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罪の重さから 3

 

「お久しぶりです、シェルニティ姫」

 

 姿を現したのは、アーヴィング王太子だ。

 栗色の髪に、翡翠色の瞳は、以前と少しも変わらない。

 優しく穏やかで、そして、落ち着いている。

 

 王太子と最後に会ったのは、かれこれ5ヶ月前。

 シェルニティが殺されかける前日のことだ。

 

 『今後、公爵の元を離れるつもりがあるのなら、僕のところに、来てはくれないだろうか』

 

 その日、王太子は、シェルニティに、そう言った。

 彼女は、それを断っている。

 断ってブレインバーグの実家に帰ろうとした途中で、魔術師に襲われたのだ。

 彼が助けに来てくれなければ、クリフォード・レックスモアに殺されていた。

 

「お久しぶりです、アーヴィング王太子殿下」

 

 シェルニティは立ち上がり、挨拶をする。

 その際、後ろに立っていた人物に気づいた。

 思わず、ハッとなる。

 

「ああ、やっぱり。あの時の、ご令嬢だったか」

「シェルニティ姫を知っていたのか、カイン?」

「この前、街で会ったんだよ。その時に、公爵と一緒だったから、ひょっとしてって思ってたのさ」

 

 シェルニティは、少し恥ずかしくなった。

 カインという名の男性とは、下着を売っている店から出たところで会っている。

 彼に話していた通り、高値で買えなかったのなら話をつけてやろうか、と言ってくれたのだ。

 けれど、彼女の気持ちは買い物から離れていたため、その申し出を断っている。

 しかも、自分のことで精一杯になっており、断りかたが、やや雑だったのだ。

 

「なにしに来たんだよ、アーヴィ」

 

 言ったのは、リンクスだった。

 口調に、横柄さが滲んでいる。

 彼と話している時に見せる、子供っぽさの残る口調とは、まるで違っていた。

 

 リンクスも、ほとんど王宮で暮らしているようなものだ。

 王宮内にあるナルの家が、エセルハーディの屋敷なのだから。

 おそらく王太子とも面識があるのだろう。

 それゆえの、ある種の気軽さなのか。

 2人の関係性は、シェルニティにはわからない。

 

「こっちのチビっ子2人は?」

 

 カインの()(ざま)に、ナルとリンクスが不愉快そうな表情を浮かべる。

 子供扱いされたのが気に食わないのだ。

 

(彼に、大人になりなさいって言われても、平気な顔をしているのに)

 

 ナルとリンクスは、カインを知らないらしい。

 見知らぬ相手に言われたのが、面白くないのだろうと思った。

 親しみのある相手かどうかにより、同じことを言われても受ける印象は異なる。

 

「チビっ子はよせよ。2人は、もうすぐ14歳だ。ナルとリンクス。ナルは、僕の従兄弟で、リンクスは、ウィリュアートンの次期当主だ」

「へえ。あの双子の息子か。どっちが父親か、わからないんだって?」

 

 その不躾な言葉に、シェルニティは腹立ちを覚えた。

 不愉快になったことはある。

 が、怒るという段階にまでは至っていなかった感情だ。

 彼女自身、無自覚ではあったが、カインを引っ叩いてやりたくなっている。

 

「いいよ、シェルニティ。慣れてるし、気にしてねーから」

「そうそう。リンクスの実父がどちらでも、たいして変わらない」

「双子だからな。血統が同じなら、どっちでもかまわねーだろ?」

 

 リンクスとナルが、シェルニティに笑ってみせた。

 彼女が怒っているのを感じ取っているようだ。

 そして、5つも年上のシェルニティを、守ろうとしている。

 

(騎士道精神にあふれているのね。彼の躾が、厳しいからかしら)

 

 彼は「若者」の躾には厳しいのだ。

 とはいえ、リンクスとナルには手を焼かされているけれど、それはともかく。

 

「お茶をお淹れいたしますので、お掛けください。ご用が終わり次第、旦那様も、こちらにおいでになられます」

 

 キサティーロが、淡々とした口調で、王太子とカインにイスを勧める。

 表情には、いっさいの変化が見られなかった。

 にもかかわらず、シェルニティには感じるところがある。

 

(キットは、なにか警戒している? 口調に棘があったわね)

 

 彼女は、誰かに周囲の状況を説明してもらう、ということがなかった。

 そのため、ほんの些細な変化にも敏感になる。

 そうでなければ、状況を把握できず「叱られる」はめになるからだ。

 現状、彼女を叱る者はいないが、そういう意識が、常にある。

 

「それでは、遠慮なく」

「オレはいいよ。一応、お前の“側近”だからな」

「一応は、よけいだろう」

 

 王太子はイスに座りながら、苦笑いをもらした。

 どうやら彼らは、親しい仲のようだ。

 カインが王太子に気を遣っている様子はないし、王太子も、それを許している。

 

「キット、ジョザイアおじさんの用ってなんだ?」

「お客様がいらしております」

「あれは、ラドホープ侯爵家のとこの、ディアトリーお嬢様だったな」

 

 横から、カインが口を挟んでいた。

 名を聞いて、シェルニティの心に、スッと冷たいものが走る。

 あの店で会った女性だと、わかったからだ。

 彼にどういう用があって訪ねて来たのか、気になる。

 

 さりとて、屋敷に押しかけて行くわけにもいかない。

 だいたい、目の前には「別のお客」がいる。

 リンクスとナルに相手をさせ、席を立つなんて、失礼に過ぎるのだ。

 

「よく知っていたね。彼女、よく街に出ているのか?」

「おつかいに来てるんだよ。父親が浪費家だから、苦労してるみたいだ」

「しかし、公爵に、どういう用件があって来たのか、わからないな。知り合いとは思えないが」

「さてね。公爵が、放蕩してた頃の知り合いとかじゃ……」

「カイン」

 

 ぴたっと、カインが言葉を止める。

 王太子からの制止というより、ナルやリンクスに睨まれたせいだろう。

 その場に、冷たい空気が流れているように感じられた。

 

「私は、気にしていないわ。彼が放蕩をしていたのは知っているもの。これからは放蕩しないって約束してくれているから、大丈夫よ」

 

 シェルニティは、明るく笑う。

 なにも無理をしていたのではない。

 彼女に対し、もう放蕩はしないと言った彼の、少し慌てたような姿を思い出していたのだ。

 彼女は、男性とは愛に関わりなく放蕩を好む、と思い込んでいたので、ちっとも怒ったり焦ったりしていなかったのだけれども。

 

「シェルニティ姫は寛容だろう、カイン?」

 

 少しばかり(とが)める口調で王太子に言われても、カインは気にしていない様子で、笑っていた。

 

「そのようだ。これなら、すぐにでも後継ぎに恵まれるだろうよ」

 

 ずき…と、シェルニティの胸が痛んだ。

 まだ彼とは「ちゃんと」話し合ってはいない。

 解決がついていないままになっている。

 

「彼女、18だっけ? それなら、急ぐに越したことは……」

「お前、さっきから、なんなんだ」

 

 ガタッと、リンクスが立ち上がっていた。

 イスに腰かけてはいるが、隣にいるナルも表情を硬くしている。

 シェルニティは、2人の様子に焦った。

 

 自分の問題に、彼らを巻き込むことはできない。

 カインにしても、悪気があって言ったのではないはずだ。

 彼女が、子供のことで悩んでいるなんて知らないのだから。

 

「リンクス、怒らないでちょうだい。彼は一般的な話をしただけよ。ね?」

 

 とりなしてみたものの、リンクスはおさまらなかったらしい。

 

「こんな奴を側近にするなんて、どうかしてるぜ、アーヴィ」

 

 言い捨てて、その場から離れる。

 ナルも、すぐに後を追って行った。

 ガゼボには、気まずい空気だけが残されている。


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