2人で街を 3
街は、王宮を中心に円を描いて広がっている。
王宮に近いのは貴族区域だが、そこから次第に街へと移り変わっていくのだ。
広い道が放射状に伸びている。
その道に、数多くの細い脇道が、枝のように繋がっていた。
彼が点門を開いたのは、裏通りになっている寂れた場所だ。
市場から近い割に目立たない。
門は抜けると同時に閉じている。
魔力痕も消しておいた。
彼が点門を開いたのは一瞬。
誰も見てはいなかっただろう。
わかっていても、注意をするに越したことはないのだ。
彼は、シェルニティが攫われた日を忘れていなかった。
あんな思いは2度としたくない。
彼女を失うなど考えられないのだから。
「さあ、行こうか」
シェルニティの手を握り、歩き出す。
とたん、シェルニティが、小さく笑った。
「なにか面白いことでもあったかな?」
「あなたが、私の手を握ったのが、嬉しかったのよ」
「手を? こう言っては、きみの気持ちを削ぐかもしれないが、私は頻繁にきみの手を握ってやしないかい?」
「そうね。でも、そうじゃないの」
彼女が、また嬉しそうに、くすくす笑う。
その笑顔に、彼の胸が暖かくなった。
きゅっと、シェルニティの手を握り締める。
「あなた、とても自然に私の手を握ったでしょう? それが、よくわからないけれど、なんだか嬉しかったのよ」
森にいる時は、手を繋ぐというより、手を貸すほうが多かった。
肩を抱いたり、腕を貸したりすることもあった。
が、手を繋ぐことは少なかったかもしれない。
「言われてみると、そうだね」
森での時と同じく、肩を抱いて歩くこともできたはずだ。
夜会とは違うので、腰を抱いたりはしなかっただろうけれども。
「自分でも、よくわからないな。どうして手を繋ぐほうを選んだのか」
「あたり前ってふうだったのに、わからないの?」
「うーん、わからないなあ。肩を抱いたほうが、くっつけるのに」
「人目が気になった?」
「それは違うな。私は、きみと特別な関係だと、周りに知らしめたいからね」
シェルニティは美しく、愛らしい。
まだ人がまばらな区域であるにもかかわらず、男性らが、ちらちらと視線を投げてきている。
本当なら、肩を抱き、ぴったりと寄り添って歩くほうがいいのだろう。
彼女と自分とが、特別、いや「親密」な関係だと誇示できる。
「歩きにくいからかしら?」
「それも違うだろう。森では、普通に歩いている。ここは石畳が敷いてあるだけ、森より歩きやすいよ」
「また、悩ましい命題ができたようね?」
「そのようだ」
彼にしても、不思議だった。
指を交差させてはいるが、ただ手を繋ぐだけ。
なのに、やけに心が穏やかになる。
シェルニティといると、たいていは穏やかでいられるのだけれど、それ以上に。
「何度か、こうしているうちに気づくこともあるさ」
「そうね。私も、あなたが自然に手を握ってくれたのが嬉しかった理由には、まだ思い至っていないもの」
悩ましい命題と言いつつ、2人で顔を見合わせ、にっこりした。
ずっと一緒にいれば、わからないことも、わかるようになると思える。
「今度は、私が先に答えを見つけたいね」
以前、彼もシェルニティも「愛」とは、どういうものか、わかっていなかった。
先に答えを見つけたのは、シェルニティだ。
新たな命題については、先に答えを見つけて、彼女に教えたい。
答えを教わった時の喜びを、彼は知っていたからだ。
「着いたよ。ここから先は賑やかになる。道なりに行けば、市場もあるのでね」
脇道から広い道へと出る。
道沿いに店が、ずらりと建ち並んでいた。
煉瓦造りで、色とりどりの屋根。
行きかう、大勢の人々。
どこからか聞こえてくる音楽交じりの喧噪。
初めての「街」に、シェルニティは目を輝かせている。
森とも屋敷とも違う雰囲気が、街にはあるのだ。
民服を着た2人も雑踏に紛れている。
ここでは、彼らだけに注視する者はいない。
みんな、忙しいのだ。
「いくらか店を見て回ったあとは、カフェに寄ろうか」
「まあ! 私、カフェは初めてなの。お茶やケーキを出してくれるのよね? 本に書いてあったけれど、実際に来られるなんて思っていなかったわ」
「蜂蜜がけのパンケーキなんてのもいいね」
シェルニティに微笑みかけながら言ったあと、彼は、眉をぴくりとさせた。
街には平民が多い。
さりとて、魔術師がいないわけでもないし、ほかにも危険はある。
着いた時から、彼は、街全体に対し、魔力感知を行っていた。
(テディ)
(街においでですか、我が君)
(きみもいるようだが、ランディの用事をこなしている最中かね?)
シェルニティに気づかれないよう、セオドロスに即言葉で話しかける。
通常、魔力を持つ者が相手でも、魔力感知では「個」までは特定できない。
が、彼には、それができるのだ。
あたかも葉脈を見て、どの葉のものかを見分けるように。
(さようにございます。ですが、少々、問題が起きております)
(きみが、少々と言うほどだ。それなりのことが起きているのだろう?)
(王太子殿下も街にいらっしゃいます)
言葉に、彼は眉をひそめた。
魔力感知に、アーヴィングは引っ掛かっていない。
フィランディの血を受け継ぐアーヴィングは、大きな器の持ち主だ。
フィランディの8割程度の大きさではあるが、上級魔術師以上なのは間違いない。
しかも、アーヴィングは、まだ魔術に関しては未熟だった。
平民として暮らしていた15年の間、魔術には関わらずにいたからだ。
魔術の腕を磨き始めたのは、王宮に入った、ここ5年のことになる。
つまり、彼の魔力感知をかいくぐれるほどの魔力抑制などできない。
(居場所は掴んでいるようだね)
(裏通りにある酒場にございます)
(魔力持ちが溜まっている場所だ)
(仰る通り、中は、そういう者たちが大勢おります)
半端者。
彼は、そう口にはしないが、王宮魔術師たちは、彼らを揶揄して、そう呼ぶ。
王宮には属さず、契約なしに、魔力を維持している者たちだ。
彼らは、王宮を極端に忌避している。
だからこそ、契約なしであるにもかかわらず、魔力が維持できていた。
とはいえ、魔力量自体は、それほど大きくない。
下級、もしくは、せいぜい中級魔術師程度だった。
(テディ、私は、今、シェリーといる)
(私だけで対処いたします)
返事はせず、彼は即言葉を切る。
セオドロスに任せておけば、大きな問題にはならないと判断していた。
(ランディの件には関わるつもりはないが……面倒なことになりそうだ)
アーヴィングは、現在、側近の選定中。
側近は、本人が選ぶとされている。
きっと酒場にいる「誰か」に声をかけようとしているに違いない。
王宮を、ひどく忌避している「半端者」に。
彼は、ふと、苦笑いをもらした。
側近についてより、アーヴィングが感知に引っ掛からなかったことが気になる。
常に「なんでもきちんと心得て」いなければ、気持ち悪かったのだ。
キサティーロの教育の賜物で。




