不完結な対話 2
ウィリュアートンの屋敷は、王都の中ではめずらしい城塞型の城だ。
辺境地にある、同様の城より大きく、堅固でもある。
いわゆる「最後の砦」だからだった。
ロズウェルドが、まだ小国で、魔術師もいなかった頃に造られている。
ここを突破されると、王宮まで一気に攻め込まれるという、重要拠点だ。
さりとて、ロズウェルドは大国になってから平和を保っている。
たった1度の戦争を終結させた、たった1発の魔術が、百年以上を越えてなお、ロズウェルドを守っているのだ。
ロズウェルドは魔術師のいる恐ろしい国。
その強烈な印象が、諸外国を未だに怯ませている。
ゆえに、城塞など必要ないのだが、ウィリュアートンは由緒正しい家柄だった。
ロズウェルドの建国と同時期から存在していて、この城も長く受け継がれてきたものだ。
キサティーロは、今、その城の尖塔のひとつにいる。
石造りの丸く囲まれた室内は、どこか冷え冷えとした雰囲気があった。
魔術師により適温が保たれているのに、冷たさがあるのだ。
さりとて、キサティーロは、温かい印象を与えるため花を飾ったりはしない。
まるで無関心でいた。
白い手袋をはめた手を、腰の後ろで軽く組み、直立不動。
5人の様子を、じっと見つめている。
が、意識は、主のほうに向けていた。
キサティーロの主は、シェルニティと一緒に、馬車の中。
「こいつの面倒は、てめえが見るんじゃなかったのかよ」
アリスがセオドロスのほうへ、リンクスを突き飛ばした。
それを支えたのは、セオドロスではなく、ヴィクトロスだ。
「彼から目を離さないようにと、父上から指示されていたのは、私です」
「ヴィッキーは、ちゃんとリンクスを見ていたよ。だから、リンクスがいないことに気づけて……」
「ナル! お前がよけいなことするから、面倒なことになったじゃねーか!」
「そもそも、きみが、私の目を盗んで出かけたからでしょう。殿下を責めるのは、お門違いというものです」
キサティーロの息子2人、アリスとリンクス、それにナルが、口々に言い争っている。
セオドロスから連絡が入り、アリスが、強硬に、リンクスをウィリュアートンに連れ帰ったと聞かされた。
当然、ナルはリンクスを取り戻そうとついて来ており、そのナルの子守りであるヴィクトロスも、当然に一緒に来たというわけだ。
キサティーロは、主たちを見送ったあと、ここに来ている。
面倒なことになっても、面倒なので。
「うるせえ。ガキどもは黙ってろ」
アリスは、いつになく「真剣に」怒っている。
体中を、怒りが煙のようにまとわりつき、覆っているのが見えるようだ。
キツネのような目が、いつにも増して吊り上がっている。
「お前には、関係ねーじゃん! 親でもねーくせに、親みたいな顔す……っ……」
「黙ってろっつってんだろうが、クソガキ」
アリスが、リンクスの襟首を掴み上げていた。
足が浮くほど、きつく締めあげている。
リンクスが、苦しげに顔を歪めていた。
「やめろよ、アリスタス!」
ナルが、アリスの腕にしがみつこうとしたが、跳ねのけられる。
その体をヴィクトロスが受け止め、アリスを睨みつけた。
「アリス、いいかげんにしないか」
「子供に当たり散らすなど、お前のほうが、よほど子供だな」
ヴィクトロスとセオドロスが、2人してアリスを責める。
アリスは、その視線をものともせず、リンクスを掴みあげたまま、2人のほうに顔を向けた。
「お前らに、わかんのか? こいつの重要性ってのが」
2人には、わからない。
アリスほどには、わかっていない。
キサティーロの知っている事実を、息子たちは知らないからだ。
「こいつは、ウィリュアートン唯一の後継者なんだぜ? つまらねえことで、くたばられちゃ、困るんだよ」
「それなら、お前が動けばよかっただろう。リンクスを使わせたのは、お前だ」
セオドロスの言葉に、アリスが、ハッと鼻で笑う。
そして、まだ掴んでいるリンクスに顔を近づけた。
「こいつが、あそこまでバカだとは、思っちゃいなかったもんでね」
リンクスは苦しそうに、そして、悔しそうに唇を噛んでいる。
己の「しくじり」を自覚はしているのだろう。
アリスに助けられたのを、恥じてもいる。
1人でやれるところを見せつけようとして、失敗したのだから。
「お前が、子を作ればいいだけだろ。後継者なんかいくらでも……」
「いいや、お前だけだ。オレもリカも、お前以外にガキを作る気はねーからな」
バッと、アリスがリンクスを放り出した。
倒れかかる体を、またもナルが抱きとめる。
が、重さと勢いに耐えかねたのか、ひっくり返りそうになった。
その2人を、キサティーロの息子たちが支える。
「お前からオレらを見限ったんじゃねーのかよ? なに? 今さら、父上って呼ぶ相手でもほしくなったか?」
「そんなわけねーだろ! オレの親は、エセルとサンディだけだ!」
「あっそう」
アリスは、冷たくリンクスを見つめていた。
その瞳には、愛情のひと欠片も漂っていないように見えるだろう。
キサティーロは、別の意見を持っているのだけれど、それはともかく。
「だがな。お前は、ウィリュアートンなんだ。ガルベリーじゃあねえ。覚えとけ。その血からは、逃げらんねーってな」
ロズウェルドの魔術師は、国王から魔力を授かっている。
国王は「与える者」と呼ばれる、魔術師の頂点とされる存在なのだ。
魔力を与えることはできるが、己が身に器を持たない、魔術師になれない者。
それが国王のあるべき姿だった。
表向きは。
けれど、実態は異なっている。
本来「与える者」の力は、ガルベリー直系男子にのみ継承されるものだ。
が、今現在、ガルベリーの名を持つ系譜には2系統しかない。
与える者の血を持たない男系の系譜と、ガルベリー女系を継ぐ系譜。
にもかかわらず、国王は表向き「与える者」でなければならないため、直系男子が継ぐ必要があった。
今の国王は、ガルベリーの名を持つ、けれど、与える者の血を持たない魔術師の系譜にあたる。
そして「与える者」の力は、ウィリュアートンの系譜に移っていた。
かつて、唯一のガルベリー直系男子であったユージーン・ガルベリーは、婚姻によりウィリュアートンの養子となっている。
そのため、ガルベリー直系男子の系譜がウィリュアートンに移ったのだ。
現状「与える者」の後継者は、リンカシャス・ウィリュアートン、ただ1人。
それを知るのは、国王とキサティーロの主、キサティーロ。
当然、ウィリュアートン現当主であり「与える者」である、リカは知っている。
そして、その兄である、アリスもだ。
もし、リンクスが殺されれば、次代の「与える者」はいなくなる。
もちろん、まだ継承されていないため、双子のどちらかが子をもうければすむ話ではあるけれども。
アリスは後継者として、リンクスを選んでいる。
だからこその怒りだ。
本当の、本当に、リンクス以外を望んでいないから。
ふっと、キサティーロは息を吐いた。
「アリス、あなたがリンクスを可愛がっているのは、よくわかりました。リンクスが、アリスに認められようとしたのも、わかっています」
「そんなんじゃねえ!」
「そんなんじゃねー!」
「おや。仲がよろしい」
むうっと、2人は黙り込み、2人して、そっぽを向く。
キサティーロの声が、静かになった室内に響いた。
「テディ、きみは王太子とカイルに張りついているように。ヴィッキー、きみは、子供たちから、今度こそ目を離さないように。リンクスとナルは謹慎」
「な……っ……」
「どう……っ……」
キサティーロは、声をあげかける「子供」2人を片手で制する。
「号泣するエセルハーディ殿下を宥めるのは、いささか面倒なので」
その言葉に、リンクスとナルは、開いていた口を、閉じた。




