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彼の場合-15歳

作者: けいあ

 彼女の手紙が上履きの中に小さく折りたたまれて入っていた。中学の卒業式まで一週間という朝、女子からだと思わせるカラフルな色使いの便箋(びんせん)


 隣にいたクラスメイトに気づかれないように取り出さずに上履きに履き替えた。何事もなかったようにクラスの机に着き、周りの様子をうかがいながら、上履きを履きなおすようなしぐさでそっと手紙を取り出し上着のポケットにしまった。

 本命の高校受験も間近で先生たちの授業にも熱が感じられるはずが、うわの空で一日が過ぎていった。


 15歳のこの時までラブレターみたいなものを受け取ったことはなく、先月のバレンタインでも義理チョコとも友チョコともわからない小さなチョコレートをいくつか受け取ったのみだった。一時期、クラスの中で女子がそれらしいラブレターを書いて、男子の机や下駄箱に入れて反応を楽しむゲームが流行っていたのが頭をかすめたが、その日一日誰からもそれらしい問いかけもなく、帰宅の時間となった。

 もう部活もなく、いつもならクラスメイトなどとダラダラと帰っていくのだが、「眠い」などよくわからない理由をつけ、一人まっしぐらに家に帰っていった。


 家にいた母親に顔もみないまま「ただいま」とだけ声をかけ、弟が自分の部屋にいないことを確認した上で一目散に自分の部屋へ。ドキドキしながら、ポケットから手紙を取り出し、用心深く開いていく。

 そこには少し大人びた文字で、確かにラブレターがつづられていた。ただ、私の記憶にない、一つ下の女子からの手紙だった。

自己紹介と文化祭などで見かけたこと、「第二ボタンをください。もしよければ付き合ってください。」と書かれていた。最後に返事はどこのクラスの何番の下駄箱にいれてほしいと。


 上履きの中の手紙を見た瞬間から舞い上がっていたとはいえ、さらに舞い上がってしまっている自分がよくわかった。母親が台所辺りから「おやつ食べる?」と呼んでいるが、今出て行ったら、絶対何か感づかれるとわかるほどに。「あとで。」と答えるのが精いっぱいだった。ベッドに寝ころび、どんな子が想像を巡らせる。下の学年の女子なんて、部活の後輩か近所の子や友達の妹くらいしか思い浮かばないがそのだれにも当たらなかった。どんな子かわからない以上付き合うなんてどうかと思うが、付き合ってる子がいるわけでも、好きな子がいるわけでもないので、彼女に興味が沸いてきた。とはいえ、高校受験の直前でもあるので、うかうかしていられないと考え直し、一言手紙を書いた。「受験が終わるまで待って。」とだけ。次の日の朝、いつもより早めに一人で登校し、指定された下駄箱に手紙を入れた。ただ、便箋なんて持っていないし、親に聞くわけにもいかず、ノートを破いて作った一枚の手紙。


 卒業式の前日、また返事が入っていた。ドキドキしながら、家に帰って読んだ。返事がもらえてうれしかったこと、受験前にびっくりさせてごめんなさい、受験がんばってくださいなどと書かれていた。第二ボタンのことについては触れられていなかった。でも、便箋は同じだったが筆跡がまるで違った。子供っぽくて丸っこい文字。字のきれいな友達に代筆してもらったんだと容易に想像できたが、怒るでもなく、ちょっとかわいいとさえ思えたのだった。卒業式の日、学校のどこかで第二ボタンをくださいと声を掛けられるのではないかとも思っていたが、そんなこともなく帰宅した。


 受験が終わり、合格発表までの一番自由な時間に改めて2つの手紙を読み返してみて、返事を書こうと試みた。相変わらず手紙しか情報がなく、どんな子なのか想像を巡らすだけでまったく筆が進まなかった。まるで短い小説を読んで、感想文を書けと言われている気分だった。それでも一足早い春休みを満喫していたため、返事は書けた。次の日曜日に一度会って話がしてみたい。第二ボタンは取ってあるので今度渡します。などと書いたのではないかと思う。


 いざ書いてみたものの卒業した身分ではもう学校に行くことがほとんどない。卒業前の先生の話によれば卒業したとしても3月いっぱいは中学生として扱われるのだとか。まあ、部活なんかは高校に進学した先輩たちが時々顔を出してたし、気にすることないかと思い直し、部活を見に行く振りをしながら、授業が終わる前に学校に着くように出かけた。思った通り、誰にも会うことなく返事を同じ下足箱に入れて、何食わぬ顔で職員室に向かった。担任に受験の報告をしたあと、職員室で会ったクラスメイトと一緒に後輩たちの部活をのぞいて、ぶらぶら家に帰った。


 それから数日は合格発表のことと彼女のことで頭がいっぱいで何をしていたのかまったく覚えていない。友達と遊んでいてばかりだったと思うが、まったく上の空だったに違いない。


 次の日曜日。私が指定した待ち合わせ場所はなぜか小学校だった。地元の小学校はおおらかだったというか時代だったのか、小高い丘の上にあり、校門はあるが門扉というものがなく、いつでも自由に出入りができた。たぶん、小学生が時々遊んでいるくらいで、日曜日はほとんど人に会うことがないと考えてのことだったと思う。昼食もそこそこに家を出て、時間より早めに着いたと思ったが、女子二人が校門のところに見えた。えっ?と思ったものの、向こうから手を振ってきたのでどちらかが彼女なのだろうと思った。その後、女子二人はお互いにさよならをし、一人がこちらに向かってきて、すれ違い様に「さようなら、よろしくお願いいたします。」と言って去っていった。「えっ?さようなら」としか答えることしかできなかった。気を取り直して校門へ向かい、待っている彼女の元へたどり着いた。

 少しカールがかかったショートの髪に薄いベージュのワンピースに軽くピンクのカーディガンを羽織り、小さなポーチを方からかけた彼女。同級生の女子から比べると彼女は幼く見えたが、いつもバカやってた男子より大人びて見えた。いざ会ってみると何を話せばいいのか、頭の中は真っ白。最初の一言「はじめまして」だった。今までは一方的に彼女が見知った関係だったが、自分にとってはやはり「はじめまして」しかなかった。

「さっきの友達?」「はい、仲のいい子です。」

「もしかして、代筆してくれた子?」と聞いた途端、彼女の顔が真っ赤になってしまった。少しあって、「怒ってます?」と小さな声で聞かれた。

「いや、ちょっとびっくりはしたけど」と精一杯年上っぽい余裕をみせて答えると、ほっとした様子で「よかった。」と返ってきた。

どちらともなく歩き始め、ぽつりぽつりとお互いのことを話し始めた。志望校に合格したこと、家族のこと、学校のこと、部活のこと、受験や進学のこと。なかなか会話がつながらないが、学校の先生の話題が一番盛り上がった。その時二人の共通の話題がそれだけだったのかもしれないが、先生の悪口はどこでも鉄板ネタだと思った。

 校庭を何周かしたころ、「どっか座って話しようか?」と問いかけると「はい」とうなずいたが、実際座るところが見当たらない。仕方なくタイヤが半分埋まっている遊具に腰掛けることにした。躊躇なく腰掛けた自分に対し、ちょっと考えるそぶりを見せ、ポーチからハンカチを取り出しタイヤにかぶせその上にちょこんと腰掛けた彼女。急に自分が幼く感じられた。そのまま小学校の遊具の話題になり、あれで遊んでた、あれが好きだったなど他愛もない話が続き、話が途切れたところで思い出した。

「あ、第二ボタン」「持ってきてくれたんですか?」無造作にジーンズのポケットから出して、「はい、これでいい?」と彼女に渡すと、その日一番真っ赤になりながら「うれしい、ありがとうございます!!ほんとにもらっていいんですよね?」と笑顔になった。その時初めて、彼女のことを好きになるかもしれないと感じた。

 夕方近くなり、どちらからともなく帰ろうかという雰囲気になり立ち上がると、突然彼女が思い切ったように「また会ってくれますか?」と見上げてきた。「うん」とボソッと答えた。それを聞いた彼女はポーチからペンとメモ帳を取り出し、「住所教えてください」と手渡され書いて返すと、彼女も何か書付け「私の住所です。」と渡してきた。校門を出て、歩きながら次の日曜にも同じように会う約束をした。校門から大通りに出る手前の角に同級生の家があったが、出会わないように警戒しながらも、彼女にそれを気取られることないように並んで歩き、大通りで別れた。


 次の日曜日、彼女も期末テストが終わり、少し明るく見えた。二人の会話が自然に口から出るようになり、将来の夢なんかも話したと思う。進級したら、今度は彼女が受験生と呼ばれるようになる。受験の話になり、同じ学校に来る?と聞いてみた。ちょっと口ごもったあと、「同じ学校に行けるように頑張ります!」と返事があったが、どこか自信がなさげだった。自分が行く高校はその地区でもなかなかの進学校で、彼女の今の成績では無理だと先生から言われているようだった。つい、「勉強わからないところ教えるよ」と言ってしまった。それ以上話は進展せず、その日は彼女と別れた。二人の距離が近づいた分彼女を好きになった。


 翌々日、前日の高校の入学説明会で渡された宿題プリントの量に恐れおののき、「春休みなのに、春休みなのに」と繰り返しつぶやいていた日、彼女から手紙が届いた。今度は郵便屋さんが配達してくれた。運よく家族に見つからず受け取ることができた。上履きに入る手紙ではなかったからか、3枚に渡って、二人で会った日曜日の夜に書かれたようだった。2回も会ってくれて、話をいっぱいしてくれてうれしかった。ありがとう。同じ学校に誘ってくれてとってもうれしかったし、目標ができたと書かれていた。勉強も教えてくれると言ってくれてびっくりしたけど、自分が頭が悪いのが苦しかったともあった。最後に「こんな私でも付き合ってくれますか?」と書かれていた。

 どうしたらよいのかわからないが、このままじゃいけないと返事を書くことにしたが、付き合おうと言い切れる自信がなかった。でも会うたびに少しずつ好きになっていく自分にも気づいていた。自分の正直な気持ちを手紙に書いた。少しずつ好きになっていることも隠さず書いた。


 また彼女からの手紙が届いた。終業式を終えた彼女から春休みの予定を相談したいと書かれていた。宿題プリントが終わる気がしないと思いながらも、初めての「彼女」になるかもしれない彼女と会うことが楽しみで、天秤がそちらに傾いてしまっていた。3度目の小学校での話し合い。傍目(はため)からみればほのぼのしたデートだが、そのころの自分は付き合い始めてからデートするものと思っていたので、これはデートではなかった。2日後、電車で2駅ほど行った先にあるその辺りでは有名な公園にピクニックに行くことになった。彼女がお弁当を作ってくれるので自分が飲み物を用意することになった。


 朝10時半に地元の駅で待ち合わせ。駅に着く前にコンビニで飲み物とお菓子を少し買い、駅の改札前で彼女を待った。高校入学祝いに買ってもらった腕時計をつけてきたので、やたらと時間が気になって何度も時計を見直していた。駅にもちゃんと時計はあるのに。時間ちょうどに彼女が少々息を切らせやってきた。初めて会ったときに着ていた薄いベージュのワンピースにパステルカラーのカーディガン。それにピンクのベレー帽。ぎりぎりまでお母さんに手伝ってもらいながら、お弁当を作っていたようだった。

 後日彼女が暴露したところによると、実際はお母さんがほとんどお弁当を作って、彼女は服選びで時間がなくなったようだった。

 そのまま電車に乗って、公園に向かった。初春の天気のいい日だったからか、駅前から公園に向かう歩道は平日にもかかわらず、春休みの親子連れも多く、自然と手や肩が触れ合う距離で並んで歩くこととなった。

 公園内の芝生の広場は小さい子供の絶好の遊び場なのか、込み合っていた。空いてる場所を探すのに手間取ってやっと見つけた時には12時を大きく過ぎていた。向かい合って座り、彼女からかわいい袋に入ったお弁当箱を渡された。初めて母親や祖母ではなく、同じ年ごろの女子が作ったお弁当を食べるというシチュエーションに舞い上がってしまったのか、お腹が空きすぎていたのか、あまりにガッツくものだから、彼女が少しむくれていた。

 お腹も満たされ、ゆっくり辺りを見回すと親子連れも多いが、カップルもそれなりにいることに気づいた。目の前で遊んでいる小さな子供を見ながら、あの子かわいいとか、危ないとか言いながら、お兄さんお姉さんカップルの様子をうかがっていたりもした。お菓子をつまみながら他愛もない話をしていた。そのうちお菓子をとるたび袋の口があっち向けたりこっち向けたりとなっているのがおかしくなって、笑いあっていた。笑いが落ち着いてから、近くのカップルを指して「あんな風に並んで座ったら、お菓子取りやすいんじゃない?」と提案してみた。「うん」と小さくうなずき、自分が彼女の隣に座ろうとしたら、長方形のシートの短い部分に並んで座ることになり、肩が触れたまま座ることとなった。彼女は何も言わず、うつむいてしまった。自分でやったこととはいえ、自分の心臓もバクバクが止まらず、彼女に聞こえやしないかと心配で顔を向けられなかった。しばらくあまり会話もなく黙々とお菓子を食べていた。時々手が触れあってドキッとしたが。

 そのうち彼女がしびれた足を組み替えようとしたらバランスを崩して、とっさに彼女の腕をつかんでいた。そのまま元に戻そうと腕を引いたら、思っていたより軽く、力余って彼女がこちらに飛び込んできた。この時ばかりは本当に心臓が飛び出すんじゃないかと鼓動が早まり、変な汗が背中に流れた。「ごめん」と言って彼女を押し返すと、「ごめんなさい」と彼女も謝ってきた。彼女の顔を見ることができなかった。そのまま元の位置に戻ったが、さっきまでより距離が近くなって、肩から腕までぴったりと寄り添う感じで座ることになっていた。気づいたら、親子連れはいなくなってしまい、残ったのはカップルだけとなっていた。

 なんとなく気まずい雰囲気となって、4時も回って、帰ろうかということになり、片付けをして帰路についた。荷物を持つと申し出たが、大丈夫という返事。しばらく押し問答があったのち、一緒に持つことで決着がついた。しばらく一緒にもって歩いていたが、思い切って荷物を奪い取り反対の手に持ち替え、荷物を持っていた手で彼女の手を握った。彼女もそれに抗議することはせず、素直にそのまま歩いていた。


 公園を出るころには彼女のことがすっかり好きになっていた。手をつないだまま、駅に戻り、そのまま電車に乗って地元の駅まで帰ってきた。何となく彼女の家の近所まで送っていくことになり、手をつないだまま歩いていたら、同じクラスだった女子の姿が見え、パッと手を放してしまった。彼女は「えっ?」とちょっと驚いたが、すぐに理解したようだった。彼女の家の近所の小さな公園で何となく別れがたくて再び彼女の手を取ってみた。そして、思い切って

「今日はありがとう。ほんとに楽しかった。

 そして、本気で好きになりました。付き合ってください。」

と告白したのだった。

するとみるみる彼女の目から涙があふれ、両手で顔を覆ってしまった。あまりに突然のことでどうしていいかわからずおろおろするばかりの男子が一人。「大丈夫?大丈夫?何か悪いことした?」とうわごとのように繰り返すだけ。

 しばらくして、彼女が下を向いたままやっと「大丈夫。びっくりしただけ。うれしいの。」とつぶやいた。涙を拭いたあと、こちらを向いて「これからよろしくお願いします。」とちょっと涙でぬれた手で握手を求めてきたのだった。


 その後、春休み中に2,3回デートを重ね、やっとデートをしてる実感がわいてきた、宿題プリントも終わらないまま入学式も終わり、それぞれ違う学校での新しい生活が始まった。付き合い始めたとはいえ、メールがあるわけでも、携帯電話があるわけでもなく、相変わらず手紙のやり取りだった。さすがに親にもバレバレでその子は誰かと聞かれたが、中学の後輩と答えただけでそれ以上の追及はなくほっとしたのだった。彼女も同じようなことがあったらしく、お互い両親ともなんとなく公認という感じで、土曜の午後や日曜にデートすることとなった。

 ちなみに入学式の次の朝、地元の駅で同じ学校に進学した友達と待ち合わせていたら、なんだかんだで元のクラスメイトが5,6人揃ってしまった。同じ電車に乗ってから、そのうちの一人が「お前彼女できたんか?」といきなり爆弾を落とされた。別の女子が「それ私も見かけたことある」と追撃。たった15分の電車が非常に長く感じられた朝だった。


 新しい学校、クラスにも慣れてきたころ、結構な数のクラスメイトがポケベルを持っていることに気づいた。特に女子のポケベル率が高く思えた。昼休みなど学校の公衆電話に列ができることもあった。自分も母親に相談してみたが、にべもなく断られたため、父親を説得することにして、2週間ほど粘ったところ父親から母親に「買ってやってもいいんじゃないか」と提案があり、ポケベルを手に入れることができた。さすがに中学生の彼女はダメだったようだが、これ手紙のやりとりだけでなく電話でも話しやすくなった。ただ、片方向なので、彼女が電話してとメッセージを送って、5分間彼女が電話の前で待っていて自分が電話するというのが精いっぱいだった。


 さすがに進学校だけあって、これまでとは比べ物にならないくらい宿題があり、毎日のペースをつかめないまま、1学期が過ぎ、夏休みとなった。例にもれず、わけのわからない量の宿題がでて四苦八苦しそうな予感がしながら、夏休みを楽しもうと考えていた。しかし、彼女は受験生で、同じ学校にくる?と言ってしまったことがプレッシャーになっているようで思うように会えない日が続きそうだった。夏休みが始まって1週間ほど経ったころ、電話の中で彼女に宿題を聞かれたことで思い出した。「勉強わからないところ教えるよ」と再度言ってみた。「おかあさんに聞いてみるから、ちょっと待ってて」と言われ、待つこと一瞬、明らかにトーンの違う声で「お母さんが教えてもらえるなら、そうしなさいって」。


 次の日の午後、初めて彼女の家を訪ねた。彼女のお母さんに紹介され、挨拶もきちんとして、小学生の妹にも紹介されたあと、彼女が邪魔しないようにしっかりくぎを刺す場面もあったが、彼女の部屋に入った。女子の部屋に入るなんて、小学校のころ以来で妙に緊張してしまった。勉強、勉強と自分に言い聞かせ、部屋にある小さなテーブルの前に座った。

 これから何か進展があるかもと、期待半分、自分にそんな度胸はないとあきらめ半分で彼女の勉強を見る夏休みが始まった。が、期待の半分は早々に崩れ去った。彼女の部屋には受験生だということでエアコンを入れてもらったらしい。それで宿題をするのならという条件で妹も彼女の部屋に放り込まれてきた。

そんなこんなで週に2,3回彼女の勉強を見ることが続いた。最初は毎回ついてきた妹もさすがに遊びたくなったのか、7月が終わるころには来なくなった。


 ある日、数学の図形問題を教えているとき、向かい合っていると図形がわかりにくく教えにくいので、並んで座って教えていた。もともと小さな机で教えているので、並ぶと肩や腕が触れることになり、ちょっとドキドキしながら、教えていた。彼女のお母さんが買い物にでかけていった。妹も遊びに出かけていた。意識しないようにすればするほど、意識から追い出せなくなってしまった。

ノートを取ろうとして彼女の肩にぶつかった。「ごめん」。

彼女が肩をぶつけてきた「ごめん」。

彼女に肩をぶつけた「ごめん」。

彼女が少し強く肩をぶつけてきた「ごめん」。

彼女に少し強く肩をぶつけた「ごめん」。

何度か繰り返し、笑いが止まらないまま、肩をぶつけあっていた。

かなり激しく肩をぶつけ合いながら、とうとう彼女が「痛い~、強すぎる」と文句を言ってきた。

「だって始めたのそっちじゃん!」と言い返すと、「痛い~、ほらこんなに赤くなってる~。」というから手で彼女の肩から腕をさすって「痛いの痛いの飛んでいけ~」とした。

「ぜんぜん治らない。冷やさないと。」というから、ふぅ~と腕に息を吹きかけたら、「くすぐったい~」と振り払った腕が鼻に激突。

「いってぇ~、もう~」と鼻を抑え、少し涙目になりながら訴えた。

「ほんとごめん」という言葉を聞いて目を開けたら、彼女の顔が目の前にあった。

「どれどれ、赤くもなってないから大丈夫」と離れていったが、もうドキドキが止まらなくなっていたが、しばらくすると妹が「ただいま~、暑い~」と飛び込んできた。


 別の日、向かい合って教えていた。なんの科目だったか覚えていない。

本をのぞき込む拍子におでこがぶつかった「ごめん」。

彼女のおでこがぶつかってきた「ごめん」。

彼女におでこをぶつけた「ごめん」。

彼女のおでこが少し強くぶつかってきた「ごめん」。

彼女に少し強くおでこをぶつけた「ごめん」。

今回はお互い痛手をうけながら、そう長く続くわけでもなく涙目になった彼女が「石頭!これ以上馬鹿になったらどうするの!もう勉強できない!」と彼女の背中にあったベッドにあおむけに倒れこんでしまった。彼女のそばに回り込み、腕を引っ張り、「ごめん。悪かった。石頭はしょうがないけど。」と謝った。

このころには男が折れなきゃいけない時もあるんだとすっかり学んでいた。

「いや、頭痛いから勉強できない~」などという彼女の腕を引っ張り座らせようとするものの、なかなか座ってくれず、駄々をこねたまま。ちょっと怒った調子で「じゃ、もう帰るよ」と強めに腕を引っ張ったら、またおでこがぶつかった。「ほんとに石頭」という彼女のおでこを撫でていると、彼女が鏡を取り出し、おでこを確認して、「こんなに赤くなってる!」とクレーム。ちょっとふざけて「またふーふーする?」と言うと、「じゃ、して」と彼女に言われた。いわれるままにおでこに息を吹きかける。すぐに「ありがと、大丈夫」と彼女が終わりを告げた。

 お互いの顔が近いまま、数瞬が過ぎた。口を開こうとするより早く彼女が「キスしたい?」と小さく呟いた。「うん」と答えると、目を閉じた彼女が「いいよ」と一言だけ呟いた。

 ほんの一瞬だった。唇が触れた瞬間、

「あ、柔らかい」とか「さっき飲んだジュースの味がする」などいろんな感覚が一瞬のうちに過ぎ去っていった。

 唇が離れると同時に、真っ赤になった彼女はベッドにあったクッションに顔をうずめてしまった。

 自分がどんな顔をしていたのか想像したくなかった。

 しばらくして、クッションから顔をあげた彼女が「さ、勉強しようか」とつぶやき、続けているうちにそのまま時間が終わってしまった。


 2日後、どういう理由か忘れたけど、彼女の勉強を休んだ。


 その後何度か彼女の家に通い、勉強教えているうちに夏休みが終わった。2学期に入りすぐにテストがあったが、何とか前回の順位から上がり事なきを得た。夏休み中、かなりの時間を割いて彼女の勉強を見ていたから母親なりに心配していたみたいで、そこまで期待していないとはいえ、ただでさえ下から数えた方が早い順位がさらに下がるようなら看過できないということだったらしい。

 彼女の方はそこそこ夏休みの効果はあったものの、自分と同じ学校に行くにはまだまだ安心できないという状況だった。

 週末デートは続けていたものの、寒さが忍び寄るころになると、彼女の部屋で勉強をみるというデートが増えていった。そうは言っても、彼女の成績がそれなりにあがっていることもあってか、お母さんにも信頼されているようで、二人きりで勉強する時間も増えていった。それといっしょにキスの回数も順調に増えていった。12月に入るころには勉強前に、休憩中に、別れ際にと挨拶代わりにキスすることが当たり前になっていた。彼女の成績はというと伸び悩んでいた。学期末の試験の結果を見た担任はこのままだと自分と同じ学校を志望するのは難しいと告げられたらしい。


 冬休みは両親の実家にそれぞれ行くことになっていた。この正月は受験生がいるということでどこにも行かなかったから。ところが、冬休みの直前、彼女のお母さんが大胆な行動にでたのだった。

冬休みの間、家庭教師をお願いしたいと母親に直談判してきたのだった。母親も少々面食らったようだったが、家庭教師代はもちろん昼食、夕食の面倒はみます、付きっ切りで教えるわけでなく、自分の勉強はしてもらっていいから、わからないときに教えてくれるだけでいいという破格の?条件と勢いに呑まれたのかOKしてしまった。さすがに三が日はお休みで電車ですぐの父親の実家に顔をだすことになったが、年末は家に一人ということになった。


 冬休みが始まり、彼女の家で半日を毎日一緒に過ごした。彼女はほとんど問題集を繰り返していた。自分はタイムキーパーとなりながら、隣で宿題を片付けていた。答え合わせで間違ったところを教えるといった作業をひたすら繰り返していた。仕事納めの日になり、彼女のお父さんに初めて会った。テレビドラマの影響か、もしかしたら渋い顔だったり、どうかすろと殴られたりするのではないかと身構えていたが、いたってにこやかに応対してくれた上に、彼女の成績が上がったのは君のおかげだとも言ってくれた。仕事納めの夕食を彼女の家族全員ととっていたところ、明日から自分が家で一人になることを知ったお父さんはもっと大胆だった。うちに泊まってもらったらいいんじゃないかと、父親に電話をして、了承を取り付けてしまった。

 次の日早速お泊りセットをもって彼女の家に向かった。客間を一部屋与えられ、そこで寝泊まりしながら、勉強をみることとなった。さすがに夜は10時までと決められ、自分は客間に引っ込むことになったが、ドキドキの連続だった。彼女のパジャマ姿や寝起きが悪いこと、彼女が使ってるシャンプーを借りたり、これまで知りえなかった新しい発見の連続だった。

 受験生がいるとはいえ、それなりに年末年始はどの家庭も忙しく、昼間はかなりの時間二人きりのことも多かった。そして、年末を迎えるころには手持ちの問題集のほとんどが終わり、答え合わせも問題ないくらいまで彼女はがんばっていた。彼女の回答にほとんどミスはなくなっていた。


 年が明け、正月を父親の実家で過ごし、仕事始めの父親と一緒に家に戻ってきたが、父親からは特に何も聞かれず、こちらからも話しかけるでもなく、なんとなく母親や弟が帰ってくるまで過ごしていた。彼女の勉強についてはそれなりの成果があったとして、年末で一旦打ち切りとなった。あとは彼女に頑張ってもらうしかないのだから、仕方ない。


 ところが、彼女の3学期が始まってすぐの模擬試験では結果が思わしくなかったようで、彼女が会ってくれなくなった。彼女のお母さんに聞くと、冬休みの問題集とそんなに変わらない問題だったようだが、どうしてもプレッシャーというか緊張で思うように答えが出てこないらしい。それで自分に合わせる顔がないとなっているようだった。


 彼女と会えない3学期の終わりが近づき、彼女の卒業式が迫ってきた。彼女から連絡があり、久しぶりに会うことになった。

「ちょうど一年ですよ。私が手紙を入れてから」「よくあんなことできたなぁって、いまさらながら思っちゃいますね。」

「私の下駄箱には手紙を入れてくれる人はいないみたいですけど。だって、こんな彼氏がいるって同じ学年では有名みたいです。」

「手紙をもらった時、こんなに好きになるとは思わなかったし、付き合うことになるなんて思ってもいなかったよ」「これからもよろしく」

「こちらこそ、お願いします」

「でも・・・」「結局違う学校に願書だすことにしちゃいました」

「えっ?」

「どうしてもあがり症が克服できないみたいで、試験になると緊張しちゃってうまくいかないんですよ。せっかくあれだけ勉強教えてもらったのにね。」

「そっか、でも地元同じだし、これまでのように会えるし」

「そうだね」「じゃ、試験がんばります!合格したらお祝いしてくれる?」

「もちろん、お小遣い貯めてるし。それに合格したら電車の方向一緒だから途中まで一緒に通学できるし」


 それからあまり会話もなく、二人並んで彼女の家の前まで行き、

「試験がんばって!」とだけ伝えて別れた。


 この日16歳になった。


初めて投稿してみました。

今まで書いたり、消したりしていたものがどんな反応をされるのか見てみたくて、チャレンジしてみました。

異世界ものなどが多い中で埋もれてしまいそうですが、もし目に留まることがあれば読んでいただけると幸いです。

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