第二十話 暗殺者マルク戦④
「決め手ならある。今からそれを教えてやる!」
私は全力を込め、メイスを振り切った。
マルコは透明化スキルを使っているため、見えない。
見えないが、大きく態勢を崩すのがメイスごしに伝わってくる。
普通の戦闘において、みえない敵を突き飛ばすのは愚かな行為ではある。
敵に隠れる時間を与えるからだ。
だが、もはやそんなことは関係ない。
私は叫ぶ。
「ムラサキ!! 部屋の扉を斬り裂け!!!」
「なんだと!?」
マルコや私たちを取り囲んでいる冒険者たちに、動揺が走る。
それはそうだろう。この部屋の中には即死の罠がしかけてあるのだ。
そして私はそれを看破し、部屋に入らないと宣言した。
それなのに、わざわざ扉を開けるようなことは敵の予想外だったらしい。
お前らに使えない罠なら、私たちが利用させてもらう。
罠そのものには敵味方の区別などない。近づく人間を殺傷するだけだ。
「了解しました。抜刀スキル発動!」
一瞬の迷いさえなく、ムラサキが抜刀する。
ムラサキの抜刀スキルはSランク冒険者にも通用する。ギルド職員や低ランク冒険者では、その発動を止められない。
ムラサキのカタナが高速で抜き放たれる。
次の瞬間、扉に幾筋もの線が走る。そして扉は細切れになって崩れる。
部屋の中身が丸見えになる。
それをみた冒険者たちは戦いを放棄して、慌てて逃げようとする。
だがもう遅い。
これまでの戦いから、この即死の罠の中身を知ることができる。
敵は私の能力を知っている。その上で即死する罠となると、初めから選択肢は限られてくるのだ。
私の防壁スキルは一面だけではあるが、あらゆる攻撃を完璧に防御できる。だから待ち伏せや落とし穴などは意味をなさない。
部屋に入った瞬間、最低でも私の意識を落とさなくはならないのだ。
その条件を満たす罠は、爆発か毒しかない。
だが爆発は暗殺に向かない。目立ちすぎる。
誰かに気づかれた時点で、暗殺は失敗だ。
となると残りは毒しかない。
しかも確実に私たちを殺せるように毒を仕込まなければならない。
さらに思考を続ける。
マルコが私たちから離れようとしたこと。そして襲ってきた冒険者たちがまずは距離を取ろうとしたこと。それらから推測すると、その毒は無差別に人間を襲うようだ。
そこで推測は確信に変わる。
部屋の中には毒の霧が充満している。
それがマルコのしかけた罠の正体だ。
私たちが部屋の中に入り、一呼吸しただけで死ぬように。
これなら誰にも気づかれないし、後片付けも楽だ。
私たちの暗殺に使うには、まさにうってつけ。
そうだろう? マルコ。
私はムラサキを腕を掴み、引き寄せる。
毒で苦しむのは、マルコたちだけで十分だ。
「防壁作成スキル発動!」
私は目の前に防壁をはる。
そして風属性を付与する。
他の属性付与と同様に、これも大した能力はない。
ただ風を作り、流すだけ。
人を傷つける力などまったくない。
しかしこの場面では極めて有効。
毒の霧から私たちを守り、敵に送り込むことができる。
「すごい」
胸の中でムラサキが小さくつぶやいた。
その賞賛は受け取れない。
こんなものは褒められるようなことじゃないのだ。
殺さなければ殺されていた。相手は紛れもない悪人である。
ここで倒さねば、これからも冒険者が殺されていただろう。
理屈は通る。
だがそれでも、人殺しの技術など褒められてたまるものか。
廊下は地獄と化していた。
毒の霧が充満し、冒険者たちが血を吐きながら倒れていく。
今さら防御スキルを使おうとするものもいたが、スキルを宣言する途中で大量の血を吐き出す。
意表を突かれ、対処が遅れている。
スキルを用いた戦いでは、それこそが生死を分ける。
スキルは言葉にしなければ発動しない。
その意味でも、この毒の霧は即死の罠と呼ぶにふさわしい。
おそらくこの国の法律で禁止されているほど、強力な毒。
ギルド職員であるマルコだからこそ、手に入れることができたのだろう。
毒の霧が消えた時、もはや戦える敵は残っていなかった。
冒険者たちは血だまりの中、倒れたまま動かなかった。
生きているのか死んでいるのかもわからない。
しかし毒の霧が充満している部屋とは違って、流れた霧を吸っただけである。まだ生きている可能性はある。
私は防壁スキルを解除し、ムラサキに言う。
「ムラサキ。下の階に行って、人を呼んできてくれ。私たちでは回復スキルは使えない」
「しかし…」
ムラサキはマルコの方をみる。
廊下の壁に寄りかかり、マルコが立っていた。
ただ一人だけ意識が残っている。
だがもはや生きてるのが不思議なほど、ボロボロな姿だった。
血を吐きすぎたため、顔色が真っ白になっている。 呼吸すらも苦しいらしく、血を吐きながらせきをしている。
そして、うつろな目で私たちをみている。
「もはやマルコに戦闘能力はない。できるだけ多くの人間を生かして、情報を聞き出したい。だからムラサキ、頼む」
「わかりました」
ムラサキはうなずくと、廊下を走っていく。
もう数分で仲間たちがここにくるだろう。
この殺し合いは、それで本当に終わりだ。
私はマルコと向かい合う。
戦闘能力は失ってても、警戒は解いてはならない。
敵の増援がくる可能性もゼロではない。
マルコが投げやりな調子で言う。
「まいったなぁ。まさが僕の策が逆に利用されとは…ねぇ。さすがギネスさんです。」
血を吐きながら、それでも笑う。
「でも、さすがの僕も拷問されるのは嫌だなぁ。拷問するのは好きなんですけどね。僕はもう終わりです。でも惨めにギルド職員として暮らすよりずっとましだと思いませんか?」
ギルド職員であるマルコには、自分の末路が手に取るようにわかるのだろう。
冒険者にかぎらずどんな世界でも、仲間殺しは最後的に死刑になる。
「拷問されて死ぬのは、嫌でしてね」
マルコは一本のナイフを取り出す。
そして自分の喉に当てる。
「どうせ冒険者なんて、どいつもこいつも人でなしばかりです。それはあなたも同じ。先に地獄で待ってますよ」
マルコは笑い、ナイフを引こうとする。
それでマルコは死に逃げられる。
だが、そうはさせない。
「お前のような人間には、自殺する自由さえ与えるつもりはない。防壁作成スキル発動」
マルコの喉に薄い防壁がはられ、ナイフがそれ以上食いこめなくなる。
「…っ!?」
「私のスキルの制約は、守るために使わなければならない…だ。その制約さえ守れれば、誰にでも防壁をはることができる。たとえそれが敵でもな」
「ハ、ハハッ。ひどい人だな」
マルコは喉を斬ることを諦め、今度は腹を刺そうする。
何がなんでもここで死ぬつもりだ。
私はマルコに近づきながら、左手の拳を握りしめる。
そしてマルコの全力で顔を殴りつけた。
グシャっとマルコの顔が破壊される音がする。
マルコが吹き飛び、廊下に転がった。
もう動かない。
死んではいないが、意識を失ったようだ。
私は神官ではない。冒険者だ。
人間のクズに優しくはできないし、するつもりもない。
ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。
どうかよろしくお願いします。




