第三十八話 Sランク冒険者カーライル戦➆
「加速スキル発動」
ムラサキがカーライルに向かって突撃する。
一歩ごとに走る速度が上がっていく。スキルなしではあり得ない速度に達する。
ここからでもわかるほど、殺意にあふれた姿。
しかしそれでもなお、カーライルにあせりの色はみえない。
ムラサキはこれまで私の背後で待機していた。つまりムラサキが突撃する可能性は常に示されていたのだ。
今まで突撃できなかったのは、カーライルが決定的なすきをみせなかったから。
私がこれ以上攻撃に耐えられないから、ムラサキは突撃せざるを得なかったのだ。
だからこの突撃はカーライルにとって予想外の動きではない。
その一方。
私との戦いでカーライルはかなり消耗している。それも事実。
確実に動きは遅くなっている。魔力も残り少ないはずだ。
そこに、かけるしかない。
カーライルが巨大な槍を水平になぎ払う。
体を低くして、ムラサキが槍をさける。ムラサキもこの攻撃は読んでいた。
もはやカーライルは私に目も向けない。
攻撃スキルを持たない私は後回しでもいいという判断。
正解だ。
何とかムラサキを援護したい。だが私では全てが遅すぎる。
「加速スキル発動!」
カーライルがスキルを発動させる。
それと同時に巨大な槍が砕けていく。真槍スキルが解除されたのだ。
スキルは二つ以上同時に発動すると神の報いを受ける。だから一つのスキルを発動させると、もう一つは解除せねばならない。
ムラサキはすでにカーライルの目の前まで達していた。
スキルの交換には数秒かかる。ムラサキが接近しきるには十分な時間。
加速したままムラサキがカタナを抜き打つ。
それをカーライルが拳で受ける。
高い金属同士の衝突音が響く。
あのムラサキの抜刀を拳で受け止めるとは。
カーライルの拳を保護している金属も並みのものではない。
今度はカーライルが剛腕を振るう。
紙一重でムラサキがよける。
凄まじい速度で攻守が入れ替わる。
これが前衛職の世界。
本来ならばムラサキは一撃で決めたいはずだ。
全てを一撃にかける。それがサムライの流儀。
だが、カーライルの実力はそれを許さない。
ムラサキとの接近戦でもほぼ互角。消耗してるはずだ。それなのに。
魔力量自体はムラサキの方がはるかに少ない。
今は互角だとしても、魔力が切れるのはムラサキの方が先だ。
このままではムラサキは負ける。
何か。何かないのか。
私はでるかぎりの大声で叫んだ。
「防壁スキル発動!!!」
私の腕に不完全な防壁が作られる。
ただ、それだけ。
ムラサキの戦いには何の意味も持たない。
私は遠距離スキルが使えないのだ。
いや、仮に遠距離スキルを持っていたとしても使えない。二人の距離が近すぎる。
それでも、スキルが戦いそのものに意味は持たずとも。
大声でスキル名を叫ぶこと自体に意味がある。
カーライルの気を引くだけならこれで十分。
カーライルの視線がほんの一瞬だけ私に向けられる。
私がほぼ無力だとわかっていても、体が反応せざるを得ない。
これは冒険者の本能のようなものだ。
現代の戦いはスキルの打ち合いである。相手のスキルに対応することこそ、勝利への道。
だから心ではわかっていても、体が反応する。
それが例え、明らかに過剰だろうと。
その一瞬のすきをムラサキは見逃さなかった。
「抜刀スキル発動」
それを止めようと、カーライルが拳を振るう。
だがわずかに遅い。
その拳がとどく寸前、抜刀スキルが発動する。
一閃。
「ぐはっ!?」
ムラサキの全てを込めた一撃がカーライルを斬り裂いた。
このスキルは武器を抜刀するだけ。単純なスキルであり、使いどころは少ない。
それだけに抜刀の速さだけなら、圧倒的に優れている。
ましてやムラサキは毎日毎日そのスキルだけを磨いている。
周囲からあきれられるほどに。
そのスキルがついにカーライルにとどいたのだ。
カーライルの胸が大きく切り裂かれ、口から血を吐き出す。
ゆっくりとその体が倒れていく。
勝った。と私は思った。
あの出血量。致命傷だ。
私たちはカーライルに勝ったのだ。
だが。
カーライルは倒れる途中で踏みとどまる。
自らの血にまみれながらも、目にはまだ力が残っている。
信じられない。
なぜだ!? 間違いなく致命傷のはずだ!?
なぜ倒れないのだ!?
全力のスキルを発動したムラサキは動けない。
攻撃をすればすきが生まれる。それはカーライルにだけ当てはまるものではない。
私たちにも平等に当てはまること。
「おしかったな。普通の戦いなら、ここで倒れてもよかったんだが」
感情のこもらない声でカーライルが告げる。
そしてムラサキのカタナを持った手を握る。
即座に握りつぶす。
「…っ!」
腕の骨が砕かれ、カタナを地面に落とす。
「致命傷ごときで、俺が止まるとでも思ったのか?」
剛腕がムラサキの腹に叩き込まれる。
人形のようにムラサキの体が宙を舞う。
腕をつかまれているため、ふき飛ばされることもない。元の位置に戻ってくる。
ムラサキの耐久力は、決して高くない。
普通の冒険者と変わりはしないのだ。
すでにその目には光が失われている。
カーライルに意識ごと刈り取られてしまった。
「死ねよ」
カーライルがムラサキの首をつかんだ。
首の骨を砕く気だ。
そうなれば人間は死ぬ。
死んだら、どんなスキルでも生き返すことはできない。
「カーライルゥゥゥゥゥ!!!!!」
私は叫び、メイスを手に突進する。
理性でない。本能が私を突き動かす。
戦えない。
攻撃スキルを持ってない。
守ることしかできない。
メイスを振り回しても、大してダメージは与えられない。
あれほど避けようとしていた接近戦をする。
無力。
もはやそんなことは関係なかった。
心にあるのは。
激情。
これから勝つための策など存在しない。
損得を考える心など消えてしまった。
思うことはたった一つ。
ムラサキを、仲間を目の前で殺されてたまるか。
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