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罪の重さから 1

 今日は、王都の屋敷に来ている。

 シェルニティは、中庭の奥にある、八角形の屋根をしたガゼボの中にいた。

 中といっても、室内といった感じはない。

 煉瓦でできた壁は、床から1メートルほどの高さまでしかないからだ。

 イスに座っていると、柱の間から、庭の景色が、よく見える。

 

「シェルニティ、ジョザイアおじさんと婚姻すんだよな」

「もう知ってたの?」

 

 驚いているシェルニティに、リンクスことリンカシャス・ウィリュアートンが、ニッと笑った。

 どうやら、引っ掛けられたらしい。

 

 リンクスは、宰相リカラス・ウィリュアートンの息子だ。

 けれど、リカラスの双子の兄アリスタスの息子であるかもしれない、とのこと。

 リンクスの母親が、両方と体の関係を持っていたからだと聞かされている。

 なんとなく、アリスに似ていると思える、ブルーグレイの髪と瞳。

 とはいえ、いくら美男子でも「馬」に似ているとは言えない。

 

 隣で、リンクスの幼馴染みのオリヴァージュ・ガルベリーも笑っていた。

 オリヴァージュは、愛称の「ナル」で呼ばれることを好んでいる。

 王族であることを知られるのを嫌っているようだ。

 現国王の甥であるが、金髪でも青い瞳でもなく、ナルはダークグレーの髪と深緑色の瞳をしている。

 

 2人は、同じ歳で、現在13歳。

 あと半年もしないうちに、ロズウェルドで大人と見做(みな)される14歳になる。

 リンクスが、キツネのような目を、さらに細めていた。

 かなり意地悪そうに見えるのだが、シェルニティは気にしない。

 

 リンクスの「意地悪」は、いたずらっぽさを含むもので、悪意がないからだ。

 誰に対してもそうなのかは、わからないけれども。

 

「ちぇっ。オレのほうが、先に求婚したのにサ。ジョザイアおじさん、ズルいぜ」

「はなから、お前に勝ち目なんかなかったじゃないか」

「それは、わかんねーだろ。半年後には、ジョザイアおじさんが、フラれてたかもしれねーじゃん」

「ジョザイアおじさんが聞いたら、納屋に閉じ込められるぞ? 言っとくけれど、つきあう気はないからな」

 

 ナルが呆れたように、肩をすくめる。

 リンクスは、ひゅるんとした眉を、少し上げただけだった。

 言い合いをしていても、2人の仲の良さは、わかる。

 兄弟のように育てられたからかもしれない、と思った。

 

(リンクスは、ナルの両親が育てたようなものだって、彼は言っていたものね)

 

 リンクスの母親が、双子の両方と関係を持ったからだろう。

 双子たちは、リンクスを放任、もとい放置しているらしい。

 代わりに、ナルの両親が、リンクスを育てているのだ。

 とくに、ナルの父親は、愛情が深過ぎるくらい愛情深いと聞く。

 

 双子については、いい印象はなかった。

 が、近くに愛情をそそいでくれる人がいたのを良かったと思っている。

 シェルニティに、そういう人はいなかったので。

 

(それが普通だと思っていた頃は、平気だったけれど、今はもう無理ね)

 

 シェルニティは、愛されることの嬉しさや喜びを知ってしまった。

 自分が、彼を愛することで感じられる、胸の高鳴りも。

 

「シェルニティさあ」

 

 声に、ハッとしてリンクスを見た。

 リンクスは、テーブルに両腕を置き、両手を重ねている。

 その手の上に、ぺたっと顎を乗せていた。

 下から覗き込むように、シェルニティを見つめてくる。

 

「なんか、あった?」

 

 内心、ちょっぴりギクっとしてしまう。

 リンクスは頭も良く、とても勘がいいのだ。

 

「これといって……あるような、ないような……」

 

 シェルニティは、曖昧に笑う。

 彼とは喧嘩もしていないし、いたって関係は良好と言えた。

 これまで通り、2人の暮らしを続けていけるのは、確かだ。

 だから、なにかあったかという問いに、明確な答えを出せずにいる。

 

 あったとすれば、シェルニティの感情の変化。

 自分を振り返って、悲しくなることが増えた。

 

 リンクスが、パッと顔を上げた。

 今度は、頭の後ろで手を組み、空を見上げる。

 

「だから、感情ってのは、面倒くせえんだよな。なくても、やってけんのにサ」

「それは違うだろ」

 

 隣から、ナルがリンクスの言葉を否定した。

 ちろっと、視線だけをリンクスが動かす。

 

「なんでだよ。あったらあっただけ、感情に振り回されて、面倒くせえだろ」

「それには同意する。だけど、なくてもいいという考えかたには同意できないね」

「だーから、なんでって訊いてんだけど?」

 

 己の考えを否定されたからか、リンクスは少し不機嫌そうだ。

 めずらしく眉間に皺を寄せていた。

 シェルニティは、2人と接する時間が増え、彼らのことも観察している。

 些細な動きから、状況や考えていそうなことを推測できた。

 

「どう言えばいいのかな。たとえば、父上は、お前が木から落ちて怪我をした時、3日寝込んだ」

「オレが怪我する夢を見て、うなされてな」

「そうだよ。それでも、お前に、2度と木登りするな、とは言わなかっただろ」

「そーだな」

「3日も寝込むほど心配していたのに、だぞ」

 

 リンクスが腕をほどき、体を起こす。

 ナルの言葉に耳を傾ける気になったようだ。

 

「けど、オレ、あれから、かなり気をつけてんだぜ? エセルを寝込ませたくねーじゃん?」

「それだよ、リンクス」

「どれだよ、ナル」

 

 ナルが、少し考えるそぶりを見せる。

 ナル自身、判然とはしていないのだろう。

 

「お前は、木から落ちて、父上を寝込ませた。それがあったから、お前は、木登りする時に気をつけるようになった。父上を心配させたくないって感情が動いたからだろ? けど、結局、それは、お前のためにもなってる」

「そーかあ? けど、別のことで心配かけるかもしれねーぞ?」

「それで、また父上が寝込んだり、号泣したりしたら?」

 

 リンクスは、わかったようなわからないような顔をしていた。

 ナルもナルで、判然としないものを掴もうとしているのか、顔をしかめている。

 

「どう言えばいいのかなぁ。怪我をしたら痛いけど、まるきり怪我をしないなんてのも、不自然だってこと。怪我をしたから気づくこともあるわけだからね。感情も同じっていうか」

「あったら面倒だけど、なくても不自然だって言いたいのか?」

「そういう感じ」

「まぁ、わかんなくはねーか……エセルに心配かけんのは悪いなって思って、気をつけてることもあるしな」

 

 不意に、ナルが目を輝かせた。

 なにかに思い立ったらしい。

 

「そうか。感情を向ける相手だ、リンクス!」

「ンなの、トーゼンだろ、ナル。どうでもいい奴のことなんか、どうでもいい」

「お前な、こっちが真剣に考えてやってるのに、先に答えを出すなよ」

「だって、オレは、エセルだから、悪いことしたって思うだけだもん」

 

 ナルは、怒ったような呆れたような、納得したような、複雑な顔をしている。

 対して、リンクスは、ただ納得顔だ。

 そして、シェルニティも、2人の話を聞きながら、納得していた。

 

 誰でもいいわけではない。

 

 シェルニティが寂しくなったり、悲しくなったりするのは、相手が彼だからだ。

 今さらのようだが、そう気づく。

 

「でも、エセルって不思議だよなあ。あんなに心配するくせに、木登りするなとは言わねーんだからな」

「そりゃあ、お前を愛しているからさ、リンクス」

「……それは、知ってっから、言うな」

 

 リンクスが照れているらしく、ぷいっとそっぽを向いた。

 ナルは、声をあげて笑っている。

 リンクスは、ナルの父エセルハーディに愛されていることを信じているのだ。

 だから、照れている。

 その様子に、シェルニティは、もうひとつ気づかされた。

 

(もしかして……私は、彼に愛されていると知っていただけで、信じていなかったのではないかしら……)


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