第五十八話 修行
エルフの少女エルゼが剣を振っている。
汗びっしょりとなってもやめようとしない。
その姿からは強くなりたいと願う気持ちが伝わってくる。
私はエルゼに話しかける。
「稽古のしすぎは逆効果だぞ。適度に休憩をはさんだ方がいい」
エルゼは剣を振るのを止め、私を見上げる。
「でも…」
カタナの稽古をしているムラサキの方をちらりとみる。
朝からずっとムラサキはカタナの稽古をしている。
特に用事がなければ朝から晩までやっていることさえある。よくもまあ、飽きないものだ。
「ムラサキは特別だ。なんたってサムライだからな」
エルゼに向かって笑いかける。
気を楽にして欲しかったのだが、逆にエルゼはくやしそうに唇を噛みしめる。
「わたしもムラサキさんのように強くなりたいです。もう無力は嫌です」
この事件が終わる前にエルゼが強くなることはないだろう。
急激に強くなれるのは選ばれた天才だけ。残念だがエルゼは天才ではない。
そもそもエルゼは剣を振ることに向いていないようにみえる。
背が低い。筋力もそれほどないだろう。これから成長するにしてもたかが知れている。
スキルで身体能力を向上できるとはいえ、体格は大きい方が有利だ。
「そうだな。気持ちはわかるよ。では今度は魔法スキルの方を勉強してみるか? 初級程度なら私にも教えることができる」
エルゼの表情がぱあっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
私の手を取って喜ぶ。
まるで子犬のようだ。頭をなでたくなるほどに愛らしい。
私は防壁作成スキルしか使えないが、過去には魔法スキルをおぼえようとした経験はある。
魔法スキルを発動させる知識はあるのだ。知識だけは。
それがここで役に立つとはなんとも皮肉な話である。
先日の戦いの後、エルフの長老は私たちを夕食会に招待した。
そこで今回の事件の犯人について話すそうだ。
私たちだけでなくエルゼも招待されている。
村の生き残りだから、当然といえば当然だ。
これまでの償いをしたいと、今更ながら私たちに告げた。
私は迷った。
エルゼを連れていくかどうか。真実を話すかどうか。
まだ子供である。
村を焼いたのがエルフであるという真実は重すぎるのではないか。
悩んだあげく、結局は全てを包み隠さずに話すことにした。
ここで隠してもいずれは知ることになる。ならば子供であろうともその重さに耐えなければならない。
それでなければこれから一人で生きてはいけない。
エルゼはいかなる感情も出さずに私の話を聞いていた。
なぐさめの言葉に対しても、静かに首を振るだけだった。
その代わりに、次の日からより一層剣の稽古に熱中しだした。
戦いにおいては、エルゼは無力だ。
だが私が思っていたよりも、はるかに精神的に強かった。
より正解にいうならば、日に日に強くなっている。
今日の夜にエルフの長老との夕食が行われる。
エルゼにとって、今日の夜こそが最大の試練となるだろう。
スキルの稽古を続けるうちに、いつの間にか夕日が辺りを照らしていた。
「魔法スキル発動! ファイヤーボール!」
エルゼがスキルを宣言する。
小さな火が現れては、すぐに消える。
大したものだ。
たった一日で小さいとはいえ現物の火を作り出すとは。
普通の冒険者ならば一か月程度の時間が必要となる。
エルフだからなのか。それともエルゼ個人に才能があるのだろうか。
剣の使い手になるよりも、はるかに見込みがありそうだ。
魔力の量も普通の人間よりも多そうだ。物覚えもいい。
魔法スキルの使い手として、一人前以上になる可能性がある。
「素晴らしい。君は魔法の才能があるな」
本心からエルゼを褒める。
私がはじめてスキルを使おうとした時とは比べものにならない。
「でも、この程度では戦えません」
エルゼは喜ばなかった。
落ち込むような表情になる。
確かにこの小さな火では、火傷をさせるのがせいぜいであろう。
より大きな火を作るのは毎日の修業が必要だ。
繰り返しスキルを唱えることで、少しずつ強力になっていく。
「あせることはないさ。戦うのは私とムラサキの役目だ」
エルゼには将来がある。
悲惨な体験をした分、幸せになって欲しい。
「それに、私はその小さな炎さえも出せないのだ。防壁作成スキルしか使えない。私一人は防御しかできない」
「え?」
エルゼが目を丸くする。
冒険者なのにスキルが一つしか使えない人間がいると思わなかったのだろう。
いや、一般人でもほとんど存在しない。冒険者の中では世界をみわたしても私一人だけの可能性さえある。
魔力量自体は他の人間よりもはるかに多い。
自慢できるのはそのくらいだ。
「ようは頭の使い方さ。戦いとは単純な力の比べ合いじゃない。駆け引きこそが勝負を分ける」
「は、はぁ。そうですか」
エルザが困ったような声を上げる。
実戦を経験していないエルザには理解しにくいようだ。
いずれエルザにもわかる日がくるだろう。今は詳しく説明しても無駄だ。
「それに、ムラサキもいるしな」
「はい!」
今度はエルザも元気よく返事をした。
いい笑顔だ。エルゼが笑うとこちらも楽しい気分になる。。
私とムラサキ、一人一人では欠陥がある。
二人そろってはじめてそれなりの戦力になるのだ。
それはとても理解しやすい。
子供であるエルザでもわかるほどに。
すでに空は暗くなりつつあった。
そろそろエルフの長老の夕食会に行く時間だ。
「夕食会の準備をしようか。汗まみれではさすがに失礼だ」
「わかりました!」
エルザは素直にうなずくと、冒険者ギルドの方へ歩き出した。
力強い歩みであった。前だけをみている。
空元気なのかもしれない。
内心では無理しているのではないかと。
それでも病院にいた頃よりはずっといい。
そう、私は思うのだ。
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