第二十九話 Aランク冒険者エンマ戦③
「加速スキル発動!」
ムラサキがエンマたちに向かって加速していく。
わずか数歩でスキルなしでは届かない領域に達する。
さらに、加速。
「…っ!」
ようやくエンマたちがムラサキの動きに気付く。
しかし、すでに遅い。
意識が私たちから外れていたぶん、反応が遅れている。
ムラサキが私の防壁の場所にまで到達。
その瞬間、私は防壁作成スキルを解除する。
一瞬で防壁が完全に消える。後には空っぽの空間が残るのみ。
これこそがスキルを使って防壁を作る、数少ない強みである。
防壁を消すタイミングをスキル使用者は選べるのだ。そしてスキルを解除するのに時間は必要ない。消すだけなら一瞬もかからない。
防壁を作成するのには数秒の時間が必要。存在するだけで魔力を消費する。一面しか防壁を作成できない。
防壁作成スキルには強みよりも弱みの方が多い。
だがそれでもスキルの強みと弱みを知っていれば、戦略に組み込める。
ムラサキ私の防壁があった空間を高速で駆け抜ける。
そのままエンマたちの目の前まで突進する。
エンマたちは武器を構えるも、スキルを使う時間はない。
ムラサキは一切のためらいなく、カタナを抜き放つ。
洗練された美しい動き。
「くそがぁ!!」
エンマだけがそれに辛うじて反応できた。後方へと飛び去る。
しかし他の前衛はカタナをかわせない。
一閃。
エンマのパーティーの前衛から血が噴き出す。
そして糸の切れた人形のように倒れていく。
ムラサキはただ一回の抜刀で、数人の前衛を戦闘不能にした。
パーティーの後衛が前衛を助けようと、スキルと使おうとする。
エンマもムラサキを攻撃しようとする。
だが、私がそうはさせない。
「防壁作成スキル発動!」
私は再びスキルを発動させる。一度スキルを解除した後なら、もう一回スキルを使用しても問題ない。
私のスキルの制約は、誰かを守るために使用しなければならないこと。
つまり今なら私ではなく、ムラサキを守るためにスキルを使うことができるのだ。
ムラサキとエンマのパーティーの後衛との間に、防壁が作成される。
膨大な魔力を込める。防壁は巨大化し、再びエンマたちの攻撃を防げるようになる。
これで再びお互いが手を出せない状況に戻る。
「こんな…馬鹿な…」
攻撃しようとしていた手を止め、エンマがぼうぜんとつぶやく。
観客が大歓声を上げる。
今やこの街の住人は私たちの完全に味方だ。
戦力そのものを比べれば、エンマたちのパーティーの方がはるかに上だ。
私たちは守るだけならともかく、攻撃するのが非常に難しい。
なぜならこちらには攻撃の手がムラサキしかないから。そしてムラサキは完全なる前衛。
敵はパーティーで戦っている。当然防御スキルも持っているはず。
普通に戦ったのでは、防御されて終わりだ。
ただし、不意をつければ話は別だ。
エンマたちの意識を私の防壁に向けさせ、ムラサキへの警戒をゆるめさせる。
そうすれば必ずムラサキが攻撃できる場面が生まれるはず。
その予想がこれ以上ないほど完璧にはまった。
ムラサキの足元では、敵の前衛たちが苦しんでいる。
その出血の量から致命傷だとわかる。このまま放置すれば死ぬだろう。
冷たい声で、ムラサキが告げる。
「まだ戦いますか? 戦うならとどめを刺しますが、いかが?」
「げぼっ。た、頼む。もうやめてくれぇ。い、命だけは…」
「わかりました」
ムラサキが敵の前衛たちを蹴り飛ばしていく。
闘技場の壁の辺りまで、前衛たちは飛ばされる。
この戦いは一応は冒険者同士の模擬戦の形をとっている。だから降参したならば、他の冒険者たちの回復スキルを受けることができる。
現に待機していた冒険者が、降参した前衛たちを外へ運んでいく。
今すぐ回復スキルを受ければ死にはしないだろう。
ムラサキが私の元へと帰ってくる。
この時点で、私は勝ちを確信した。
エンマたちの完全に戦力の底がみえた。
普通のスキルでは私の防壁を突破できない。無理やり越えようとすれば、すきが生まれる。もう一度ムラサキに突撃させるだけだ。
そしてこのまま何もしなければ、シャブリエの新しいギルドは誰からも支持されなくなる。
もはや相手に打つ手はない。
ましてや、今パーティーの前衛を失ったのだ。その打撃は大きすぎる。
このまま慎重に敵の出方をみて、こちらも最適の手を打つ。それだけで敵の戦力は少しずつ削れていくだろう。無理をする必要はない。
勝った。間違いない。
エンマが防壁越しにわめく。
「この卑怯者が! 正面から戦え!!」
私は答える。
「卑怯者? 10対2で戦うのが卑怯ではないと?」
「うぐぐっ…」
そもそも殺し合いに卑怯となどという考えは存在しない。殺すか殺されるかなのだ。
敵に殺された後で、相手を責めてもしかたがない。負け犬に等しい行いだ。
いつも戦いに万全の準備ができるとはかぎらない。しかしできることは全て実行せねばならない。
それをしなかったから、エンマたちは負けるのだ。
エンマたちのパーティーの一人がつぶやいた。
「負けだな。俺はもう戦いから降りる」
持っていた剣を投げ捨てる。
他のパーティーたちもそれに続く。それぞれが持っていた武器を投げ捨てる。
そして闘技場の出口へと歩き出す。
「まだ負けたわけじゃない! 剣を取れ!!」
エンマが大声を張り上げる。
しかしパーティーの戦意は戻らない。
「エンマ。確かにあんたには世話になったし、金ももらった。強いし、頼りになる。だけど必ず負ける戦いをするほど、俺たちは馬鹿じゃねぇ」
「あんたもこんな戦いはさっさと終わらせな。これでシャブリエの旦那もこれで落ち目になるだろうよ」
そう言い捨てると、エンマ以外のパーティーは闘技場から姿を消した。
エンマは歯ぎしりするが、もはやどうしようない。
かすかに手が震えている。
冒険者が戦うのは、あくまで金のためである。それ以上でもそれ以下でもない。
必ず負ける戦いをするほどの義理など存在しないのだ。
命をかけるほど強いきずなで結ばれているパーティーもいる。しかしそれはほんの一握りである。私の所属していたパーティーがそうだったように。
これで1対2。
この戦いの勝ちはもうすぐそこだ。
これで冒険者ギルドはシャブリエのものにはならない。
最低でも大幅にこちらの条件を飲ませることができる。
ムラサキが私のそばまで来た。
「ムラサキ。よくやった。もう戦いは勝ったも同然だ。しかし最後まで気を抜くな。傷ついたモンスターが一番恐ろし…」
いきなりムラサキが土下座した。
そして言う。
「あるじ様。お願いがあります。どうかあの女と1対1の決闘をさせていただけませんか?」
は?
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