不完結な対話 4
彼は、店から少し離れた場所にあるベンチに腰かけている。
彼の造っているベンチのような飾り細工などはないが、頑丈ではあった。
ほんのわずか魔術を使い、広場にあるベンチを修復しておく。
頑丈とはいえ、路上に置かれているベンチは雨風に晒され、傷んでいたからだ。
シェルニティが座ることになるかもしれない。
小さなささくれにより、彼女が怪我をするのを危惧した。
シェルニティにはまた「過保護だ」と言われるのだろうけれども。
(森に帰ったら、ちゃんと話しておかなければな)
屋敷での態度のことも、アビゲイルのことも、順序立てて話す必要がある。
彼は、感傷や感情から、シェルニティを遠ざけているわけではないのだ。
もちろん、話す機会はあった。
が、話せずにいる。
(カイルは信用ならない。不審な点はない、と断言できればよかったのだが)
その懸念から、シェルニティに、わざとよそよそしくしていた。
彼女を傷つける可能性を加味しても、だ。
この先、より危険なことに巻き込むよりはいいと判断している。
シェルニティを信頼し、信用しているからでもあった。
(まぁ……なんというか……傲慢であるのは、間違いないがね)
彼の愛を、シェルニティは疑わない。
そう信じている。
そして、彼もまた、シェルニティの愛を信じていた。
理由を話せば、理解してもらえるに違いない。
彼とて、本当には、シェルニティを、ほんの少しも傷つけたくはなかったのだ。
話せるものなら、昨夜のうちに話していた。
屋敷からも引き上げて、森の家に帰りたいくらいだったのだから。
ただ、カイルに対しての警戒心が払拭できないので、行動を制限している。
屋敷に残ったのも、そのためだ。
彼のシェルニティに対する想いが、どれほどのものか。
カイルに誤った判断材料を、少しでも与えておきたかった。
もっとも、彼は、シェルニティを救うため、レックスモアの領地をほとんど吹き飛ばし、血族も皆殺している。
助かったのは、キサティーロが、息子2人に指示して非難させた勤め人だけだ。
彼は、勤め人のことなど頭の片隅にもなかった。
表向き、彼のしたことは「自然災害」扱いになっている。
国王は事実を知っているが、アーヴィングは知らないはずだ。
彼の幼馴染みは、秘匿事項については、身内であろうと話しはしない。
けれど、カイルは、レックスモアを吹き飛ばしたのが、彼だと知っている気がした。
それでも、確定的な「原因」までは知られていないだろう。
シェルニティが殺されかけた時、その場にいたのは3人で、その内、2人は、現在、地中深くにいる。
生きてはいるが、話せる状態ではないのだ。
(私は、アビーの時……あの男を刻み殺しているしな)
前妻が、真に愛していた男。
そして、前妻を刺した男でもある。
その男を、なんの躊躇もなく殺した。
彼が、愛する者のためならなんでもすると証したような出来事だ。
アビゲイルが死んだのち、彼は放蕩をするようになった。
周囲の者たちが、どう噂していたかは知っている。
前妻と子供を失った際に負った心の傷を癒やすため、だと。
そうした一連のことも、カイルには知られているではなかろうか。
まだ婚姻の話は、イノックエルにしかしていない。
イノックエルが、彼に先んじて周囲に漏らすなど有り得なかった。
その情報は出回っていないと断言できる。
だとするならば、カイルの目的がなんであれ、彼の想いの「程度」を知ろうとするだろう。
まだ、単なる「お気に入り」であり、心の傷を癒やすための存在なのか、それとも。
カイルへの懸念が晴れるまでは「お気に入り」で通したい。
彼は、たった1人の愛する女性のためには、どのようなことでもする。
彼にある唯一の弱点。
それは「愛」だった。
彼の力の大きさを知っていてなお、その力を利用しようとする者はいる。
彼の想いが「愛」だと知られるのは、とても危険なのだ。
彼自身に太刀打ちできない者が、シェルニティを狙うのは容易に想像できた。
(なににせよ、シェリーが巻き込まれる事態は、避けなければならない)
少なくとも、カイルに野心がないと判断できるまで、シェルニティの安全を優先させるべきだと考えている。
そして、もうひとつの問題が解決するまで、婚姻は先延ばしにせざるを得ない。
正直、非常に不本意だった。
(ランディの厄介事を引き寄せる体質に、いつだって振り回される。久しぶりに、白手袋でも投げつけてやろうか)
本気ともつかない気持ちで思いながら、溜め息をつく。
それから、ふと思った。
女性は買い物に時間がかかる。
とはいえ、少し遅過ぎるのではないか。
もしかすると、店内で困ったことになっているのかもしれない。
店員にまとわりつかれているとか。
彼は、街に入った瞬間から、辺りを警戒していた。
魔力感知を張り巡らせてもいる。
数人の魔術師はいるようだったが、脅威になるほどでもなかった。
(シェリーは、買い物に慣れていないし、店員にあれこれ勧められて困っているのかもしれないな)
さりとて、シェルニティが困っているのを見過ごしにする気はない。
彼は、立ち上がり、店のほうに歩いて行く。
そして、躊躇いなく、扉を開いて中に入った。
髪と目の色を変えてあるので、誰も、彼が「ローエルハイド公爵」だとは思っていないだろう。
それでも、男性が入って来たことで、注目の的。
しかも、彼は、今日も民服だ。
あからさまに嫌な顔をする令嬢もいた。
逆に、彼に見惚れている令嬢も多かったけれど。
(店内にはいないようだ。着替えているとすれば……覗くわけにはいかないか)
店の奥には、試しに身につけてみるための部屋が、いくつか並んでいる。
外から声をかけても良かったが、別の女性に声をかけてしまうかもしれない。
彼は、すぐさま考えを切り替え、近くの店員を呼び止めた。
シェルニティの外見を説明し、どこにいるか訊ねる。
その返事を聞いたとたん、彼は顔色を変えた。
奥の部屋へと足早に進み、視線を走らせる。
彼の問いに、店員は「いつの間にかいなくなっていた」と答えたのだ。
表の扉から出て来てはいない。
ならば、裏から出た、もしくは。
攫われた。
彼の視線の先に、裏口の扉があった。
すぐに、そこから外に出る。
「どうか、僕のことを信じてほしい」
アーヴィングの声だと、すぐにわかった。
シェルニティは、アーヴィングと一緒なのだ。
思いがよぎったとたん、声がする。
「信じる、というのは……」
「お願いだ、これを受け取って……」
「受け取れないわ。私……」
シェルニティの小さな悲鳴が聞こえた。
彼には、それだけで十分だ。
バシンッ!
大きな音とともに、アーヴィングの体が地面に叩きつけられる。
シェルニティが、驚いた顔で振り返った。
その彼女へと歩み寄る。
精一杯の自制でもって、口を開いた。
アーヴィングを冷たく見つめて言う。
「これはどういうことだね、アーヴィ」
アーヴィングが、シェルニティに惹かれていたのは知っていた。
アーヴィングならシェルニティを傷つけはしないと信頼し、彼女をあずけようとしたことさえある。
が、今は状況が変わったと、アーヴィングも知っているはずだ。
「アーヴィに手を出さないでもらおう、公爵」
彼とアーヴィングの間に、カイルが割りこんでくる。
その瞳は、彼と同じくらいに冷たかった。




