第二十二話 買い物
ディックたちのパーティーは陽気に去っていった。
彼らの言う通り、もう一度会える可能性は限りなく低いだろう。
しかし彼らと会ったことで、ほんの少し胸が軽くなったような気がする。
私は一人の冒険者にすぎない。できることには、やはり限りがあるのだ。
ディックたちはそれに気づかせてくれた。
ムラサキは腕を組み、彼らの後ろ姿をにらんでいる。
「思わず笑ってしまいましたが、あるじ様への恩を返さないまま去るとは。まったくひどい奴らですね!」
「そうか? 私は別に気にしないが」
ムラサキは妹への恩から、私の仲間になっている。
恩を返すということは、サムライの最も大事な価値観らしい。
ムラサキと暮らすうちに、少しはサムライについて理解してきた。
「あるじ様がどう思うかなんて関係ありません! 自分が自分をどう思うかです! あの人たちはサムライ失格です!」
そりゃ、彼らはサムライではないだろう。というかこの街でサムライはムラサキ、ただ一人だけだ。
サムライには死に方に美しさを求めるようなところがある。常に死に向かい合っているのだ。
だが冒険者は違う。生き残るのこそ最優先だ。生きてこそ明日がある。
サムライは生き方そのもの。冒険者はあくまでも職業。
「そうはいうがな、彼らがサムライになったら、とっくにモンスターとの戦いで死んでいるぞ。サムライの生き方は、この国の人間が実行するには難しすぎる」
効率的な生き方は、人によって異なる。幸せが人によって異なるように。
私はそれがどんなに弱くみえようとも、否定しようとは思わない。
ムラサキは黙り込んでしまった。
サムライを責めたいわけではなかったのだが。
話題を変えることにしよう。
「いずれにしろ、今は私たちに打てる手はないな。無理に動くとギルドや他の冒険者に迷惑をかけることになりそうだ」
「それでは妹の敵討ちをあきらめると?」
ムラサキが不満げに私をみる。
「いや、あきらめはしない。だがギルドの中央部も暗殺の黒幕を追っているらしい。その結果を待っても遅くはないだろう」
「わたしは自分の手で決着をつけたいのですが…」
ムラサキはそう言うと、下を向いてしまった。
どうも私だけでなく、ムラサキもかなり視野が狭くなっているらしい。
こういう時は経験上、何をやっても失敗する。
気分転換が必要なのかもしれない。
その時、ムラサキの服が目についた。
清潔だが、古びた服。ムラサキはいつも同じ服を着ている。
「そうだ。今日はお前に服を買ってやろうか」
「へっ!? 服!?」
ムラサキは驚き、困ったような声を出した。
それでも私はムラサキの手を引き、歩き出した。
多くの店が立ち並んでる通りをムラサキと歩く。
「あのぉ…ですね、あるじ様。わたしには服など必要ありません。買ってもらわなくても結構です」
「ムラサキ。お前は服を2着しか持ってないだろう? 靴は1足だけだ。その他の持ち物はカタナだけ。いくらなんでもそれでは足りない」
冒険者はずっと同じ街に住むことは少ない。モンスターの発生状況などにより、数年ごとに移動するのが当たり前だ。
だから街に住む人間に比べて、持ち物はずっと少なくていい。
だが、ムラサキの持ち物はいくらなんでも少なすぎる。
そもそも服が2着では、破れた時にはどうする気なんだ?
「クエストの報酬を半分渡しているだろう。私に言われずとも、その金で服や靴を買えばいいだろうに」
「サムライにとって、贅沢は敵なのです。全ての欲望に打ち勝ち、カタナと一体なる。それがサムライの奥義なのです」
その信条のわりに、時々食欲に負けている気がする。それはサムライとしてどうなのだろうか。
もちろん、そんなことは間違っても口には出さないが。
「いただいたお金はそのまま取ってあります。あるじ様が冒険者を首になった時に使おうと思います」
ムラサキが胸をはる。
嬉しいような、全然嬉しくなような。
なんとも複雑な気分だ。
服を売る店がみえてきた。
あの店は他の冒険者たちもよく通う店だ。服だけでなく鎧なども売ってるのが素晴らしい。
「あるじ様。本当に行くのですか? わたしには新しい服など、もったいないですよ」
たかが普通の服を買うだけで、なぜそんなに遠慮するのか。
ちょっとよくわからない。ニホンという国は買い物は悪だという法律でもあるのだろうか?
「あのな、ムラサキ。パーティーの仲間があまりにボロボロの服を着ているとしよう。そうすると他の冒険者からどうみえる? 私が報酬を一人占めしてると思われるだろう?」
「ううっ…」
さすがにその言葉には反論できないらしい。
ムラサキはしぶしぶ私の後ろを歩いてくる。
店に入るなり、店主が大声を上げた。
「いらっしゃいませ! 今日はいろいろとお安くなっておりますよ!」
私たちの他に客はいない。この店の客は冒険者が多い。
ギルドが閉鎖された影響がこの店にも出ているのだろう。
服や鎧、それと数は少ないが剣などが並べられている。
値段はそれほど高くないものが大多数だ。
「この女性が着る服が欲しい。適当に5着ほど頼む」
私は男の服や鎧にはくわしい自信がある。だが女性用の服に関してはさっぱりである。
とはいえ今欲しいのはただの普段着。店主に任せてもかまわないだろう。
本当はムラサキ自身が選ぶべきなのだろうが。
それはまだ先の話だろう。
「ほう。美しいお嬢さんです。この街でも1,2番を争うくらい! 最高の服を選ぶことをお約束しましょう!」
「いや…あの…わたしは美人などでは……」
ムラサキが美しいのは、事実ではある。
しかしこの街の最高の美人かは意見が分かれる。
その見え透いたお世辞にムラサキは完ぺきに踊らされている。
本当にサムライがそれいいのか?
ふと、壁にかけられている服が目に入った。
豪華な服だった。真っ赤に染められており、背中が大きく露出している。
どう考えても普段着ではない。貴族が着ててもおかしくはないくらいだ。
「ああ、その服ですか。それは晩餐会用のドレスです。これからの冒険者は、ただモンスターを狩っていればいいものではないと私は思いましてね。それで仕入れてみたんですよ」
ふむ、確かに一理ある。
私はムラサキの方を向く。
そして言う。
「試しに着てみるか?」
その瞬間のムラサキの表情といったら……。
とても言葉では表現できない。
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