第四十八話 エルフの少女 エルゼ
少女の小さな背中。
なんという、孤独であろうか。
ある日突然、それまで住んでいた世界が破壊される。
味方はいない。事件は解決しそうにない。病院に一人きり。
その苦しみ。
想像することすら不可能だ。
この街の冒険者たちは、自らの利益のために動いている。
私はそうはなりたくはない。
誰かを助けるために冒険者になったのだから。
この少女に手を差し伸べずして、何が冒険者か。
「ムラサキ。ピンスの依頼を受けるぞ。私たちにできることは少ない。それでもこの少女だけは助けなければならない」
ムラサキはにっこりと笑う。
「それでこそ、わたしのあるじ様です」
私はベッドの側まで歩み寄り、少女に声をかける。
「エルゼだね? 事件の話を聞きたいのだが」
エルフの少女エルゼの肩がびくりと震える。そして私たちの方へゆっくりと振り返る。
顔のパーツは整っている。事件が起こる前ならば、かわいいと形容されていたはずだ。
しかし今はやつれ果て、目はうつろ。生気がなくまるで人形のようにさえ感じる。
「あなたたちは誰ですか?」
その声はかろうじて聞き取れるほどに小さい。
私たちに視線が合っていない。どこか遠くをみているようだ。
「私はギネス。こちらはムラサキ。Bクラス冒険者だ。ギルド長ピンスの依頼を受けて、事件を調べている。犯人を特定するために君の証言を聞きたい」
村ごと焼き払うには、大勢の人間が必要だ。
いくら強くても一人では500人を同時に殺せない。ましてや村に住むエルフたちも無抵抗ではなかったはずだ。
大勢の人間が関わっているなら、それだけ証拠も残っているはず。
「事件が起こってから何度も同じことを聞かれたと思う。しかし村の住民の仇を討つために、もう一度だけ話を聞かせてくれないか」
エルゼはうつむいたまま、ぽつりと言った。
「もう……いいんです」
この言葉に、エルゼの絶望をみた。
「何も残っていないんです。何も返ってこないんです。何もかも終わってしまったんです」
伝わってくる。
エルゼの絶望が癒されることなど、永遠にないだろう。
ましてや他人である私たちにかけられる言葉など存在しない。
拒絶。
エルゼは全てを拒絶している。
「みんなが言うんです。過去のことは忘れましょうって。だから、そうします。帰ってください。」
「怒りを感じないのですか? 家族を殺されて」
ムラサキが刃に等しい言葉を投げつけた。
場の空気が凍る。
エルゼが言葉につまる。わずかに手が震えている。
「わたしならば、犯人は必ず殺します。復讐などと大げさなものではありません。ごく当たり前のことです。仇を殺してはじめて自分を許せますから」
「ムラサキ。やめろ」
誰もがムラサキのように強くはない。
サムライの理論は時に毒にもなる。
エルゼは被害者だ。逆に追い詰めてどうする。
ここはあきらめるしかない。
エルゼの協力なしで事件を追及するしかない。
解決は難しくはなるが、無理に話を聞くわけにもいかないだろう。
結果として、エルゼを救えればいい。
見返りを期待したものではないのだから。
ムラサキが一歩前に出る。
そしてカタナに手をかける。
「ムラサキ!」
「ここはわたしにお任せください。あるじ様」
ムラサキがカタナを抜刀した。
誰もそれを止められない。
スキルを使わなくとも、ムラサキの抜刀は洗練されつくしている。
カタナはエルゼの首の皮一枚でぴたりと止まった。
「ムラサキ!! この馬鹿!!」
私はムラサキの腕をつかんだ。カタナを引き戻そうとする。
ムラサキは抵抗しない。
その代わりに、エルゼに向かって言う。
「どうでしょう。今わたしはあなたを殺せました。理不尽ですよね。その理不尽なことがあなたの家族に…」
それ以上言わせずに、ムラサキを部屋から叩き出した。
エルゼの無気力さが許せないのはわからなくもない。
わからなくもないが、頭を冷やせ。馬鹿野郎。
下手したらこちらの方が犯罪者になるぞ。
エンゼの手は震えたまま。
いや、手だけではなく体全体で震えている。
私はエンゼに向かって頭を下げた。
「すまない。あの女は外国人なのだ。だから時々常識が通じなくなる」
エンゼはムラサキが叩き出された扉をじっとみている。
その瞳から
涙が一筋こぼれた。
「本当にできるのですか? 村のみんなの仇を討つことが」
サムライの理論は野蛮なもの。この国では通用しない。
ほとんどの場合は事態を悪化させる。それを数十回は経験してきた。
それでも時として、野蛮さが道を開くときもある。
否定しきれないものが確かにあるのだった。
まったく、困ったものである。
エンゼが私をみる。
その瞳には感情の色が少しだけ戻っている。
「やっぱり犯人が……許せません」
先のことはわからない。
だが、私とてこの場で言うべきことはわかっているつもりだ。
エンゼに向かって右手を差し出す。
「絶対に仇を討てるさ。君が私たちの手を握ってくれるのなら」
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