第三十話 Aランク冒険者エンマ戦④
私は土下座するムラサキを強引に起こした。
服をつかみ、こちらに引き寄せる。
「エンマと1対1で戦いたいだと? ふざけるなよ」
「ふざけてなど、おりません。あるじ様。わたしは真面目にお願いしています」
確かにムラサキが冗談を言ったことなど、今まで一度たりともない。
だがしかし、真面目だろうが不真面目だろうが関係ない。
こんなことは認めてたまるか。
私たちはこの戦いに勝ちつつあるのだ。
ムラサキが1対1でエンマと戦う必要はない。
いや、必要などころか無駄に敵に勝つチャンスを与える。害悪だ。自ら負けようとする行いに等しい。
負けたらどれだけの人間が不幸になるか。ムラサキが知らないはずがない。
「お前もこの戦いに負けたらどうなるのかわかっているだろう。 勝たなくてはいけない! 冒険者ギルドの未来がかかっているんだぞ!」
「勝ち負けよりも大切なものがあるのです」
「そんなものはない!!」
くそっ!
なぜ私はこんなにも感情的になっている?
なぜこんなにも感情的にならなきゃならないんだ?
どう考えても私が正しい。
ムラサキの方が間違ってる。
ムラサキがエンマの方を指さす。
エンマは立ち止まったまま動かない。動けない。
「先ほどあの女と戦ってわかりました。あの女は強い。強いならば相手に全力を出させるべきです。そして、こちらも全力で叩き潰さねばなりません」
「馬鹿を言うな! 敵に実力を出させないのが戦闘の基礎だ!! それが戦術というものだ!!」
「その通りです。しかしそれでは高みは目指せません」
高み? なんだそれは?
サムライの流儀か?
「敵も味方も一時のこと。死も生も一夜の夢。その全てを乗り越えたとところに、サムライの目指すところはあるのです」
異質すぎる。冒険者どころか、この国の全て人間はこんな発想は絶対にしない。
サムライは半分死んでいるに等しい。こんな考えでは長生きできるはずがない。
それでも私は聞かずにはいられなかった。
この国の人間は常に損得で動いている。この戦いも結局は権力争いでしかない。
それが当たり前で、それ以外のことなど考える必要すらない。
「なにが…あるというのだ?」
「わたしは未熟ものゆえ、本当のところはわかりません。本を読み、家族や師匠から聞いただけです。しかし目指さなければ得ることは不可能でしょう」
わからない。
最初はエンマと戦うことで、戦いの腕を上げたいのだと思った。
しかし違う。もっと深い。精神的な。何か。
人生そのものをささげるに足る何か。
私とムラサキは顔を近づけにらみ合う。
ムラサキの黒い瞳には、迷いや怯えなど欠片もなかった。
吸い込まれそうな瞳をみながら、私は思った。
ムラサキは愚かだ。馬鹿だ。
これはムラサキのわがままでしかない。
責任を、他人の命を軽くみている。
だがそれでも、どれほど愚かであろうとも。
揺るがない信念を持つムラサキが。
私は少しだけ、うらやましいと感じてしまった。
私自身もムラサキと同じくらい愚かだということ……か。
「好きにしろ」
私はムラサキの服を離し、突き飛ばした。
ムラサキは一歩後ろに下がるが、その視線は私から外れない。
「お許しくださるのですか」
「勘違いするなよ。サムライに流儀に付き合うつもりはない。だがお前はパーティーの仲間だ。仲間のどうしても譲れぬ信念ならば、私はそれを捨てることはできない」
ムラサキが深く頭を下げる。そしてにっこりと笑う。
その姿は幼いようにも、年を取っているようにもみえる。
「あるじ様、ありがとうございます」
そしてエンマの方へ歩き出す。
「必ず勝ってみせます」
「当たり前だ。そんなことは」
負けたら戦えない私も死ぬ。この街の冒険者ギルドも乗っ取られる。
勝ってもこの愚かな行いのおかげで、後で色々言われるだろう。
それを承知でムラサキのわがままに付き合うんだ。
そのくらいはしてもらわないと困る。
防壁作成スキルを解除する。
エンマと私たちの間にあった防壁が消える。
「な!?」
エンマは戸惑ったような声を出した。
それも当然だ。ここで私たちが防壁を消すことなど、普通はあり得ない。
防壁を維持し続ければ、私たちの勝ちなのだから。
ムラサキがエンマの方へ歩きながら言う。
「Aランク冒険者エンマ。私と1対1の戦いをしてもらいます。それをもってこの戦いの決着といたしましょう」
「信じられないね。どうせまた小細工してくるんでしょう?」
エンマが必死に周囲を見回す。私たちの次の策を探そうとしてる。
だが、そんなものは存在しない。
「あなたには私と戦う以外に、勝つ手段はありません」
エンマの目が細められる。
もはやパーティーは存在しない。エンマ一人だった。
負ける寸前である。逆転の手はないに等しい。
長い息を吐く。
そしてムラサキをみる。その瞳には燃え盛る戦意が戻っている。
「どうやらそうみたい。まさかここまで追い詰められるとは思わなかったわ」
弱っている敵の全力を引き出す。そのサムライの信念を実行している。
まったくもって、狂っているとしかいいようがない。
「でも、もういい。次の一撃に全てをかけるわ」
エンマが長い剣を握る。
そして突撃の態勢。一直線にムラサキに襲い掛かるつもりだ。
「ではわたしもそうしましょう」
ムラサキも足を広げ、腰を落とす。
エンマに対して正面から応える姿勢。
勝負は一瞬で終わる。
「加速スキル発動!!!」
「加速スキ発動!」
二人が加速しがら一直線に突撃する。
凄まじい加速。二人とも加速スキルに自分の持つ魔力をすべて注ぎ込んでいる。
一般人ならは目で追うことすらできないだろう。
それほどの速度だ。
衝突する、その一歩手前。
わずかに加速がゆるめられる。二人が加速スキルを解除したのだ。
そして。
「抜刀スキル発動!!!」
「抜刀スキル発動!」
二人が同時にスキルを使用し、武器を抜刀する。
エンマの剣とムラサキのカタナが交差する。
そこは私には永遠に手が届かぬ領域。
前衛用のスキルを持つものだけが踏み込める領域。
刹那の領域。
勝ったのは。
ムラサキだった。
エンマの右腕が剣ごと切断され。空中を舞っている。
胸を中心に大きく切り裂かれ、血が噴き出す。
エンマがゆっくりと倒れていく。
ムラサキが告げる。
「抜刀スキルの稽古が足りませんね。稽古によってわずかでではありますが、抜刀の速度は上がります。抜刀スキル同士の戦いでは、それが決着をつけるのです」
エンマは万能型の冒険者だ。前衛と後衛、その両方のスキルが使える。
使えるスキルの幅は広い。しかしその分、一つ一つのスキルを訓練する時間は少なくなる。
対してムラサキは完全なる前衛型。
しかもカタナの届く範囲でしかスキルを使おうとしない。だから使えるスキルの数は、エンマと比べるとはるかに少ない。
だがその分、一つのスキルを練り上げることがになる。
その差が、今回は勝敗を分けることになった。
「まいった…わね…。やってられない…わ」
エンマが地面に倒れる。
地面に血が飛び散る。
勝負は終わった。
この傷ではもう立ち上がれないだろう。
しかし。
なぜか私には、その表情がほんの少しだけ笑っているようにみえた。
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