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88話目 修学旅行三日目 素直な心

剣が倒れる直前の描写から始まります。

「く……ちく、しょう……完全に、ミスった……」


男子トイレの洗面台で、蛇口から激しく流れる冷水に右手を浸しながら、剣は自身の判断に誤りがあった事に悪態を吐いていた。


ミスに気付いたのは、つい先程。戦闘終了から時間をおき、大量の食量を摂取して尚、魔力が一向に回復しないどころか、少しずつ右手が熱を帯び、激しい痛みを伴ってきたからである。


こうしてトイレに駆け込み、水で冷やしながらも、痛みが引く気配は無く、寧ろ増していた。


「骨に、ヒビでも入ってたか?それとも、直接接触したからか……?遅効性の毒とか、呪いの類いだったら……マジで洒落にならねえ……甘かった……地球の悪魔、ヤベェ……」


未知の相手に、素手で応戦してしまった不注意を、剣は痛い目を見て今更ながらに反省していた。外見だけで判断して、毒を持っている可能性を疑う事を失念した。完全に、無知故のつまらない過失だった。


「情けない……昔、ヴェルティエに素手で魔物と戦うなとか偉そうに言っといて……アホだ俺は……くそ、身体に、力が入らねぇ……ヒナ、この痛み、どう……?おい?」


妙に静かにしている……そう思った剣だったが、左手でベルト周りを手探りしてヒナが無い事に気付くと、自虐めいた乾いた笑いを浮かべた。……そうして自身の迂闊さを笑うしかなかった。


「はは……は、駄目じゃん。ヒナを落とした事にすら、気付けないなんて……どんだけ注意力落ちてんだよ……く、そ……家に帰ったら、ガチで、鍛え直さ……ない、と……」


剣は洗面台にもたれ掛かるように力無く膝を折り、そのまま意識を失って床に倒れたのであった。




「ん……あ……ここ、は……?」


剣が意識を取り戻すと、ぼやけた視界に写ったのは、見慣れない天井だった。


「……第三新」


「東京市じゃないからっ!」


聞き間違えようのない声の主、梓に起き抜け早々のボケを神速で突っ込みをされ、棒のような物で頭を小突かれた剣は、小さく「あたっ?」と悶えた。


「……さっちゃんに毒され過ぎだよ……しかも無駄に捻ってるし!そこは「知らない天井だ」がテンプレ!目を覚ましてすぐにテンプレ外したボケを捩じ込んで来るとか……もしかして案外余裕だったのかな?こっちはかなり心配してたんだよ?ねえ?」


梓も骨の髄まで毒されている。


「……ゴメン。心配させて……それで、ここは?」


「病院だよ。救急車で運ばれて……大変だったんだから」


「マジか……そりゃ、本当に済まなかった……うぇ?」


剣が奇声を上げたのは、左腕に細長い管の繋がった針が刺されていたからである。つまり、点滴がされていたのだった。


「梓さんや、コレは……何でしょうか?」


「安心して、ただのブドウ糖だから。相当疲れが溜まってたみたいだよ?……これに懲りたら、自分の身体をちゃんと労ってよね!」


「そうだな……反省するよ。旅行に浮かれて、油断が過ぎてた」


全く面目無いと、点滴がされていない右手で剣は顔を覆った。その右手は、包帯が巻かれているものの、熱も痛みも引いていた。それに、全身の疲労感と倦怠感も薄れていて、枯渇寸前だった魔力も全快の二割程度は回復していた。


次いで、室内の様子を探ると、ベッドが四つある一般的な病室のようであるが、他の三つは空いていた。だからか、カーテンが開け放たれていて解放感があった。窓のカーテンは閉じられていたが、隙間からオレンジ色の光が射し込んでいるので夕刻であることが察せられた。


「もう、夕方なのか……!まさか、丸一日以上寝ていたって事は……無いよな?」


よくあるオチ。〝寝ている間に何もかも終わっていた〟を思い浮かべ、剣は冷や汗を垂らした。


「……お灸を据えるには、あれからもう……とか言いたいとこだけどね。安心して、まだ修学旅行の三日目だから。そもそも、そんな大事になってたら、お姉ちゃんが車を飛ばして来てるってば。もう一寸起きるの遅かったら連絡しちゃうトコだったけどね」


「そか……折角の旅行中に、病院なんかに付き添わせて悪……いや、ありがとな、傍にいてくれて」


「を!?……いきなり謝罪から感謝に転じるとか……もう!胸がキュンってしちゃうじゃないの!不意討ちは止めてよね!子宮はもっとキュンキュンしちゃうんだから!」


「あ~、この台無し感、安心するわ~……!梓……ソレ……」


剣のベッドの横に座り、恥ずかしそうに身悶えている梓が握りしめている、剣の頭を小突いた棒……ヒナを見て、剣から〝安心〟が脱兎の如く去っていった。


「ん?ああコレね……けんちゃん……こうゆう物を持ち歩く時にこそ、細心の注意を払わないとでしょ!?たまたま落としたのを私が拾ってたから良かったけど……他の人が拾ったり、救急車や病院で見つかったら停学案件だよ。はい、ちゃんと()()()隠しなさいな!」


「え?あ、おお……」


驚きを隠せず、生返事を返した剣の右手に、梓はヒナを優しく握らせた。


「どうしたの?」


「いや、それだけ……か?」


包丁程度の刃渡りとはいえ、一応、刀である。梓自身も普通は〝持ち歩くべきでない物〟と認識しているのは間違いなく、言葉にもしていた。だから、何故そんな物を所持していたのかを問い詰められても仕方ない……問い詰めない方がどうかしていると剣は思ったのだが……


「持ってたのを私に内緒にしてたって事は、話す必要がないか話したくなかったからでしょ?男の秘密にとやかく口を出さない……それがいい女ってもんでしょ!フフフ!」


「……ああそっか、梓はどうかしてたな」


「失礼な!けんちゃんが刃物を持ち歩いていたって、無差別に刃傷沙汰を起こさないって信じてるだけですぅー!」


剣に対しての絶対的信頼が為せる術。梓は既にこの刃物=ヒナがナマモノを切り裂くのに適さない、鈍らな果物ナイフ以下の存在であると知っている訳ではあるが……それ以上に、剣が素手でも余裕で常人を圧倒出来る事を知っている。剣が人を傷付けるような事件を起こしたとしたら、その必要があったが故の行動だと理解し受け入れ、剣の行動を非難したりはしないだろう。


そこまで信じていながら、失敗や間違いは的確に見抜いて小言をぶつけて叱りもする。けれども、決して剣の人間性を否定することなく。


「……それってさ、無差別じゃなきゃ……って言ってるよな?」


「うん!我等が愛する妹に手を出そうとする悪党ならば良し!そんな輩は積極的に殲滅すべし!」


でしょ?とドヤ顔で腕組みする梓に、剣は笑いを堪えられなかった。


「く……はは!そ、そりゃ確かに……梓の言うとおりだな……ありとあらゆる犯罪無視して……殺っちまうなぁ」


『将来、主様と奥方様の子が、どんな教育をされるか激しく不安なのですが……』


右手から伝わるヒナの声は、空しく聞き流されたのであった。


そんな折り、病室のドアがノックされた。すると、ゆっくり扉が開かれ、そこにはクラス委員長の弓の姿があった。


「失礼しま……剣くん!?目が覚めたの?」


「赤月?あぁ、お陰さんで……ん?」


何だか違和感を感じた剣であったが、弓がその場にへたりこんでしまったので、違和感について考える余地がなくなった。取り敢えず、ヒナは枕の下に突っ込まれた。


「よ、よかったよぉ~……倒れた時には……こんな事初めてだから……不安で……怖くてぇ~……うあぁぁ~ん」


更に泣かれてしまったので、剣はどうしていいか困り果てた。学校では常に真面目でしっかり者なイメージを崩さない弓が、幼い子供のように涙を流して泣き、安堵する姿を見て、言いようのない罪悪感が込み上げていた。


「ま……まあ、心配させて悪かったな。もう、気分も悪くないし、何処も痛くないから……落ち着いてくれよ……な?」


「うん……ぐす……凄く心配したんだから……」


手で涙を拭う弓に、梓がハンカチを差し出した。弓は小さく頷くとハンカチを受け取って、恥ずかしそうに剣と梓から視線を逸らした。


「ありがとう……梓さん」


「いいってことよ!ゆ~みんの泣き顔を堪能させてもらったし!いや、美人さんの泣き顔は、台無しどころか美しさに可愛さがプラスされて魅力マシマシだったよ!」


「何よソレ?……フフ、変なの!」


二人のやり取りに、剣は幾つもの?を頭に浮かべた。この二人……こんなに気安い関係だったっけ?距離感近いよね?なんか、名前と聞いたことない仇名で呼びあってるし……あ、そういえば赤月、俺を名字じゃなくて名前で呼んでたな……一体、数時間意識不明だった間に……何があって、そうなった?


「……なんか、二人……仲良くなってない?」


剣の至極当然な疑問の声に、梓と弓はキョトンとした表情を見合わせると……悪戯が成功したかのように、それは仲睦まじく、手を取り合って笑顔を交わしあったのであった。


「いやいや……女同士で、腹割って話し合った結果なのですよ。やっぱり、話すって大事だよね!」


「ええ。私今まで梓さんの事を先入観から決めつけていたけど……それは違ったわ。今では……そうね、尊敬……が、一番私の気持ちを表現するのに相応しい単語だと思うわ」


「……ヲイ、尊敬って……本当に何があったよ……?」


「「女同士の秘密!」」「だよ!」「です!」


見事にハモった返事に、剣は返す言葉がなかった。


元々良くも悪くもない仲ではあったが、それだけに、何か劇的な変化でもないと、ここまで距離感が詰まりはしないだろうと剣は思ったのだが……全く心当たりが無かった。


「……ま、いっか。それはそうと、赤月も付き添ってくれたって訳だよな?……病院なんかで、時間無駄にさせて……済まなかった」


ここにいる以上、三日目後半の行程に不参加だとゆう事になる。修学旅行でそんなつまらない目に遇わせてしまったことに、剣は本心から申し訳無い気持ちで頭を下げたのだが……


「う、ううん。謝る必要なんて無いの、剣くん。……とても、有意義だったから……」


病院の付き添いの、何が有意義だったのか……突然悪魔が召喚されるよりも、剣にとっては謎であった。


「あ、私けんちゃんが目を覚ました事、ゆかりんに連絡してくるね~。ゆ~みん、けんちゃんの見張りよろ~」


「医者にも自分の診察結果聞いてねーのに逃げねーよ。今日、宿に戻れねぇのかな……」


電話を使用する為、室外へ出て行く梓に医者への報告も頼むと、剣は起こしていた上体を、再びベッドへ横たえた。室内には剣と弓の二人だけ。弓はベッドの横の椅子に腰を下ろした。必然的に、剣を見下ろす格好となった。


弓はチラチラと剣の様子を伺いながら、何か言いたそうにしているが、ベストな言葉が見付からないらしく、喋り出せずにいた。剣は、間が保たないと思い、当たり障りなさそうな世間話を始めた。


「明日は……清水寺とか行って、お仕舞いだな~。今日は買い物し損ねたから、沢山土産を買わないとだ……いっけね。折角映画村行ったのに、トーエーショップの京都限定グッズ何も買ってなかった……」


「家族が多いと、お土産買うの大変でしょう?楽しそうだけど」


「実際、楽しいよ。よく、遠足とかでさ、先生が「家に帰るまでが~」ってのあるだろ?ウチの場合、寧ろ帰ってからが本番かも。妹達をガッカリさせられないからな~。センス悪い土産なんて選べないから真剣勝負だな、買い物は」


そこから、ほぼ妹自慢の独り語りが続き――それは、唐突に。


ベッド脇に座っていた弓が立ち上がり……


「わた……し、剣くんが……好き、です!」


震えながら、絞り出された言葉は、シンプルであるが故に、鈍感な剣にも、意味を誤解する事なく……伝わった。


「……そっか、でも、俺にとって赤月は……特別じゃあない」


だからこそ、正直な気持ちで答えたのであった。



天井については多くは語らず……

次回は、いいんちょさんの心情変化の理由と、今回直後の話を出来るだけ丁寧にやりたいと思っております。

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