第六十四話 エルフの反逆者 クラロア戦③
騎士リノアは肩から腹までを斬られ、地面に膝をつく。流れる血が茂った草を赤く染める。
黒い男は正確に鎧のすきまを狙ったのだ。
鎧のすきまを狙うのは難しい。簡単にそれを許したら、鎧を着ている意味がなくなる。
だがこの男が反逆者クラロアならば納得がいく。
クラロアは元エルフの騎士。リノアとは何度も稽古をした仲だ。
当然エルフが着る鎧のことも知り尽くしている。
クラロアが剣を振り上げる。
とどめを刺す気だ。かつての同僚を殺すのに一切のためらいがない。
リノアも剣で受け止めようとするが、遅い。
「防壁作成スキル発動!!」
リノアとクラロアの間に防壁をはる。
私のスキルがなんとか間に合った。
ガギンッという音と共に、クラロアの剣が防がれる。
奇襲により対応が遅れたが、もうこれ以上好きにはさせない。
ムラサキと共にリノアの元へ走り出す。
クラロアはこれ以上剣を押し込むことを諦め、後ろへ飛ぶ。
未だにクラロアはスキルを使っていない。今からスキルを使うのは不利。
戦いを仕切り直すつもりだ。
その間に私とムラサキはリノアの前に立つ。
クラロアと向き合う。ここからは私たちが相手だ。
「誰だ。お前らは」
まるで憎悪が煮えたぎっているような声だった。
よくみるとクラロアは全身に土を塗りたくっている。それで黒いかたまりのように感じたのだ。その中で白い目だけがギラギラとこちらをにらんでいる。
森の深部は薄暗い。多少でも姿を視認しにくくするつもりか。
それとも他に何か理由があるのか。
「ク、クラロア……」
リノアがうめく。
なおも口を開こうとするが、言葉が出ない。
口の端から血がこぼれる。
「リノア。この男の相手は私とムラサキがする。君は下がって傷の手当てをしろ。それから待機している戦エルフと冒険者たちを連れて避難してくれ」
私にはリノアとクラロアのくわしい関係はわからない。同僚だった、ということだけだ。
しかしどんな関係があろうとも、もはや戦うしかない。今さら言葉など無力なのだ。
私と元パーティーがそうだったように。
リノアは優しい男だ。
自らが斬られても、まだ迷っている。
それでは戦力になり得ない。
いずれにしろ傷を治すにも時間が必要だ。
それをリノア自身も理解していたのだろう。
私の言葉に苦渋の表情のままうなずく。
「わかった。後のことは任せる。頼む、勝ってくれ」
そう言うと、森の奥へ下がっていく。
端正な顔が苦痛に歪んでいる。
その原因は傷の痛みばかりではないだろう。
「逃げるか!! 裏切り者がぁ!!!」
クラロアが追おうとする。
あくまで標的は私とムラサキではない、リノアなのだ。
ムラサキがカタナに手をかける。
戦闘態勢のまま一歩踏み出す。
クラロアは止まる。止まるしかない。
このままリノアを追撃したら、背後からムラサキに斬られることになる。
「リノアさんを殺したいのなら、まずわたしとあるじ様を倒していただかないと。順序が違いますよ?」
ムラサキが薄く笑う。
戦いの時にみせる、美しくも恐ろしい表情。
クラロアの仲間はいないのか。
周囲を慎重に観察する。数多くの木々にさえぎられて、視界が悪い。
目に入るのは緑色ばかりだ。
それでも仲間はもういないと判断する。
もしいたのならとっくに姿を現しているはず。
こちらはわずか三人だ。戦力を出し惜しみする必要などない。
リノアは私たちを試すためにあえて一人で私たちと戦った。
クラロアは違う。全ての仲間を黒幕に殺されている。
いまやクラロアは一人きりの反逆者に他ならない。
逆にいえば、この男は黒幕から逃げ延びるだけの強さを持っている。
おそらく黒幕はSランク冒険者並みの戦闘力だ。
それから逃げ延びることさえ、並みの冒険者では不可能。気を抜けるような相手ではない。
それでも絶対に私たちは引けない。なぜならクラロアは事件の決定的な証拠でもある。
この男を捕まえて自白させれば事件は解決する。エルフは救われ、冒険者同士が戦争せずにすむ。
「何者だ! お前らは!!」
もう一度、クラロアは同じ言葉を叫んだ。
エルフに味方する人間がいるなど信じられないのだろう。
この男にとって人間など敵以外の何物でもない。
メイスを突きつけ、答える。
「ただの冒険者さ。お前には罪をつぐなってもらう」
「罪? 罪だと!? 私は罪など犯してはいない! エルフを開放するという正義のために戦っているのだ!!」
「そう思っているのはお前だけだ」
ギリッと離れていても、クラロアの歯ぎしりする音が聞こえた。
「正しいことをするには犠牲も必要だ!! なぜそれがわからん!? 犠牲なくしてエルフの差別はなくならない!!」
伝わってくる。
この男は心の底からそう思っている。
自分が悪いなどとはまったく考えていない。
「ではこの惨状はなんだ? 黒幕に騙され同胞のエルフの村を焼き討ちしたあげく、口封じに殺される。そのどこに大義があるというのだ?」
「まだ終わってはいない! 私が生きているかぎり戦いは終わらない!」
クラロアの口調に狂気の色が混じる。
この口調でエルフの仲間を集めたのだろう。だがその結果はどうだ?
理想は正しくとも、やったことは多くのエルフに不幸をばらまいただけだ。
「お前はここで終わりだ」
私たちが終わりにしてみせる。
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