第二十一話 ギルドの崩壊
「ギネス君。君が謝ることなど、何もないよ」
頭を下げた私に向かって、ギルド長グラウコはそう言った。
穏やかな表情だった。真っすぐに私の目をみている。
「しかし…」
「君は命をかけて正しい行いをした。全ては儂の力不足が原因だ。マルクの本性を見抜けなかった責任は儂にある」
マルクとの戦いから数日がたち、冒険者ギルドは閉鎖状態に追い込まれてしまった。
現役の職員が暗殺に手を染めたということだけで特大の問題である。さらに所属する冒険者が多数かかわっていたとなると、ギルドの存続さえ左右するほどの打撃だ。
ギルドは信用の上に成り立っている。それがなくなれば、ギルドは崩壊する。
グラウコはそれらを隠し、問題がなかったことにすることもできた。
しかし、しなかった。問題を世間に知らしめることを選んだ。たとえ自分が責任を取らなければならないとしても。
「問題を起こしたものは罰を受けねばならぬ。それが権力を持つものなら、なおさらだ」
「見直しましたよ。ただの臆病ものではなかったのですね」
ムラサキが感心したように言う。
ギルド長相手に上から目線で評価してる。どうしてそんなことができるのか、不思議だ。
「儂やギルドのことを君が心配する必要はない。これでも君の倍近くの年を取ってるのだ。自分の失敗は自分で責任をとる」
私はあくまで一人の冒険者にすぎない。モンスターや犯罪者相手ならともかく、ギルドの運営に口を出せる立場ではない。
これ以上、私が頭を下げ続けるのもグラウコの誇りを傷つけるだけなのかもしれない。
それでも。
「私にできることは、本当にないのでしょうか?」
「ない。ギルドが閉鎖してもモンスターは消えはしない。報酬は後払いになってしまうが、君たちにはそちらの方を頑張ってもらいたい」
確かにモンスターは人間のいざこざとは関係ない。
そしてモンスターを狩るのは、冒険者しかいない。
だが、どうしても思ってしまうのだ。もっと良い方法があったのではないかと。
裏切りものがいるのは予想していたが、これほど多くの人間が関わっていたとは。
ギルドの腐敗は私が考えてたよりも、はるかに深刻なのかもれない。
底なしの闇が横たわっているようにすら感じられる。
冒険者の未来はどうなってしまうのだろうか。
「それよりも…だ」
グラウコが身を乗り出す。
「マルコに関する情報が未だにこない。上の方は手柄を独占するつもりだ」
この街に住む人間は誰も知らなかったが、ギルドの中央部は以前より冒険者の暗殺について怪しんでいたらしい。しかし証拠がなく、手出しできずにいた。
そのギルドの中央部にとって今回の事件は、ずっと望んでいた手がかりをもたらした。マルクから情報を吐き出させて、最終的には黒幕を捕まえるつもりらしい。
マルコと戦った次の日には、マルコ含め関わった人間を全て連れ去ってしまった。
そのせいで私たちは情報をほとんど得ることができないまま。
つまりこういう話だ。
ギルド内での暗い戦いはすでに始まっている。
「あるじ様がマルコを捕まえたのに、ひどい奴らですね。どうでしょう? 今から斬り捨てに行きませんか?」
「ムラサキ。やめろ。手柄が欲しくてマルコと戦ったわけではない」
それは本当だった。
マルコと戦ったのはムラサキの妹などの冒険者のため。
あるいは暗殺者に対する怒りのためだ。
決して報酬が欲しかったのではない。
「とにかく情報が届いたら、すぐに知らせよう。君にはそれを知る権利がある」
グラウコはそう言ってくれた。
自分の身も危ないはずなのに、私を心配してくれるとは。器量の大きい男である。
だが。
その望みが薄いことは、この部屋の全員が知っている。
ギルド長の部屋を出て、ムラサキと廊下を歩く。
数日前の賑わいが嘘のように静まり返っている。
クエストが受けられないギルドに通う冒険者はいない。冒険者がいなければ職員もギルドにくる理由はない。
ギルドの建物から出ようとしたとき、声がかかった。
「やぁ、ギネスさん。探しましたよ」
視線を向けると、5人の冒険者が立っていた。その親しげな様子から、この5人がパーティーを組んでいることがわかる。
彼らの顔だけは知っているが、言葉を交わしたことはない。
200人以上の冒険者が所属しているギルドである。全ての冒険者と親しくなるのは不可能だ。
かろうじて中央の冒険者の名前だけは知っている。ディックだ。
「俺たちはこの街を離れることにした。ギネスさんには世話になったからな。別れのあいさつをしようとな」
「そうか」
他の職業とは違い、冒険者は個人の強さあればどこでもやっていける。
危険と引き換えに自由がある。栄光をつかむのも、のたれ死にするのも自分次第だ。
「迷惑をかけてしまったな」
ギルドが閉鎖して、クエストが受けられなくなった。ギルドは後払いで報酬を払うといっているが、その保証はどこにもない。
この街を離れるのは、合理的な選択ではある。
周囲の仲間とともに、ディックは笑った。
「迷惑? 冗談じゃないね。俺たちは命を助けられたんだぜ。その恩を返さずにこの街から逃げるってわけだ。怒られることはあっても、謝れられることなんてありゃしねーよ」
「そうそう。あの龍と戦った時なんて、ディックの奴は小便をもらしやがってな」
「ちょ! お前! その話は秘密だって言っただろうが!」
ディックのパーティーは大声で笑い合う。とても楽しそうだ。
ムラサキも笑いをこらえている。
「まあ、この国は広い。ギネスさんとはもう二度と会うことはないだろうけど、あんたの名前は忘れねーぜ。いい噂をバラまいてやる」
私は他の冒険者に迷惑をかけたと思っていた。
でもそう思わない冒険者もいたらしい。
悪い冒険者もいる。しかし同時に、良い冒険者もいるのだった。
それは…未来への希望なのだろう。
「なんて顔しやがる」
ディックが苦笑しながら、近づてくる。
「ギネスさん。あんたは俺たちみてーな腐れ冒険者とは違って、Sランク冒険者にだってなれる器だ。いや、ひょっとしたらその上にさえ行けるかもしれねぇ」
ディックは私の前までくると、拳で私の胸を叩いた。
「でもさ、もっと気楽にやりなよ。いくら強くともやれることなんてたかが知れているぜ。世の中の悪いことは、ほんとんど他人の責任だよ」
そう言って、いたずらっ子のようにディックは笑った。
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