第三話 神たる龍
メイスをゴブリンの頭に振り下ろす。
グシャという音とともに、ゴブリンの頭が破壊される。そしてゴブリンがゆっくりと地面に倒れる。
私は周囲を見渡す。森のあちらこちらでゴブリンの死体が転がっている。
もはや戦闘の音は聞こえない。
緊急クエストは冒険者ギルドのほぼ全員が受けなければならない。
今回のクエストには100人以上が参加している。Bランクの冒険者達も参加しているらしい。
だからゴブリン程度に負けるはずがないのだが、それでも小さく安堵の息を吐く。
戦いとは誰が相手だろうと恐ろしいものだ。
隣で戦っていた中年の冒険者が声をかけてきた。
「あんた、ギネスだっけ? 噂とはだいぶ違うな」
私は戦闘スキルが一切使えないとはいえ、健康な男ではある。メイスを振り回すことくらいはできる。
そしてゴブリンは最弱のモンスター。下手をすれば一般人でも勝てるモンスターだ。
中年の男の足元には、私よりもはるかに多いゴブリンの死体が散らばっていた。
「それは嫌味か?」
「俺はBクラスの冒険者で前衛だからな。そりゃあ、あんたに負けるはずがないだろうよ」
男は苦笑しながら、布で剣に付いた血をぬぐっている。
「俺が言いたのは精神的な話さ。噂ではゴブリンからも逃げる臆病者って話だが、そうではないらしいな」
私に話しかけるとは、この中年の男も相当な変わり者らしい。
名前は知らない。この男も街の外からきた冒険者なのだろうか?
いずれにしろゴブリンと戦ったくらいで、勇気があるとは思って欲しくはない。
新人からSランクまで、冒険者全員がその条件に当てはまるのだから。
「よし! ここのゴブリンは倒しつくした! ドラゴンのいる洞窟へ行き、Aランク冒険者を救出するぞ!!」
冒険者のリーダーが声を張り上げる。
無駄な話はここまでだ。
ドラゴンの住む洞窟は火山の中にある。
だから洞窟は常に蒸し暑い。深い階には溶岩が直接流れているところもあるらしい。
モンスターは火属性が多い。
特にドラゴン。このモンスターが好む条件がすべて揃っている。
「ちっ! 暑いな。俺は暑いのは苦手なんだよ」
また先ほどの中年の男が話しかけてきた。
やはり変わり者だ。
「防壁作成スキル発動」
私は使える唯一のスキルを発動した。
中年の男の前に、透明な薄い壁が現れる。
「おっ! なんだこりゃ? 涼しいじゃねぇか!」
「防壁に氷属性を付与した。もっとも防壁といっても大した魔力は込めていないから、簡単に壊れる。氷の壁が目の前にあると思ってくれればいい」
固いだけが防壁の性能ではない。
モンスターが苦手とする属性を付与することで、より防壁を突破されにくくすることができる。
これはその応用だ。
中年の男はしきりに感心している。
「お! 俺が動くと、ちゃんと壁も動くじゃねーか! すげぇな!!」
私の見える範囲なら、ある程度は防壁を自由に変化させることも可能だ。
逆に見えてない範囲では、防壁を作ることも維持することも不可能。つまり目の前の攻撃にしか防壁スキルは使えない。
もしそれができたのなら一人ぼっちにはなってなかっただろう。
「なぁ。オレにもそのスキルかけてくれないか?」
「私も! 私も!」
その話を聞いていたらしい周りの冒険者たちも、防壁スキルを欲しがってくる。
大したことはしていないのに、意外な展開である。
結局100人以上の冒険者、全員が涼しく感じられるような大きさの壁をはることになった。
魔力そのものはいくらでもあるし、どうせ本格的な戦闘になったら私は戦えない。後ろの方で他の冒険者を支援するだけだ。
いつもの通りの役立たず。
戦闘が始まれば、きっとそう思われるに違いない。
それでもほんの少しだけでもいい、状況が良くなるきっかけになってくれれば。
「驚いたよ。防壁作成スキルにこんな使い方あるなんて。俺はただ壁を張るだけのスキルだと思っていたぜ」
中年の男が感心したように言った。
「私はこのスキルしか使えない。だから徹底的にこのスキルを研究した。属性付与はその成果だ」
「はー。それでもすげぇや。もしあんたさえ良かったら俺と…」
その時、洞窟全体がまるで地震が起きたかのように振動した。
凄まじい音と共に小石が降ってくる。
ここは火山の中なので、たまにこういったことが起きることがある。冒険者は慣れているので、戸惑ったりはしない。
「何か言ったか?」
「いや、話はこの緊急クエストが終わってからだな。とりあえずは目の前のことに集中しようや」
それきり中年の男との話は終わった。
Aランク冒険者が行方不明になったのは、この先だろう。
ここからは気を抜くわけにはいかない。
洞窟を進むにつれ、私はたまらなく嫌な感じを受けるようになっていった。
モンスターが一匹もでないのだ。
この洞窟はモンスターにとって住みやすい場所。普段なら大量のモンスターが襲ってくる。
それが一匹もいないとは。
どこかに隠れている? もしくは……逃げ出した?
あり得るのか? そんなことが。
私も一応はSランクのパーティーの一員として沢山のモンスターと出会ってきたが、こんな経験は一度もない。
知性のないモンスターでさえ本能的に避けるほどのことが、この先にあるとでもいうのか。
冒険者のリーダーも当然それに気が付いている。だが撤退の決断を下せない。
まだ私たちは何もしていないからだ。
これは緊急クエスト。ここで撤退すればギルドの名が傷つく。
決断を下せないまま、私たちは洞窟の先へ進む。
それが
命取りになった。
突然、心の中に声が響いた。
<人間の増援か。面倒だな>
誰もが戸惑う。声ではないのだ。
直接心の中に語りかけられるなど、経験したこともない。
目の前の岩の壁が消失した。
わずか一瞬で人間が住む街にさえ匹敵する質量が消え、その先の洞窟の光景が見えるようになる。
いや消えたのではない。壁の断面から、白い炎が揺らめいている。
岩の壁を焼き切った? 白い炎? どれだけの魔力が必要なのか?
どれ1つとして答えがでない。
私たちは一歩も動けなかった。
洞窟の先に巨大なドラゴンの姿が見える。
全身が白く輝いている。
その瞳には深い知性が宿り、凶暴さどころか気品すら漂う。
もしもこの世界に神が存在するのなら
こんな姿をしているに違いない。
そう思わせられる姿であった。
私はこんなモンスター、見たことも聞いたこともない。
いや、思い出した。
子供だった頃、母親に読んでもらった絵本にこの姿を見たことがある。
おとぎ話の住人。
神龍。
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