93話目 修学旅行最終日 おかえりなさい!
お家に帰って「おかえりなさい」されるだけの話です。
ワゴン車の後部座席に荷物(お土産九割)を放り込み、光の運転で車は聖家へと出発した。
剣は助手席に、中列の中心に燕のチャイルドシート。その左側に梓が、右側に桜がそれぞれ座っている。
「兄様!旅行はどうでありましたか!?何頭鹿を狩られましたか?」
「開口一番それかよ……一頭も狩ってねえっての……いや、まあ……あれはカウントしていいのか?頭に角は有ったし、生物学的には近……く無いか」
鹿ではなく、山羊っぽい悪魔なら仕留めていた。
「その歯切れの悪い言い方……成る程!名状しがたい某かを屠ったのでありますな!」
ファンタジーに抵抗の無い桜は、とても察し良く理解が速かった。
「あ~うん。それでいーや。ところで桜、そのコスを選択した理由は?」
「これはですな……」
桜がチラッと光に目配せすると、光が代わって説明を始めた。
「私がね、コスプレでお迎えしたいなら、現実離れした格好は恥ずかしいから駄目って条件付けたのよ……それで、セーラー服だったから許可したんだけど……燕のチャイルドシートのロックを解除している隙に、何処に隠していたのかウィッグと鉢巻きとグローブをあっと言う間もなく装着して……」
光姉さんは、桜のコスプレ根性にしてやられてしまったのであった。凄く脱力感に包まれているが、運転中なのでハンドルは手離さず安全運転第一で前を見据えている。
「お姉ちゃん、さっちゃんはこうだから仕方無いよ。寧ろ良くやってくれたよ……」
「そうだよ姉さん。ギリギリ職質されないレベルの、日本人的に常識の範囲内に収まってるコスプレだから……多分、年齢的に許される……筈」
「……私がやったら……完全アウトだけどね~」
「そうゆう意味で言ったんじゃないんだけど……」
少しネガティブになっているのか、光は被害妄想が強くなっている。自分が心配させてしまったせいもあるかもと、剣は珍しく言葉を詰まらせてしまった。
「それでさっちゃん、セーラー服なら他に幾らでもキャラがいる中で、どうしてJK格闘家に?」
そこに梓が自然に話題転換を計った。ナイス嫁である!
「大した理由ではありませぬが、名前が同じなので周囲の反応から目立って、御二方に見付けて貰い易いかと!そうなると医療忍者は髪色が派手ですし、光姉様の前で国民的魔法少女はやりたくありませぬし……冬木在住の方も捨てがたかったのでありますが……兄様がまかり間違ってワカメ扱いされるのは我慢ならんかったのであります!」
「解ったから落ち着け。燕がキョトーンしてるぞ」
「そうだよさっちゃん、私もあのワカメは全ルートで死すべしと思っているけど、ばめたんが食べる方のワカメに苦手意識を持ったら大変だからね。ミネラル豊富なんだから!」
「風向きが逆風!しかしながら……兄様と梓姉様との会話……やっぱり楽しいのであります!」
「ばめも!ばめもたのしー!」
ややありながらも、車内は賑やかな雰囲気のまま聖家に到着したのであった。
剣が車から降りるとほぼ同時に聖家の玄関が開け放たれ、剣の愛犬であるこだちが嬉しそうに駆けてきた。「御主人様、おかえりなさーい!」とでも言いたげに、尻尾をブオンブオン振り回している。
剣はこだちを屈んで迎え入れ、しっかり抱き締め頭を撫でてやると、こだちは目を細めて飼い主との久々のスキンシップを堪能するのであった。
その様子を、玄関を開けてくれた小町が苦虫を噛み潰したような、苦々しくむくれた表情で眺めていた……
この四日間、小町はしっかりこだちのお世話をしていたのである。朝晩の散歩は言うに及ばず、食事も毎回自分が用意したし、シャンプーもしたし、さっきまでブラッシングをしていたのである。なのに……車が帰ってきた途端、剣の気配を察知したのか、いてもたってもいられず玄関まで走ってゆき、ドアの前でハッハッと息も荒くウロウロし始めたのである。そして……
「……おかえりなさい」
不機嫌な仏頂面こまたんの完成である。
「こまたん……なんとな~く気持ちは察したけど、三日振りに帰ってきた出迎えに、そのお顔はお姉ちゃんどうかと思うの……」
困った感じに苦笑いで苦言を呈する梓。とてもしっかりお世話してたんだね?なのに、飼い主には遠く及ばなくて悔しいんだね?解るよ~……と、しっかり心情を見透かされ、たっぷり同情されてしまって、益々意固地に拗ねた表情を強めてしまうのであったが……
「小町、ありがとな。こだちがこんなに元気で毛艶が良いのは小町がちゃんと世話してくれたからだ。これだけやってくれるなら、安心して任せられるよ」
剣がそう言って小町の頭を撫でると、小町は無言のまま顔を真っ赤にして俯くのであった。
「べ、別に褒められたくなんて……」
自分の気持ちを素直に表現出来ないお年頃の小町であるが、その背後に双子の小悪魔が迫っていた。
「だけど、褒められると嬉しい~」
「妹は思春期ツンデレ~」
歌うように、踊るように、ミュージカル的な振る舞いで小町をからかう翼と希。
そして二人で社交ダンスのように密着しながらくるくる回り……ピタッと止まると声を揃えて。
「「おに~ちゃん、梓ちゃん、おかえりなさい!」」
そこそこに大袈裟な出迎えであった。
「ああ、ただいま……てか、ツッコミ所が満載なんだが、取り敢えず……それ以上小町を煽るな」
小学校では凛々しく高潔なイメージの生徒会長キャラを貫いていても、家では弄り甲斐のある反抗期なツンデレ妹扱いされてしまうのが小町である。翼と希にからかわれた上に、剣に庇われてしまった為、余計に悔しさを増してワナワナ震えるのであった。
「も~、つばぞみってばこまたんを可愛がり過ぎだってば!気持ちは分かるけど、こまたんは普通の娘なんだから、やり過ぎちゃメッ!だよ!」
「確かに、反省」
「一番弄れる妹なので、つい」
梓に嗜められ、素直に謝る双子。双子が小町をからかってしまうのは、小町の感情表現が素直で多彩だからである(同じ意味で遥も弄られる)。桜には何をしても大抵御褒美に成り、実鳥は過去が過去だけに精神的ストレスを与えると洒落にならず、燕に対して悪戯すると……家族全てが敵になるので、双子が小町をからかうと、つい、過剰になってしまうのだった。
「うむ。解ればよかろう!それはそれとして……格好がエロい!」
現在の双子の服装は、翼は白、希は黒の色違いで、全く同じ衣服を纏っているのだが、エナメル質感の上下セパレートのヘソだしルックで、ノースリーブでショートパンツなビキニの水着さながらの露出度である。
「これ、新曲用の衣装」
「天使と悪魔的なイメージです」
二人並んで、誇らしげに胸を張る双子。
「いや、お前らだと夢魔か淫魔にしか見えねぇけどな。その格好でライブするのかよ……」
「流石はお兄ちゃん、ズバリな指摘」
「我々の容姿を活かした、見事なビジュアル戦略でしょう?」
また、変なファンが増えそうでヤダな~……と、剣は実に〝うげぇ〟な呆れた表情をするのであった。
「翼姉様!希姉様!実にエロ可愛くけしからんお姿なのです!フィギュア化されたら、是非二体並べて飾りたいのです!」
剣と対照的に、欲望に忠実な桜は大絶賛である。興奮してブンブン腕を振り回すので、お土産に貰った木刀が空を引き裂き、リアルにブンブン音がしていて危なっかしい。因みに、木刀の柄に刻まれている地名は〝嵐山〟である。病院に担ぎ込まれて行くことが出来なかった剣の無念が込められている。
「桜姉さん危ないってば……その格好だと、昭和のスケバンみたいでヤバイから……」
セーラー服に鉢巻きと木刀……確かにン十年前の不良女学生がイメージ的にしっくりくる。朗らかな笑顔がなんともミスマッチであるが。
「スケバン……ボク的には、ヨーヨーのイメージが……」
「そのイメージ何処から?」
桜が世代間ギャップに「ぐふぉ!」している間に、剣と梓は双子に背中を押され、リビングへと歩を進めるのであった。
「お~!梓ちゃん、剣、おかえり~」
「あ!パパりん、たっだいま~!」
「ただいま父さん……父さんに「おかえり」言われるなんて、一体どんだけ振りにだろうか……?」
「そうだなあ……何年振りだろなあ?」
普段、家に居ても寝ているかアトリエに籠って創作しているかのどちらかで、敏郎がリビングでのんびりしている事は滅多に無い事である。
「それで剣、お土産は!?」
「……父親が家族で真っ先に催促すんな!」
「パパりんが、家で一番お子様だよね~」
仕方無く、剣と梓はリビングに荷物を降ろして荷解きを始める事にした。そこに、エプロン姿の実鳥と美鈴がやって来た。
「剣さん!梓さん!おかえりなさい!」
「二人ともお帰りなさい。倒れたって聞いたけど……無事に帰ってきてなによりだわ」
二人はキッチンで夕食の準備をしていたらしく、エプロンを着用しているのはその為であった。
「ただいま、実鳥ちゃん。美鈴さん。遥は……今日もバイト?」
「はい。でも、もうすぐ帰るって、さっきメールがありましたよ……この頃疲れ気味で、勤務時間を短縮してもらってて」
「あ~、例の……苦労してんな遥も」
遥を一方的に慕っている後輩がストーカー化している件は、どうやら現在進行形らしい。聖家の人間は、どうにも変なのに好かれてしまう宿命なのかもしれない……
「ま、土産でも食って、元気になってもらわないとだな」
「あ!そうだわ剣くん!お土産に漬け物買ってきてくれてるわよね?」
「ええ、梓と土産屋で試食して、千枚漬けを中心に……欲張って十種類程」
それを聞いて、ほんわ~な笑顔を浮かべる美鈴。既に光とも相談していて、夕食はお土産の漬け物をメインに据える事にしていたのである。
「流石剣くんと梓さん!期待を裏切らないわね!」
「はは……ま、俺達も食いたいと思ってましたから。あ、この袋です」
剣から漬け物の入った袋を受け取ると、美鈴はキッチンへと戻っていった。車庫入れを終えて戻ってきた光もその後に続いて夕食の準備に取りかかった。
リビングでは引き続き、お土産の仕分けが続いている。
「えっとこれは……つばたんとぞみたんのリクエストの扇子ね。私が選びました!」
翼には大きく翼を広げた鳳凰が、希には夜空に煌めく天之川が描かれた、各々の名前に準えた扇子が手渡された。
「梓ちゃんのチョイス、いいセンスしてる。とても雅」
「とても粋、敢えて言う。扇子だけにと!」
二人はとても気に入った様子で、扇子を広げてニヤけた口許を貴婦人の如く隠して遊んでいる。
「これは、燕にだな」
ペンギン柄のスポーツタオルを貰った燕は、ソレを身体に巻き付けてソファーの上をゴロゴロして喜びを表現した。大好評のようで、剣は安心して胸を撫で下ろした。
「こまたんのは……色んな所で買ったからね~。改めて見るとコラボしまくってるよね~。大仏でしょ、たこ焼でしょ、太閤様でしょ、新撰組でしょ、十二単でしょ、茶摘みでしょ……」
買い物袋の各々から出てくるストラップ。その数の多さに、頼んだ小町の方が驚いている。
「こんなに!?一個で良かったのに……あ、ありがと……」
貰った中には、小町的に微妙なデザインの物もあり、少し苦笑いしている物もあった……大仏とか。
「えっと……これは遥用の御守りの詰め合わせで……実鳥ちゃんにはコレな」
「これ……巾着袋ですか?可愛い……」
薄い翠の布地に蝶々と花の模様の巾着は、実鳥の趣味に合ったみたいで、嬉しそうに巾着を抱き締めている。
「はるるんにも色違いで同じ巾着買って来たからね~。これから夏祭りとかで浴衣を着ることあるし、丁度良いでしょ?」
「はい!凄く気に入りました!」
その他にも細々した物やお菓子等、広げられた土産を前に談笑している内に、最後の一人が帰ってきた。
「ただいま~……あ、梓と剣帰ってたんだ……おかえり……」
「……覇気が薄いよ?はるるん!?」
「どんだけ消耗してんだよ遥……」
心なしか、四日振りに会った遥は剣と梓からはやつれているように見えた。
「……遥、これ京都で知り合った自称陰陽師から貰った呪い避けの札だ。持ってるだけで精神と肉体疲労の回復効果があるらしいから、取っといてくれ」
勿論、自称ではなく本物の陰陽師が作った、微弱ながら本当に効果のある本物の呪符である。
「お?……まあ、気休めでも嬉しいよ。いや……マジで……」
「はるるんが、けんちゃんに素直過ぎる!何がどうしてそうなった!?」
梓だけでなく、実鳥と、よく分かっていない燕を除く妹全員が驚愕し大きく瞳を見開いていた。
その光景を見て、剣は誰にも聞こえない小さな呟きを漏らしていた。
「遥は俺より、厄介な戦いをしてたのかもな……本当、殴って解決する問題って大したことないなぁ……」
何はともあれ、久々に家族全員が揃っての食卓となり、剣と梓の土産話を中心に多いに盛り上がったのであった。
食事を終えた後、剣は桜を伴って翼と希の部屋を訪れた。その目的は、ずっと脳内副音声をしていた新たな〝家族〟を紹介する為にであった。
久々に姉妹(と両親)全員登場しました。
次回は転生者(自覚アリ)達とヒナの初顔合わせをやります。
サブタイから〝修学旅行〟消します!
 




