があれば、いつでも動かすつもりでいた。
「アリス。ローエルハイドと事を構える気があると?」
「そーだよ」
アリスは、シェルニティを守りたい。
同時に、リンクスを守る「義務」がある。
1度に片をつけられるのなら、すべきことをするまでだ。
それが、ローエルハイドと敵対する行動であっても。
キサティーロは表情を変えず、わずかにうなずいた。
アリスの「決意表明」を受け止めたということだろう。
「ひとつ、訊きてえんだけどな、キット」
「ええ。私が指示をいたしましたが?」
「なんでだ?」
「私の解が必要だと?」
「いいや……ただ、ちょっと……訊きたかっただけサ」
アリスは、言いたかった言葉を飲み込む。
キサティーロの無表情な顔を、じっと見つめた。
キサティーロは、なんだって完璧なのだ。
わかっている。
「キットに免じて、カイルのことは、当面、放っとく」
街で、彼とフィランディがやりあっている時、近くにセオドロスもいた。
が、手を出そうとはしていない。
キサティーロが、そのように命じたからだ。
そして、王宮に戻ったカイルの「始末」もさせなかった。
セオドロスが、キサティーロに「なぜ、あの男を始末しないのか」と問うたのが、その証拠だ。
止められていなければ、セオドロスは、確実にカイルを殺していた。
コルデア家の3人は、彼に仕えているのであり、王宮に仕えてはいない。
国王や王太子が、どう感じるのかなど、気にしないはずだ。
アリスは、すくっと立ち上がる。
それから、セオドロスを冷たく睨みつけた。
「オレは、お前が気に食わねえ。ガキ1人守れねえ奴が、ローエルハイドでなんの役に立つってんだ? キットの袖の下に、いつまでもいられると思ってんなよ」
キサティーロは、セオドロスを庇わない。
そんなことは、わかっている。
セオドロスに睨み返されても、アリスは平気だった。
「その子供1人、まともに育てていない者に言われる筋合いはない」
「そーかい。てめえの選択を、あとで後悔すんじゃねーぞ、テディ」
言い捨てて、アリスは烏姿に変わる。
そして、羽音も立てず、屋敷から飛び去った。




