第六十話 エルゼの覚悟
夕食会が始まってから、それなりの時間が経過した。
その間、エルフの長老はただの一言もエルゼについて話さなかった。
この街のエルフは苦境にあり、長老の苦悩は深い。それは理解できる。
だが、忘れてはいないか。
この事件でもっとも被害を受けたのが誰なのか。
口から出るのは、自己保身ばかりとはあきれる。
私とムラサキはエルフのために戦うのではない。
隣に座っている少女のために戦うのだ。
「なぜあなた方はエルゼを助けようとしなかった? なぜ病院に置き去りにした? 反逆者の討伐はできなくとも、エルゼを助けることならばできたはずだ」
この言葉にも、長老の表情は変わらない。
「下手に娘を助けると、こちらが人間に疑われる可能性があったのだ。悪いとは思っておる。しかしエルフ全体を守るためにしかたがなかった」
言葉では謝っているものの、エルフの長老は頭を下げなかった。
しかたがないこと?
私たちがこの街に来なかったらエルゼはどうなっていたか。
長老はそれに思いが至らないような男ではない。切り捨てることをよしとしたのだ。
「ギネスさん。わたしは……」
エルゼが心配そうに私の服を引っ張る。
大丈夫だと言いたのだろう。エルゼは優しい少女だ。
これほどの目にあっても、他人を心配できるのだから。
私はエルゼの頭に手をおく。
少しでも彼女が安心するように。
「エルゼ。怒るときは怒らなくてはならない。そうでなければ君は先には進めない」
現在だけの問題ではない。彼女の将来にも影響する。
このままエルゼが軽くみられるのは、避けなければならない。
私たちはいつまでもそばにはいられない。事件を解決したらこの街を去らなければならないのだから。
その機会を今から作ってやる。
「ムラサキ」
食事をしていたムラサキが顔を上げる。
私に向かって笑いかける。
「いいのですか?」
「ああ。蛮勇とはこういう時に使うものだ」
エルゼのような無力な存在に蛮勇を振るうのは論外だ。
しかし、使わなければならない時もある。
立場が上の相手に無理を通さなければならない時がある。
それが今だ。
ムラサキが立ち上がる。
即座にカタナを抜き放つ。シャリンと涼しげな音が響く。
一瞬で夕食会の雰囲気が変わる。
老いたエルフたちがテーブルから立ち上がり、後ずさる。
さすがの長老も顔色が変わっている。
「な、なにをする気だ!?」
声が上ずっている。
まさか私たちが実力行使にでると思いさえもしなかったのだろう。
「さぁ? どうしましょうか?」
ムラサキが薄く笑う。
ゆっくりと長老とたちに近づいていく。
私が指示すればその瞬間、攻撃スキルを発動するだろう。
周りのエルフの若者たちは武器を持ったまま迷っている。
エルフの騎士リノアよりも、さらに実戦経験が少ないようだ。
戦士というよりは素人に近い。
「こ、この建物は完全に包囲されている。わたしたちを攻撃したら、お前たちが先に死ぬぞ」
薄っぺらい脅しである。
長老たちはここで戦いを起こすわけにはいかない。
ここは街の中心地だ。戦いを起こしたら目立ってしまう。
自己保身のために、自ら事件を解決しようとしなかったのだ。
ここで動けるはずがない。
ようやくエルフの若者たちがムラサキの前に立ちふさがる。
その中の一人がおびえながらも叫ぶ。
「外からきたお前たちに何がわかる!! この街のエルフのことなど何も知らないくせに!」
「その通りだ。私たちは部外者にすぎない」
私とムラサキはこの街の住人ではない。
これまでのエルフの歴史など知らないし、差別を変えるほどの力も持っていない。
この事件を解決しても差別はなくならないだろう。心の問題は力だけではどうにもならないのだ。
「だからエルゼに決めてもらう。彼女にはあなたたちを断罪する権利がある」
長老たちが犯した罪がどの程度のものなのか。
命で支払うべき重さなのか。この場で断罪されるべきなのか。
それはエルゼにしか決められない。決めなければ彼女は前に進めない。
この部屋にいる全員がエルゼに注目する。
小さな少女は震えていた。
大人でも荷が重い決断だ。恐ろしくなるのも無理はない。
しかし。
「君は決めなくてはならない。私とムラサキは君のために命をかけよう」
「わ、わたしは…。わたしは」
エルゼが言いよどむ。
その頬に涙が伝った。
「ほ、本当は誰も憎みたくはないです。エルフの人たちも村に来てくれたときに、わたしに優しくしてくれました。どうしてお互いに憎み合わなければならないのですか?」
エルゼの問いに答えられるものは、一人もいなかった。
泣き続ける。
それでもエルゼは決然と前を向いた。
「わたしはみなさんを許します。だから、だから、もう二度と同じことが起きないように協力してください」
これでエルゼは生きていける。
何の根拠もないが、私はそう思った。
ムラサキがカタナを鞘にしまう。
あのムラサキでさえ引き際がわかったのだ。
エルゼの若者たちも武器を捨てた。
涙を流しているものもいる。
「約束しよう」
はじめてエルフの長老が頭を下げた。
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