罪の重さから 4
シェルニティのことで話がある。
そう言われてしまっては、会わないわけにもいかなかった。
彼は、しかたなくディアトリー・ラドホープ侯爵令嬢と会っている。
2人は、小ホールのソファに向かい合って座っていた。
(キット、そちらはどうなっている?)
即言葉で、キサティーロに呼び掛ける。
ディアトリーとの面会を応諾したあと、アーヴィングが来たとの連絡が入った。
街で会った「あの男」も一緒らしい。
本当ならば、彼が、そちらに出向きたかったのだが、すでにディアトリーを迎え入れてしまっている。
(子供2人が怒って席を離れました)
(怒った? なにかまずいことになっているのか? シェリーは?)
(シェルニティ様は、“まだ”大丈夫にございます、我が君)
(この客の用は、できるだけ早くすませる)
(その前に、こちらのお客様がたが、屋敷に戻ることになりましょう)
即言葉を切り、改めてディアトリーに視線を向けた。
ディアトリーは、うつむいていて、彼と視線を合わせようとはせずにいる。
訪ねて来た時から、暗い表情をしていた。
シェルニティのことだと思うと、こちらもこちらで気になる。
ともすれば、詰問してしまいそうになるのを、なんとか堪えた。
怯えさせてしまっては、話にならないからだ。
もとより、彼に対し、怯える者は多いのだし。
「シェリーのことで話したいことというのを、聞かせてもらえるかい?」
穏やかな声で、そう訊ねる。
ディアトリーは、うつむいたまま、小さくうなずいた。
「実は、先日、シェルニティ様と、街にある店で、お会いいたしました」
「ああ。私も一緒だったよ。もっとも、私は、店には入っていない。特別な女性に贈り物をするためであれば、同行も吝かではなかったのだがね」
彼の軽口に、少しだけディアトリーは緊張が解けたようだ。
ようやく顔を上げ、彼と視線を交える。
「シェルニティ様は、慣れておられないご様子でしたわ。店の品をご覧になって、戸惑われておいででしたから」
「そうだろうね。彼女の境遇は、きみも知っての通りだ」
ディアトリーは、彼が「呪い」を解いた夜会に来ていた。
ザッと見回した招待客の中に、ディアトリーがいたのを、彼は覚えている。
つまり、元は、シェルニティの右頬に痣があったのを知っているのだ。
当然、それまで彼女がどういう扱いを受けてきたのかも知っている。
「ええ……痛ましいことだと思いました。あの日まで、シェルニティ様は、とても病弱なかただと聞かされておりましたの。お茶会などに出席なさらないのは、外出するのも難しいほどだからと……」
「ブレインバーグもレックスモアも本当のことなど言いやしないさ。きみが知らずにいたのも無理はない」
貴族は、外見にこだわる生き物なのだ。
痣があった頃、彼らはシェルニティを隠すことに必死だった。
表向き「病弱」を理由にしていたのも、そうせざるを得なかったからだ。
貴族の体裁を保つために。
「私……戸惑われているシェルニティ様に、お声をかけてみたのです。なにか私でお力になれることがあるかもしれないと思って……」
「女性でなければ相談できないこともあるからね。きみの心遣いに感謝するよ」
彼は、通り一遍の言葉を口にしただけだった。
が、ディアトリーは、またも表情を暗くする。
そして、うつむき、膝に置いた両手を握り締めた。
「悪気は……ありませんでした……ただ、さきほど公爵様が仰っておられたことを失念していて……てっきり、ご存知だとばかり……」
彼は、それだけで十分に理解に至る。
シェルニティは、アビゲイルの話を聞いたのだ。
前妻が他界していることは話していたが、具体的な内容までは話していない。
人から聞かされた彼女は、きっとショックを受けている。
「けれど……シェルニティ様が、顔色を変えられたので……私……自分が間違えたことに気づきました。そのことが……恐ろしくなって……その場から、逃げ出してしまったのです……」
「わかるよ。それに、きみが悪いわけではないさ」
自分が、きちんと話しておかなかったのが悪いのだ。
彼は、アビゲイルとのことを悔いてはいる。
さりとて、彼の認識の上では、終わったことでもあった。
そのせいで、話す必要を感じられずにいたのだ。
「公爵様……私は、シェルニティ様を怯えさせてしまったのだと思います。強盗がどうなったかまで……つい口を滑らせてしまったのですもの……」
表向き、彼の前妻アビゲイルは、強盗に刺殺されたことになっている。
その強盗を、彼は魔術で刻み殺した。
アビゲイルの愛する男だとは知らなかったからだ。
アビゲイルが腹を刺されているのを見て、瞬間的に、殺してしまっている。
「私たちは、外で、そのようなことが起こり得ることを、存じております。報復も当然だと……ですが、シェルニティ様は……」
「そうだね。彼女にとっては、当然ではなかったかもしれない」
「どうすればよいのでしょう……私、とんでもない間違いを……」
ディアトリーは、目に涙を浮かべていた。
彼は、小さく吐息をつく。
話してしまったものをしかたがない。
それに、彼とて隠すつもりで話さなかったのではないのだ。
いずれは、話す日がきていただろう。
「きみが気に病むことはないよ。シェリーには、私から説明をしておくのでね」
少なくとも、ディアトリーの話で、シェルニティが、なにを怖がっていたのか、わかった気がする。
彼女の感情が成長しているがゆえに、気づくことがあったはずだ。
(私は、すでに罪を犯している)
シェルニティを殺されかけ、自制を失った。
怒りに任せ、レックスモアの屋敷と辺り一帯を吹き飛ばしている。
それにより死者も出た。
意図的に、殺した者もいる。
その罪の重さ。
シェルニティは、罪は彼女自身にある、と言ったのだ。
彼のしたことで、彼女が罪を負っている。
その重さに気づけば、そこには恐怖しかない。
彼は、愛する者のためなら、平気で人を殺す。
しかも、いっさいの後悔もしない。
そんな男に愛され、罪を負うことに、誰が恐れをいだかずにいられるだろうか。
感情が未発達な状態なら、その恐怖に気づかずにいられたかもしれないけれど。
「ここに来るのは、さぞ勇気がいったろう。よく話してくれたね」
「いえ……私は、すべきことをしたまでです……本当に申し訳ありませんでした」
ディアトリーが、暇を告げる言葉を口にしながら、立ち上がった。
彼も見送りのため、立ち上がる。
玄関に向かいながらも、ディアトリーは目の縁に涙を浮かべていた。
肩も小さく震えている。
「本当に、気に病んではいけないよ、きみ」
安心させるため、彼は、ディアトリーの肩を軽く抱いた。
そうでもしなければ、ディアトリーが膝から崩れそうだったというのもある。
玄関の扉の前で、足を止めた。
ディアトリーが涙目で、彼を見上げてくる。
「どうか……シェルニティ様に、お取り成しを……」
「わかっているとも。さあ、もう泣かないでくれ」
ポケットからハンカチを出し、ディアトリーの目元をぬぐった。
ディアトリーが心細げに、微かに微笑む。
カチャ。
音とともに、玄関の扉が開いた。
開いた先には、シェルニティを含めて、アーヴィングとカイン、キサティーロが立っている。
とたん、ディアトリーが狼狽えた様子で、頭を下げた。
「それでは、私はこれで……」
「ああ。とても助かったよ」
4人の間をすり抜けるようにして、ディアトリーは、そそくさと屋敷を出る。
彼は、改めてアーヴィングに顔を向けた。
「やあ、待たせてしまったね」
彼が言葉をかけている内にも、キサティーロは姿を消している。
別のホールに、客を通す準備をしているに違いない。
彼は、キサティーロが用意をしているであろう、別のホールへと足を向けた。




