90話目 修学旅行三日目 梓と弓 後編
「それじゃ、あ~、私、他の、先生方や、生徒の皆、さんに~報告し、ますので~、剣くんは、二人にお任せ、します~」
剣の診察と治療が終わり、ゆかりは一足先に宿舎へ戻る事にした。因みに、3-Bの他の生徒には何処かを気ままに行動していた校長先生が合流し引率している。
剣は疲労による貧血と、右腕に軽い打撲傷があると診察されたのだが、その診察結果を説明されている最中、ヒナが梓に語りかけていた。
『この医師様、陰陽師です。主様の腕に巻かれた包帯に回復・解呪効果のある護符を仕込んでいました。安心して下さい奥方様』
ヒナを信用して、不安が解消された梓はゆかりを病院から送り出したのだった。
だが、そんな事情を知らない弓は不安に苛まれていた。
そして、ベッドで眠る剣を挟み、剣の左手側に弓が、右手側に梓がそれぞれ椅子に座って向かい合っていた――
(さて、どうしよっかな~?まさかヒナみんの事を説明する訳にはいかないし……どうやって不安を解せばいいものか?)
ヒナの存在は明らかに非日常である。鉱物なのに明確な意思を持っている不思議な知的生命体である。梓がその存在を易々と受け入れたのは、既に土壌が出来上がっていたからであって、弓にそれを求めるのは酷だと思えたし、オカルトにどれ程の理解を示せるのかを、梓は弓の人となりを深くは知らなかったのである。
こんな状態でファンタジーに巻き込むのは危険だと思えたし、あまりにも無責任だと、とても良識的に判断していた。
そんな風に悩み、百面相して黙りこくっていた梓に、弓の方から言葉が掛けられた。
「……凄いね、聖さんは……私なんて、凄く、恐いのに」
「そ、そうかな?まあ、恐いからって恐がってたら、もっと恐くなるだけ……あ、ゴメン。これはネタっぽいね」
「?全然わかんないけど……本当、強いなぁ……こんな時でも、冗談めいたの言えるなんて。それに、さっき聖くんが倒れた時の対応も、落ち着いてて……」
実を言えば、その直前にもっと衝撃的な存在との出会いをして、若干感覚が麻痺していたせいでもあったりしたのだが、説明出来ないので言葉を濁すしかなかった。
「ま、まあ家族が多いからね。誰かが突然体調悪くするなんてザラだし……けんちゃんが疲れてたのは分かってたしね。ほんとに一人で何をしてたんだかね~」
弓は梓の返答に、目をぱちくりと開いて驚いた。
「……それも、意外だと思ってたのよ……学校だと常にベッタリしている印象だったのに、彼の行動を全部把握している訳でもないのね?」
「そんな風に見えてた?私、全然束縛系じゃないんだけどなぁ……基本、黙って女遊びしない限り、何だってOKだし」
「……そう!そこも気にしてたのよ!最近一年生の子達が積極的にアピールしに来てるのに、聖さんは怒ったりするどころか面白そうに眺めるだけで……私なんて内心、凄く焦ってたのに」
「あの子達なら、何にも……問題にもならないわね。けんちゃん本気で面倒臭がってるだけだし。寧ろ……気の毒かなぁ。つばぞみが面白がって焚き付けてる感じなんだよね……」
「双子の妹さんが?……訳が分からないんだけど?」
「あの二人、愉快犯なのよ。気になった物事は徹底して楽しくしないと気が済まない……みたいな?まぁ、双子なりに、けんちゃんに相応しいか品定めしてるんだろうけど」
「ちょ、ちょっと待って!余計に意味が分からないんだけど……貴女達、家族公認の仲じゃなかったの?」
「そうだよ?あ、ゴメンゴメン言ってなかった。私、ハーレム容認しちゃう派なの。てゆうか、寧ろ推進派なので」
「いやいやいや!日本で重婚は認められないでしょ!」
「それ、法的な話でしょ?結婚なんて単なる制度だ。愛で幾らでも補える!これ、けんちゃんと私の共通見解だから。当人達で納得してれば問題なしと!」
「育った環境が違うからかしら……価値観がかけ離れてる……」
「あっはっは……まあ、ズレてるよねぇ。普通の日本人なら一夫一婦制が正しいって教育されるんだろうし、それが正しいって社会になってるもんね。でも、それだけが男女の幸せだと思うのは違うと思うんだよね。世界を見れば重婚可能な国は普通にあるし、一夫多妻だけじゃなく一妻多夫なトコもあれば、同姓婚が可能だったりもあるわけで……愛のカタチは色々なんだよ!」
「それはそうかもだけど……私はやっぱり、好きな人には、私だけを大切にしてほしいと、一番だと思ってほしいけど……」
「それは……どうしたって無理だと思うな。けんちゃん重度のシスコン過保護者だから。嫁より妹が大切な人だから」
弓もこの四月から時々、剣と梓が翼と希を伴って登下校する姿や、双子が堂々と三年生の教室まで遊びに来ているのを目撃している。そして、とてつもなく御立派なお胸を剣に押し当てているのもだ。
「確かに……実の兄妹なのに、距離感近すぎて仲が良すぎるとは思っていたけど……」
「あの二人には、特に……ね。亡くなった御母様に託されたって意識が凄く強いから。ま、他の妹にも甘々だし……ハッキリ言うけど、けんちゃんの恋人になれるかどうか、最大の難関は双子に気に入られるか……なんだよ!コレ、けんちゃんの気持ち以上に……違うか、妹と良好な関係を築けるかって、多分最重要事項だから!」
拳を固く握り震わせながら力説する梓に、弓は気圧されっぱなしであった。
「あ、因みに私も妹達を溺愛してるので、妹達と仲良くなれない人をけんちゃんの側室・妾に迎える気は一切ありません!その辺り、頑張ってね!」
「う、うん?が、頑張って……いいのかな?」
親友に背中を押され、恋敵に宣戦布告する意気込みでいた訳なのに、何故か恋敵にも応援?されている事態に際し、弓は困惑していた。
「え、えっと、聖さんは、その……万が一とか、考えてる人……なんだよね?それなのに……」
「けんちゃんが心変わりしちゃうとか?そうなったらなったで……仕方なくない?それでけんちゃんが幸せならば、それでいいんじゃないかな?」
「そんなアッサリ!?」
「だって、けんちゃんが幸せなら私も幸せだし。そもそも私はけんちゃんを好きでいるだけでも幸せなので。まあ、嫁として一番でなくなっても、傍に居られれば充分満足かな。そうでなくなるときは……私がけんちゃんを嫌いになってる場合しかないね。そんなの絶対無いけど!」
そんなに柔な絆ではないと、確信に満ちている返答に、弓は……
「本当、つまらない質問しちゃったなぁ……強いなぁ、聖さんは。全然勝てると思えないよ……」
これまで、笑顔を絶やさなかった梓であったが、ここで明らかに不機嫌な表情を見せた。
「勝つとか負けるとかじゃないと思うんだけどなぁ……ハッキリ言うけどさ、いいんちょだって解ってるよね?告白しても、ほぼ確で望む返事は戴けないって」
「……うん。安芽にも似たような事を言われたし……」
「……覚悟が足りません!」
「フラれる……覚悟?」
「それは前提!足りないのは……フラれても好きで居続ける覚悟だよ!全く覚悟が足りてない……人を好きになったなら、人生すらも捧げる覚悟をせんかー!」
「人生!?それは大袈裟なんじゃ?」
「そこで大袈裟とか言っちゃうのが甘い!ゼロカロリー飲料に入ってる甘味料のアスパルテームよりも甘い!」
「ちょ、ちょっと聖さん……ヒートアップし過ぎてるわよ……ここ、一応病室だから……」
そう、他に患者はいないが病室である。そして、剣がすぐ傍で眠っている。全然起きる気配は無いが。
「む……確かにマナー違反でした。うん、少し落ち着きましょう……そうだ。取り敢えずいいんちょ……呼び方変えていい?てゆうか、私の事を〝聖さん〟って呼ぶのも余所余所しいから止めにしない?」
「え?……じゃあ、梓……さん」
「硬い……まぁ、真面目なのは……ゆ~みんの長所でもあるし、そこで妥協しましょう!」
「妥協!?……それよりゆ~みんって!そっちは距離感詰めすぎでしょ?」
「フッ、名前〝ゆみ〟がゆ~みんの愛称で呼ばれるのは昭和からのお約束だよ?なんなら私の事はア○にゃんでも構わない」
勿論、作者NGです。
「まあ、それは冗談として……ゆ~みん解ってる?けんちゃんの嫁とか恋人になるって事は、私達姉妹九人とも近しく親しくなるって事だよ?特に私とは、一生の付き合いになるのが確定するって事だからね!」
「そ、そっか……考えてみれば……そうなるんだ……聖く……剣くんが家族を蔑ろにするなんて……有り得ないものね……私もそんな剣くんなら好きになんてなってないし……」
弓は、何故剣を好きになったのかを思い返した。
清央高校に入学して同じクラスになった時、男子でありながら見目麗しい姿に、一目で心惹かれた。
なのに、何故か彼は中学時代からの知り合いから、特別綺麗な訳でもない女子と夫婦扱いされているのを涼しい顔で受け入れていて……釈然としなかった。しかも、その女子とは義理の姉弟でもあって……絶対、自分の方が可愛いのにとか、物語の中でしか知らなかった関係性に好奇心が沸いたりして……剣は無視出来ない存在になっていった。
無論、そんな剣に興味をひかれる女子は弓だけではなく、特に容姿に自信を持っていた娘が何人も剣の気を引こうと果敢にアタックしては……撃沈されていった。誰彼構わず手を出すような無節操な人柄ではなく、とても誠実であるのが伺えて好感を持った。
決定的だったのは、学園祭で赤ちゃん(燕)を抱いている姿を見た時だろう。普段、表情の変化が乏しい剣が、とても優しい笑顔で赤ちゃんをあやしていたのだ。その赤ちゃんも剣にとても懐いていて……その隣に笑顔で立つ自分を、家族となった姿を想像してしまい……完全に意識するようになってしまったのであった。
「私は……梓さんを無下にする剣くんとじゃ……幸せにはなれない。なのに……諦められない……」
「うん。私もそう。妹達を大切にしなくなっちゃったら、そんなのけんちゃんじゃないって思う。ま、そうなったら力の限りぶん殴って、力ずくでも元に戻すけどね……逆に瞬殺されるだろうけど」
「……ふふ、それはそうね。ゴメン……想像しちゃった……「歯を食いしばれー!」って殴り掛かって、カウンターで顔面パンチされちゃう姿……そのままコントみたいに目を回して……」
「……悔しいけど、自分でもそうなると思……ブフッ!」
それからしばらく、二人は顔を見合わせながら、端から見たら何が楽しいのか、ただただ静かに笑いあった。
「梓さん、剣くんが起きたら……私、正々堂々ぶつけてみるよ。自分の気持ちを」
「ま、ズバッと一刀両断されちゃうだろうけど。でも、それで心が折れなければ、終わりじゃなくてスタートだからね」
「そうね……うん!」
そして、見事なまでに弓は剣にフラれたのであった。
だが、それは本当に想定内。多少想定より精神的ダメージが大きくても、背中を押して送り出してくれた安芽と、チャンスを与えてくれた梓の存在が、弓に涙を堪える強さと、再起する勇気を芽生えさせていた。
「剣くん……私は……ここからだから!」
一人の少女が、恋路を一歩踏み出した。
これで三日目終わり!
次回は、剣に対する男子の視線が針の筵。
ネタ 種とかGGGとかK-onとか盛ってしまった……




