第二十三話 夜のひととき
ここに一冊の絵本がある。
勇者が魔王を倒す物語。
この国の人間なら、誰でも知っている物語だ。
内容はありふれたおとぎ話。
普通の農民だった勇者はある時、神から聖剣を授かる。そして魔王を倒す旅に出る。
旅の途中で三人の仲間に出会う。大賢者、剣聖、そして聖女。
勇者たちパーティーは苦労のすえ、世界の敵である魔王を倒す。
子供のころ、両親によく読んでもらった。
勇者に憧れない子供はいない。永遠に語り継がれるだろう物語だ。
とはいえ大人になってからは絵本を読む機会はなかった。
それを今になって、隅から隅まで読みなおすとは思いもしなかった。
「防壁作成スキル発動」
手のひらに収まるような小さな防壁をはる。
神龍は言った。このスキルは勇者と同じもの。しかも勇者も戦えない男と言われていた……と。
しかしこの絵本のどこにもそんなことは描かれてはいない。
ただひたすら勇者が聖剣を振るい、魔物を倒す様子が描かれている。勇者が防壁をはる場面など存在しない。
遠い昔の話だ。物語は少しずつ変わってしまったのだろう。
私自身がスキルの参考にできるところは、もはやどこにも残っていない。
それに今は時代も違う。
神も聖剣もなく、魔王さえいない時代だ。
あるのは勇者という称号だけ。
それはSランク冒険者の頂点であるという意味でしかない。
人格も絆もそこには存在しない。
今の時代に世界を救う勇者は、決して現れないのだ。
たとえその人間が最強であっても。
それでも私は希望を捨てたくはない。
神龍と会う前は、このスキルなど大したものではないと思っていた。
防壁をはるだけのスキルだから。周囲の人間もそう評価していた。
私は戦えない。
しかしスキルの可能性は無限にある。
そう神龍は気づかせてくれた。
人数では世界を救った勇者には遠くおよばない。
だがそれでも、私にも人を助けることはできるはずなのだった。
窓の外をみる。
満点の星がきらめく夜空が広がり、大きな月がぽっかり浮かんでいた。
あの月だけは勇者が生きてきた時代と変わらないに違いない。
さて、このスキルをどう伸ばそうか?
そう思う日が再びくるとは。
まるで冒険者になりたての頃に戻ったようだ。
廊下からバタバタと足音がして、扉が乱暴に開いた。
ムラサキが部屋に入ってくる。
汗びっしょりである。
ムラサキは暇さえればカタナの稽古をしているが、今日は特にひどい。
「あるじ様、昼間は取り乱してしまい申し訳ありませんでした。ようやく邪念は晴れました」
ムラサキが土下座しようとするのを、急いで止める。
最近はムラサキの土下座を止めるのにも慣れてきた。
どうしたら土下座癖を治せるのかは、未だにわからないが。
ムラサキは昼間に買った服を着ている。
それでも黒い髪と目を持っているため、外国人であることは隠せない。
しかし、ドレスを着るのが邪念とは。
笑えるじゃないか。
「邪念ではないだろう? 若い女性なら、ドレスを着ることに問題はない」
「邪念です! サムライとはカタナの道に生き、極めるのです! そのためにはドレスなど、もっての他です!!」
ムラサキが叫ぶ。とてつもなく真剣な表情だ。
私の知るかぎり、サムライとは人間を超えることを目標にしている。
全ての感情と欲望を捨て去り、一本のカタナとして生きる。それがサムライの理想。
だが現実のムラサキはちょっしたことですぐに感情的になる。
すぐ土下座したり、ドレスを着させようとしただけで逃げ出したりする。
その姿はどこまでも感情的だ。
たぶんムラサキも理想と現実の間でもがいているのだろう。
私と同じように。
心が通じる仲間がいるというのは、こんなにも心強いものなのか。
私は言う。本心から。
「ムラサキ。君に会えてよかったよ」
「なっ!?」
ムラサキはみるみる真っ赤になり、カタカタ震えだす。
そして乱暴に立ち上る。
「まだまだ邪念が晴れません! もう一度、カタナの稽古にいってまいります!!」
そう言うと、すごい勢いで走り去ってしまった。
私は我慢できず、声を出して笑いだす。
悪くない夜だった。
月を眺めながら、酒の一杯でも飲みたいような気分だ。
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