揺れる心が 3
(ナルか。お前、即言葉、使えるようになったのな?)
(リンクスがヤバいかもしれない)
(はあ? 知るかよ、そんなコト)
アリスは、ナルの連絡に、そっけなく応える。
口調から、ナルが本気なのは、わかっていた。
が、こちらもこちらで、忙しいのだ。
アーヴィングたちが帰ったあとの、シェルニティの様子が気がかりだった。
窓の向こうに、2人が夕食をとっている姿がある。
烏姿で見ている限り、彼女は、どうにも元気がない。
おそらく、屋敷に来ていた女のことを気にしているのだろう。
アリスは、彼の態度についても、苛立ちを感じている。
なにか思惑があるのだろうが、シェルニティを不安にさせているのも確かなのだ。
(アリスタス!)
(んーだよ、るっせえな。あいつのことは、テディに任せてあんだろうが)
(王宮じゃ、テディは自由に動けない。知っているはずだ)
(だからって、なんでオレ? どうせ、あいつが、勝手に動いたんだろ? 好きにさせとけ)
即言葉でのやりとりでは、声の抑揚は、ほとんど再現されない。
が、雰囲気は伝わってくる。
ナルは、今にも怒りを爆発させそうだ。
(あなたは、リンクスの叔父だろう! 血の繋がった!)
(それが、どうした)
(……リンクスは、リカラスより、あなたを信頼している)
(知るか。オレには、関係ねーよ)
(あなたが、本当に弟のことしか考えられない奴だったとはね)
ぷつっと、即言葉の切れた感覚がする。
こんな時に、と、本当にイライラしていた。
リンクスは、アリスの弟リカラスの息子だ。
周囲からは、どちらの子かわからないと言われている。
が、アリスには、はっきりしていた。
なにしろ、アリスは、リンクスの母親と関係など持っていない。
弟を、さらなる過ちから遠ざけるため、そう言わざるを得なかっただけだ。
ちっと、小さく舌打ちをする。
窓の向こうにいるシェルニティを見てから、羽を広げた。
「ったく、オレらのこと、見捨てた息子に振り回されたかねーってんだ」
リンクスが、アリスに話しかけてきたのは、たった1度。
アリスの持つ変転の能力を、リンクスも授かっている。
似たような烏姿で話しかけてきた。
そして、飛び立ったのだ。
「オトナになったんなら、自分のことは、自分でカタをつけろよな」
文句を言いながらも、王宮に向かって、アリスは飛んで行く。
変転中は障害物があってもすり抜けられるため、直線で直行。
速度をあげて、あっという間に王都に戻った。
「これでグズグズ言いやがったら、ただじゃおかねえ」
ひゅいんっと、王宮の周りをひとっ飛び。
すぐに、リンクスを見つける。
「なにやってんだ、あいつはッ!」
さすがに、ゾッとなった。
慌てて、王宮内の、人気のない廊下に転がり込む。
すぐに変転を解き、人の姿に戻った。
そして、駆け出す。
「うおーい! ちっと、いいかあ?」
アーヴィングの私室の扉を叩いた。
できるだけ、不自然にならないよう、気をつけなければならない。
アリスは「いつも通り」の自分を心がける。
アリスが目にしたのは、ネズミ姿のリンクスだった。
同じ変転を使えるので、それがリンクスだとわかるのだ。
リンクスは、カイルに片手で掴まれていた。
今にも握り潰されそうな気配を感じたため、アリスは、内心、焦っている。
「あれ? アリスじゃないか。めずらしいね」
「いやあ、それがな。オレの飼ってるネズミが、逃げ出しちまってサ。焦って追いかけたら、もっと逃げられた。この先は、正妃サマの部屋があるだろ? さすがにマズいじゃん? 悪ィけど、一緒に探してくれねーか?」
アーヴィングが、アリスの言葉に笑った。
扉を大きく開いて、中に入るよう促してくる。
「それなら、もう見つけたよ。きみのネズミだったのか」
「まぁ、オレのっつーか、厳密に言えば、侍女宮を騒がしてたコイツを引き取ったってトコ。オンナって、おかしいと思わねえ? 小動物が好きなくせに、ネズミは毛嫌いすんだから」
アリスは、ネズミを手に握っている「カイル」という男に近づいた。
すぐにリンクスを受け取ろうとはせず、アーヴィングに首をかしげてみせる。
「こいつ、誰? 初めて見る顔だ。王宮のもんじゃねーだろ」
「彼は、カイル。僕の幼馴染みで、側近に内定している。正式には、まだ公表していないので、内密にしていてほしい」
「わぁかった。へえ、側近かあ。アーヴィも、いよいよ次期国王ってカンジ」
言いつつ、カイルのほうに手を差し出した。
リンクスを受け取るためというより握手を求めるように、位置を加減している。
アリスは、王宮では「禄でなし」な兄として名を馳せていた。
そんなアリスが、カイルの情報を持っているわけがないのだ。
だから、わざと知らないフリをしていた。
「オレは、王宮のことに関わんねーけど、なにかあれば、弟のリカに繋ぎくらいは取れる。仲良くしといて損はねーぞ?」
ニッと笑ってみせると、カイルのほうも、笑って手を差し出してくる。
握手をしてから、体を返した。
「おいおい。コイツのこと、忘れていいのか?」
「おっと、いけね。いたらいたで面倒だけど、役に立つこともあるからな。連れて帰んねーと」
「ネズミが、どんな役に立つんだ?」
カイルに、ニヤリとしてみせる。
「さっき言ったろ? オンナは、ネズミを見ると悲鳴をあげる」
「なるほど。特定の事柄には、役に立つってわけか」
「そーいうコト」
カイルから、ネズミ、もとい、リンクスを受け取った。
両手でしっかりと掴み、顔を近づける。
「手間かけさせやがって。今度、逃げやがったら、ゲージごと水に浸けてやる」
「飼っているという割に、可愛がってはいないようだね」
「アーヴィ、オレが可愛がるのは、オレに気のあるオンナだけサ」
肩をすくめ、改めて、体を返した。
リンクスを片手に掴み直し、反対の手を振る。
「ランディに雷を落とされずにすんだ。助かったぜ」
言って、部屋を出た。
ネズミ姿のリンクスを手に、悠々と、その場を立ち去る。
どこでどう見られているか、わからないのだ。
少しでも怪しい動きはできない。
アーヴィングもカイルも魔術師なのだから。
王宮内に用意されている、アリス用の執務室に入った。
年に数回しか使わない部屋だ。
が、宰相の兄として、一応は、執務室が設けられている。
この部屋には、宰相の執務室同様、塞間という魔術が、かけられていた。
外から、中を見聞きできないようにする魔術だ。
ポイッと、リンクスを机の上に放り出す。
とたん、リンクスが人の姿に戻った。
「なにやってんだ、お前は」
「助けてくれなんて言ってねえ」
「こっちだって、助けたくて助けたわけじゃねえ」
2人して睨み合う。
先に、視線を外したのは、リンクスだった。
さすがに分が悪いと判断したのだろう。
「それで?」
「…………わかんねーけど……アーヴィが……裏切るかもしれねえ……」
ひどく嫌そうに、リンクスが小さく、つぶやいた。




