第四十九話 晴天
「なにも一時間も説教することはないでしょう。こうしてエルゼさんも協力してくれたんですし」
「黙れ。少しは反省しろ」
ムラサキに何度でも言わなくてはならない。
サムライの理論はそれなりには尊重する。
だが、初対面の人間にカタナを突きつけるなど論外にすぎる。
「いいか? 百歩譲って、私に迷惑をかけるのは許す。だが他人に迷惑をかけたら犯罪者と一緒だぞ。事件が解決するまでは、エルザと一緒に行動しなければならないのに」
「わかっています」
本当にわかっているのか。
ムラサキにはこと戦いに関して異常に頑固なところがある。
しかし今日という今日は、こちらも引く気はないぞ。
「あの。喧嘩しないでください。わたしは気にしていませんから」
背後からエルザが語りかけた。
病院にいた時よりも少しだけ声が大きい。
私たちはエルザの身柄を引き取ることにした。
この街の病院はエルザを邪魔だと感じていたらしい。だからあっさりと私の要求に応じた。
私たちがギルド長ピンスの依頼を受けていることも大きかっただろう。実態はどうあれ、一般人にとってギルドの信用はまだ残っているらしい。
くそっ。しかたがないな。
まだまだ言い足りないのだが、ムラサキへの説教は中止だ。
無表情なのがまた腹が立つ。
私はため息をついて、宣言する。
「よし。ではいったん冒険者ギルドに戻ろう。そこで次の手を話し合おうか」
私たちはオーレリアの街を並んで歩いた。
エルザの金髪が太陽の光できらめく。
並んで歩くと、エルザの背の低さがよりはっきりとわかる。私の腰くらいしかない。
エルフだから年齢は見た目どおりではないはず。
それでもエルフの中では子供に違いない。
ムラサキの黒い髪、黒い目ほどには目立つことはない。
それでもかなり人目を引く。
時々エルザがふらつく。病院から出たばかりなのだ。
その手を取ってやりたくなる。手を取ってその体をささえたくなる。
だが、我慢する。
エルザにとって私たちと過ごす時間はほんの一瞬にすぎない。残りの膨大な時間をエルザは自分の力だけで生きなければならないのだ。
強くなって欲しい。強くならなければ生きていくことさえできない。
エルザが不安そうに私を見上げる。
「あの。わたしはこれからどうなるのでしょうか?」
もう二度と病院に戻れないことが、エルザにもわかっているのだろう。
エルザを守ってくれる家族や知り合いはもういない。一人きりなのだ。
「私たちは昨日この街にきたばかりで、何のコネも持っていない」
これだけ大きな街だ。孤児院などもあるだろう。
だがそこにエルフを入れたらどうなるか。ろくな未来は待っていまい。
亜人は表向きには差別されていない。しかし嫌う人間は多くいる。
何より私たちに協力してくれるのだ。
それなりの報酬が支払われるべきである。
「しかし私たちは冒険者ギルドの依頼で動いている。この事件を解決すれば、莫大な貸しが作れるだろう。それで君の落ち着き先を探してもらうさ」
「もし、解決できなかったら?」
エルザの不安は消えない。
どうやらエルザはかなりの気弱で心配性な性格らしい。いや、それは当たり前か。
解決できない可能性は確かにある。犯人を捕まえても解決にならない可能性も。
どうもムラサキと接していると、人付き合いの感覚が狂ってしまう。
ムラサキならばそんなこと考えもしないだろう。
「解決できなかったら…。そうだな。私の弟子になって、冒険者にでもなってみるか?」
「え!?」
エルザが驚く。
その一瞬だけは子供っぽさが感じられる。
事件がなければ、どこにでもいる普通の子供だったのだろう。
「冗談だ。だが冒険者はいいぞ。どこに行っても食っていける」
この世界からモンスターがいなくなることはない。
だから同じように冒険者の需要もなくなることはない。需要があれば、エルフも極端に差別されることはない。
確かに死の危険はある。だからこそ競争相手が少ないのだ。
強ければ膨大な報酬が得られるし、弱くとも人並みには食っていける。
ようはやり方次第。
むしろ個人の強さよりもそれらの知識の方が大切かもしれない。
「ダメです。冒険者は腐っていますから。どうです? サムライになってみませんか?」
ムラサキが前を向いたまま言う。
真面目な表情だ。本気で言っている。
「サムライこそダメだ。サムライでは食っていけない。そもそも職業じゃないだろ」
「冒険者こそダメです。精神が堕落してしまいます。そのあげくに今回のような事件を起こす。人間のクズの集まりです」
それだと私も人間のクズになるのだが。
ムラサキだって今は冒険者のパーティーの一員なはずだ。
「全員が人間のクズではないぞ。善良な冒険者もいる。モンスターからこの街の住民を守っている」
「そうですか。しかしサムライには悪人など一人もいません。全員が誇り高い戦士です」
絶対に嘘だ。と思うのだが。
ムラサキの他にサムライを知らない。
「お二人ともやめてください。真剣に考えてみますから」
エルザが私とムラサキの間に割って入る。
子供に気を使わせてしまったらしい。情けない。
それでも私は思う。
エルザよ。サムライだけはやめておけ。長生きできないぞ。
それから私たちは無言のまま街を歩いた。
エルザの表情がほんのわずかに明るくなった気がする。
子供とは接しなれていない。だからそれはやりは気のせいなのかもしれない。
私は祈った。いつかアルザに笑顔が戻る日がくることを。
冒険者ギルドに着いたのは、正午を回るくらいの時間だった。
前回訪ねた時は誰もいなかった。
だが今日は10人ほどの冒険者がたむろしていた。
いっせいに視線が私たちの方に向く。どうやら私たちを待っていたらしい。
その中の一人が口を開く。
「お前がギネスか」
「お前たちの方こそ何者だ?」
聖女派か。それとも大賢者派か。
この場で戦う気か。偵察にきたのか。それとも交渉か。
ムラサキが戦闘態勢に入る。
何が起こってもおかしくはない。
「俺たちを差し置いてピンスから依頼を受けたそうだな。よそ者の分際で。認めないぞ」
ああ、なるほど。
ほとんど存在しないという、ギルド派の冒険者たちか。
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