92話目 修学旅行最終日 ただいま!
久々に姉妹が登場!
『ふわあぁぁ!早いです!凄いです!景色がどんどん遠ざかって行きますぅぅ!新幹線感動ですよおぉぉ!!」
(ああ、そりゃ良かったなあ)
ヒナは新幹線の車窓からの眺めを存分に楽しんでいる。剣と視界情報を共有しているので、当然剣は眠らずにいる。
「けんちゃん、寝なくて大丈夫?」
「ん?まあ、今日は十時間は寝たからな……少し眠いけど、今寝ると今晩眠れなくなりそうだからな……」
「つ、剣くん……本当に平気?なんだか上の空だったけど」
「行きは殆ど景色を楽しんでなかったからな。少し、そっちに集中してただけだって」
バス同様、両サイドを梓と弓に挟まれている剣であったが、他の生徒達からの、普通の男子高校生なら居たたまれなくなるであろう妬み嫉みの視線と呪言は、ほぼゼロになっていた。
それは、マイナス思念に対するほぼ完全なスルースキルを獲得した剣へ無駄な攻撃を繰り返す事で、ただでさえ旅行で溜め込んでいた疲労がピークを迎えたからであった。
つまり、九割方の生徒が夢の中なのである。
『皆様お疲れなのですねえ。正直、主様への罵詈雑言は苛立たしかったので、過ごし易くて良いですね』
(遊び疲れたんだろ。帰って待ってるのは日常だからな。気持ちが下がれば起きてる元気も無くなるさ)
帰路ともなれば、早く家に帰ってリラックスしたいと考える者が大半を占めている。だが、ヒナは全く逆である。自我を得てから京都を出たことがなく、百年以上箱の中に封印されていたのだから、剣を通して見るもの全てに興味津々。テンションが下がる暇など無いのであった。
梓は剣の隣にいれば幾らでもエネルギーを補給出来るので元気一杯幸せ全開。しっかりと旅の余韻を楽しんでいる。
そして弓は、剣の傍にいられる時間が貴重で勿体無くて、眠るだなんてもっての他、そもそも興奮して心拍数が上がってしまい、疲れも眠気もぶっ飛んでいた。
遠慮がちに存在をアピールする弓と、いつも通りに甘えてくる梓。思念波で質問や報告を忙しなく行うヒナ。とっても姦しい状況ではあるが、剣にとっては寧ろ日常生活に近いので、心中とっても平穏で冷静であった。
なので、新幹線が東京に到着するまでに、改めて確認しておくべきだと思い、弓に語りかけた。
「赤月、お前さ……本当に納得してるのか?」
剣の問いに、弓は表情に少し脅えの色を浮かべたが、直ぐに強い覚悟を込めた瞳で剣に頷いた。
「ええ、剣くんにとって、私はクラスメイトの一人に過ぎない……今はね。だから、それ以上になれるように頑張る!ちゃんと納得してるわ」
「……多分、報われねーし、俺の傍にいると、とんでもねー厄介事に巻き込まれる可能性高いんだけどなぁ……」
「それこそ……不確定な話でしょう?そんなの諦める理由にはならないわ。それに……特別ではなくても、嫌っては……いないんでしょう?」
「まあ……嫌う理由は無いけどさ。将来的に、日本人の普通の幸せってのは確実に見込めないからな。梓を捨てるとか絶対ねーから」
そう言って、剣は梓の肩を抱き寄せた。剣から突然の愛情行為を受けて、攻めるのは得意ながらも不意討ちには弱すぎる梓は危うく昇天しかけた。
「そ、それも承知の上よ!梓さんとも、ちゃんと話したんだから!」
絶対一歩も引かない!剣は弓の涙に潤む瞳から、その決意の強さを読み取り、諦めたように溜め息を吐いた。
「は~ぁ……何言っても無駄かなぁ……もっかい言うけど、報われると思うなよ?それでも良いなら……勝手にしろ」
「も、勿論!す……好きにさせて……みせるんだから!」
弓の改めての宣言に、剣は呆れたように瞑目し、梓は親指を立てて弓の勇気と決意を讃えたのであった。
『あれ?見えません!見えませんよ主様!もうすぐ富士山ですよ?日本一の霊峰ですよ~!?』
初めての日本一のお山を見るのを楽しみにしていたヒナのお陰で、剣は往路で見逃した富士山を、今度はちゃんと見れたのであった。
(修学旅行の最大のめっけもんは、ヒナに間違い無いな)
剣は富士山を眺めつつ、修学旅行の終わりに沁々と……普通に楽しめなかったな~……と、消化不良な感慨を抱えていたのであった。
東京駅に到着し、修学旅行はこの場で解散となった。
剣と梓は光が車で迎えに来てくれるので、ここで皆とお別れなのであった。何より、土産物の量が他の者と比べて……多すぎるのだ!
「まあ……そんな大荷物で鈍行乗るのは厳しいもんな~。じゃ、また学校でな剣!嫁さん!」
一朗は瀧と耕平と一緒にラーメンを食べに行くそうだ。旅行の効果か、それなりに仲良くなったらしい。
「じゃな、聖……今度、SAKUTANのコスプレ写真……頼む」
こっそり剣に耳打ちしてから一朗の後を追う瀧。まあ、健全な写真ならいいか……そう思うくらいには打ち解けている剣であった。
「あ……えと……舞原……またな」
「?……うん、またね!」
どうしてわざわざ私に?と、一瞬だけ疑問に思いながらも、深く考えずに耕平を見送る雀。耕平の大きな背中が、煤けて小さく見えるのは、錯覚ではないのだろう……
「雀っち……ゾーン外とはいえ、そろそろ罪じゃない?」
「何が?それじゃ、私も両親が迎えに来てるんで、またね!」
とぼけではなく、本当に理解してない様子の雀を、安芽と弓はやりきれない表情で見送るのであった。
「まあ、左河にも弓の半分のガッツでもあれば応援してやれんだけどね……ん~じゃ、ウチ等も帰りますか!」
「そ、そうね……剣くん……梓さん……また、学校でね!」
「おう。ま、気ぃつけてな」
「まったね~!安芽ちゃん、ゆ~みんをヨロシクね~」
続々と家路に着く友人達を見送り、剣と梓は光との待ち合わせ場所に足を向け……
「何故……着いて来るんだ椿?」
そう、誰にもお別れを言ってもらえなかった椿ちゃんが、当たり前な顔をして二人に着いて来ていた。
「うむ!このままでは名残惜しいので、臣下の役目も兼ねてお見送りをしようかと!それと……麗しの光様にお目通り願いたく!」
「却下。さっさとお家に帰んなさい!」
ビシッと指差し「家族の時間を邪魔すんな!」と、両目を吊り半月にしてプチ怒モードの梓。椿が煩悩を抑えきれず光に抱き着こうとしたとしても、光なら聖母的な包容力で笑って許すだろう。だが、それで付け上がられると、非常にウザくなりそうなので、同行はノーサンキューなのであった。
だが、既にウザくなっていた。
「いいではないか~!雀がお迎えされてしまったので、一緒に帰る友達がいないのだ~!昨夜から梓は委員長とばかり仲良くして構ってくれないし~、雀も倉田とゲームの話ばかりしてつまらなかったのだ~!せめて、旅行の最後に細やかでも美しい思い出が欲しいのだ!」
駄々を捏ね、且つ床でスカートが捲れるのも構わずジタバタする椿。突然の女子高生の奇行に、スマホを構えて立ち止まる人が続出する。そう、これでも椿はJKである。それも、黙っていれば整った容姿をしている美少女である。通行人……特に男性がパンチラしている(残念で変態な)美少女JKを目撃して、思わず足が止まらない筈が無い!
「やば……ほっといたら、俺達にも飛び火する案件じゃね?」
剣の脳裏に、この光景がワイドショーで迷惑動画として公開放送されてしまう未来が浮かび上がった。そうなったら椿は退学になるかもしれないし、未然に防がなかったとか、不条理な連帯責任を背負わされて自分達も何らかの処罰に……
衆人環視の中、そして監視カメラ等のセキュリティがしっかりしている駅の中では、大っぴらに物理的お仕置きをする事も叶わず、時が経てば経つ程、状況は悪くなる一方……
「梓……取り敢えず、連れて行こう」
「……本当、迷惑な奴!お姉ちゃんに挨拶するだけだからね!」
渋々と、不本意な決断を下した剣と梓は、お許しを貰った途端にスタッ!と立ち上がり、キラッと白い歯を輝かせ笑顔を浮かべる現金な椿を連れて、待ち合わせ場所の八重州南口へと向かったのであった……軽い殺意を胸に秘めて……
とびきり嬉しそうな椿を引き連れ、剣と梓が心底くたびれ項垂れた感じで駅舎から出ると、行き交う人の波をすり抜けるように猛然と駆けてくるセーラー服の少女がいた。
「……さくらだな」
「……だね。間違いなく」
そのセーラー服の少女は、短目の髪に白い鉢巻き。そして両手に革製の格闘用グローブを嵌めている……国際的路上タイマン格闘ゲームに登場する元気娘だった!
その少女は、じ~っと見つめている剣と梓の前で止まらず、わざわざ通り過ぎてから急停止した!
「「芸が細かい!」」
見事にタイミングが揃った夫婦ツッコミを受け、してやったりと満面の笑みで二人に抱き着いたさく……桜。
「兄様~!梓姉様~!おかえりなさいませー!御二人の帰還を一日千秋の想いで待っていたのであります~!」
「あはは~さっちゃんてば甘えんぼさん!」
「ったく、わざわざコスプレでお迎えかよ……ま、桜らしいけどな」
二人に背中をポンポンされて、桜は幸せそうに「えへへ~」と笑い声を漏らした。それも束の間、愛する兄姉に同行者がいる事に気付いたのである。
「おや?兄様方の御友人でありますか?こんばんはであります!」
すちゃっと背筋を伸ばし、腰からぐいっと身体を曲げて深々と御辞儀をする桜。勢い余って額が膝にくっつく程、礼儀正しい百八十度御辞儀を披露した。その拍子にミニスカートがふわっと浮いたが……ブルマを穿いているので恥ずかしくない!
「これは御丁寧に……流石は梓とボスの妹!私は――」
「さっちゃん、コイツにそんな挨拶いらないから。ただの私のストーカーだから」
梓の身も蓋も無い説明に、椿はとても悲しそうな顔をした。桜は剣が椿を放置しているので、一先ず排除行動を見送ることにしたのであった。
「にーたーん!あーずねー!みーっけ!」
パタペタパタペタと、ペンギン姿の天使が剣と梓を目掛けて飛び込んできた。梓のお手製ペンギンパーカーを着た燕である。その背後には、ごく普通のブラウスとジーンズ姿の光がいた。
「ば~めた~ん!ただいま~!」
可愛い盛りの末妹を久々に抱上げ、御満悦になる梓。
「あ……梓が抱いている、この可愛い生き物は……何なのだぁ~!?」
燕の可愛すぎる姿と仕種に、一瞬で意識を持って行かれ逝ってしまいそうになる椿。辛うじて正気を保ちながらも、その横目に見た光景が……
「姉さん、ただい……ちょっ!?」
光は剣の挨拶を無視して、他人の目を気にもせず、有無を言わせず剣を抱き締めた。
「梓から倒れたって連絡あって心配してたんだから!もう……驚かせないでよ……」
「……あ~……ごめん」
「もう、本当に……本当に……」
流石に自分が悪かったと思い、剣はしばらく光の好きなようにさせるしかなかったのであった……
「ひ、光御義姉様の涙……う、美ひ過ぎりゅ……」
遂に耐えきれなくなり、椿は鼻血を垂れ流しながら気絶して、その場に蹲ったのであった。
「……面倒なので、駅員さんに全投げしてくるのであります」
兄と姉妹への最大限の配慮をした桜によって、椿は無事に通りすがりの格闘少女が名前を名乗らず駅員に保護してもらった事になったのであった。
その後、桜は梓に「グッジョブさっちゃん!」と、とても褒めてもらえたのであった。
修学旅行編、次回最終回!……多分。
次回のサブタイトルは〝おかえりなさい!〟にします!
今回の桜のコスは……メジャーだから説明不要かな?同名のストリートファイターです。
 




