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8話目 ハルにゃんの長い一日 前編

少し長くなってしまいましたので、前後編にしました。

「さってと、後半も頑張ってみっか!」


遥が椅子から立ち上がると同時に、控室の扉が開いた。


「およ?気合入ってるねーハ~ルにゃん!お疲れにゃん♪」


「あ、ハイ!お疲れ様です、て……メイド長」


控室に入って来たのは、身長130㎝程の猫耳メイド少女……に見えるが、『29Q』のオーナーであり、メイド長(店長)でもある桃原早苗(ももはらさなえ)(36)であった。


「まーた、店長って呼びそうになったにゃ?ハルにゃん?」


チッチと人差し指を振り、ジト目でハルにゃんを見詰めるメイド長。


「さにゃえメイド長!でしょ?」


設定大事!な、メイド長であった。彼女のネームプレートには当然『メイド長 さにゃえ』と明示されている。


(この人、マジで母さんと一つしか違わないんだよな?)


遥がそう思うのも不思議でなく、早苗はパッと見どころか、まじまじ見ても、小学生な外見をしている。遥の母親の美鈴も大分若く見えるが、比べようもない。〝若く〟でなく〝幼く〟見えるレベルな合法ロリ。所謂ロリババアである。


遥自身、バイトの面接を受けた際、早苗を小学生と間違えたりしていた。


雇われてから二年経つが、一向に劣化する気配が見えないので、遥は最近「この人、本物の妖怪なんじゃ?」と、わりと本気で疑っている。


「いや、一応休憩中なんですから、普通にさせて下さいよー」


「ノンノン!ハルにゃんは案外そそっかしいから、常に気を張ってないとボロを出しちゃうにゃん!特にプライベートでも注意してにゃいと。家族にここで働いてる事、バレたくないんじゃなかったにゃん?」


早苗は巫山戯た言動と外見(プライベートでも猫耳でゴスロリ)をしているが、管理職として優秀である。従業員とはマメに会話することを心掛け、プライベートな情報を入手する事も余念がない。特に、遥みたいな複雑な家庭環境の娘に対しては、心配すると同時に、興味深々で猫耳がみょんみょんしてしまうのである。


因みに、遥のメイドネーム『ハルにゃん』を含め、メイド店員達は、さにゃえメイド長の独断によりメイドネームが与えられている。「困ったちゃんな御主人様からプライバシーを守る為の措置にゃん」が主な理由だが、趣味が含まれているであろう事は明らかである。


「そりゃ、バレたくありません……にゃあ」


店内で、メイドの猫語はデフォルトである。


「お昼前に来店した女子大生っぽい三人組の御嬢様、その中にハルにゃんのお義姉さんいたにゃ?」


(なんで気付いてんの!?)


ハルにゃんの顔は額から眼下まで、スクリーントーンを貼られた漫画キャラみたいになった。とても不安感を漂わせている。


対して、さにゃえはハルにゃんの不安げな様子に疑問な表情で首を傾げて。


「?末っ子の燕ちゃんが生まれた時の家族写真、前にハルにゃんが見せてくれたにゃん?」


「そ、それ大分前ですにゃ!しかも一度だけですにゃ!」


「一回見たら、可愛い店の娘の情報は忘れない、メイド長の必須スキルにゃん!それに、お義姉さんファッション誌で読モやってたにゃん?聖ヒカリって、本名だったんにゃあ?」


さにゃえの瞳が、ギラギラした輝きを放っている!


「ウチで働いてくれんかにゃあ?」


「……無茶言わんで下さいにゃ」


ハルにゃんは時々、こうしてメイド長に弄られている。それは、ハルにゃんの反応を楽しむのと同時に、弄りへの耐性付与をする為でもある。……多分。


優しさとは、表面上に見えたり聞こえたりするだけではないのである。……おそらく。




『29Q』は、一階に店舗入口と駐車場。二階は客席とくつろぎスペース(このスペースでのみボール等の玩具を使って猫と遊べる)とキッチン等の店舗部分。三階がオーナー自宅兼、店に出せない仔猫・老猫・保護猫の住居となっている。


遥がこの店をバイト先に選んだ動機は、給料が良い事は当然ながら、当時は人間不信で特に男性嫌いであった為、男性の少なそうな職場であること。自宅、学校から遠く(どちらからも原付で一時間程度の距離)家族や知り合いに見つかる可能性が低いこと。それらの条件を満たしていたのが『29Q』だった。


それと、猫好きなのも理由に挙げられる。自分で設定したキャラ付けの弊害で、自宅で表立って猫達を可愛がれないでいたのも、大きい理由であった。


……その為ならば、メイド服も、猫耳尻尾も、語尾を猫語にするのも受け入れるしかなかろう!……だったのだ。




午後二時を過ぎるとランチメニューの注文も少なくなり、店内の雰囲気も落ち着いてくる。


食事時を外して来店される御主人様は、のんびり猫達と戯れたくて訪れる方が多く、回転率も落ちるため、店員にも余裕の出来る時間となる。


そんな時間では必然的に、休憩を交代で回したり、早上がりしたりで、シフトが薄くなりもする。現在フロア内にいるメイドは、さにゃえメイド長とハルにゃんだけであった。


しかし、メイドのシフトが薄くとも、気紛れな御主人様は、そんな事情など関係なく来るときは来てしまうのである。


「お帰りなさいませ~。御主人様、御嬢様。お席にご案内致しますにゃん♪」


ハルにゃんがくつろぎスペースで小さな御嬢様を猫執事と共に遊び相手を務めていた為、店舗入口のドアベルを耳にすると空かさず、さにゃえメイド長がお出迎えに向かった。


「に、兄様!ちみっこです!ちみっこ猫耳メイドです!プライスレスです!ボク、もう感激メーターがリミットブレイクしてます!」


ぴくっ!ハルにゃんの猫耳が、生きてるかのような震えた。


「失礼ですが御嬢様。さにゃえはメイド長で立派な成人女性ですにゃん!これでも三十路過ぎどころかアラフォーな売れ残り物件ですにゃん♪」


「ロリババア属性持ち!?神秘が、地球に存在していた……」


「桜、お前失礼過ぎだぞ」


ビーン!!ハルにゃんの尻尾が、猫が興奮した時みたいに膨らんだ!?


「いえいえ、むしろ褒め言葉(ステイタス)ですにゃん」


「けんちゃん、言われるの嫌ならアラフォー宣言しないって」


ハルにゃんの全身が総毛立ち、冷や汗が噴き出した!表情から、一気に色が抜けて行く!


「メ、メイドのおねーちゃん?大丈夫ですか?」


「……失礼致しました。少し、下がらせていただきますにゃ」


ハルにゃんは、パニクっていた。急ぎ、現状を整理する為に控室へと駆け込んだ。そして、荒ぶる呼吸を整えつつ、この先どう切り抜けるかを思索した。


(アネさん一人でも内心パニクったのに、いきなり三人纏めて来るとはどうなってやがる?……落ち着け、クールだ、クールになれ、私!冷静に対処するんだ。幸い、すっぴん見せたことないんだから、澄ました顔してれば気付かれない筈。声も少し裏声にすれば……)


三分後、平常心を取り戻し、にこやかスマイルでハルにゃんが仕事に復帰すると、既に剣達は着席しており、さにゃえメイド長と談笑していた。


「へー、やっぱり猫によっては服を嫌がるんですね?」


「そうですにゃあ。服を嫌がる子には、ネクタイかフリルリボン付きの首輪を着用してもらってますにゃあ。愛猫家として、にゃんこに無理はさせられないし、メイド長として当店のコンセプトは曲げられない。可愛いのに店に出せない子もいますにゃあ。……ジレンマですにゃあ」


「そうなんだぁ。……あの、猫ちゃん達の服って、多分だけどハンドメイドですか?みんな、デザイン違うし」


「御目が高いですにゃあ!にゃんこの毛色・毛並みに合わせて似合うように試行錯誤してますにゃあ。一針一針、愛情込めていますにゃあ」


店内には、様々な種類・毛色の猫達がいる。ペルシャやアメショーみたいな血統書が付いてそうなのや、住宅街で普通に見掛けるキジトラ柄やブチ柄の雑種まで、バリエーション豊かな猫達が二十匹近くいる。


「みんなリラックスしてて、愛情感じますねぇ~。ウチの子にも、何か作ってみようかなぁ~?」


「梓姉様の服飾スキルは達人レベルでありますから!きっと良い物が出来るであります!……ハッ?コス猫登場で動画再生数が更に増えるのでは?」


「まあ、梓なら出来の良い服作れるだろうな」


「やだぁ~♪けんちゃん褒めすぎぃ~♪」


(そんなに褒めたか?)


「お姉様は、服作りが御趣味にゃん?」


「服だけじゃなく、小さい頃から裁縫が得意なんですよぉ。桜が趣味でコスプレやってるんですけど、その衣装も私が作ってあげてまーす」


「梓姉様が作ってくださったコスでダンス動画を投稿してるであります!閲覧者の方々より、非常に良い感想を頂戴しているのは、偏に梓姉様の神衣装のお蔭であります!」


「さっちゃんも褒めすぎぃ~♪むしろ、さっちゃんがキャラのイメージ通りの完成度でキレッキレのダンスをするから衣装を褒められるんだよお。イベントでも、さっちゃん目当てで来る人が何十人もいるじゃない」


「梓姉様も、衣装の製作お願いされてたでしょう?ボクの専属針子だからと断られてましたけど」


その時、さにゃえメイド長の瞳が光った。そして、桜の顔をまじまじと見詰めると……。


「も、もしかして……伝説のJSコスプレダンサーの、SAKUTAN様であらせられるでにゃりんか?」


さにゃえメイド長の驚愕振りに、店内の御主人様・御嬢様方がざわめいた。


「なに?SAKUTANがいんの?マジ?」


「本当に?私、あの娘の動画のファンなんだけど……」


客層的に、SAKUTANは有名人であった。


「伝説……いい響きでありますなぁ~。JSだったのは二年も前、JCになって付加価値が下落し、閲覧数の伸びも減少傾向、しかぁし!ボクはこのままではないのです!返り咲くのです!アイル ヴィ バァーク!であります!」


気分が盛り上がり過ぎ、テーブルの上にスタンドアップして拳を天へと突き上げちゃった桜。その瞬間、容赦のないお兄様に足首を掴まれ、ズベシャッ!とテーブルに前半身を打ち据えられたレジェンド。


「靴を脱げ」


いやいや、テーブルに乗るな。が先でしょうお兄さん!とでも言いたげな他の客からの視線を、柳に風どころか、岩に刺さった選定の剣の如く、微動だにせず無視する聖剣さん。桜がびったんした拍子に跳び跳ねたコップは、水を溢す事なく、全てメイド長がキャッチしていた。見事な技量である。


「バスケ部主将の名言……ありがとうございます……グフッ!」


半身を強打しながら、とてもいい笑顔な桜ちゃん。ヲタの業が深すぎる。


因みに、倒れた拍子にスカートが捲れてシマパンが丸見えになっていたが、剣と梓はアイコンタクトを交わし「位置的に男性客から見えないし、まぁいっか」と自律的に行動するまで放置する事にした。それよりも。


「「メイド長さん、愚妹が騒いでごめんなさい」」


二人で謝罪するのを優先した。逆に、さにゃえの方が恐縮していたが……しばらく、猫ちゃん達が警戒して三人の席に近づかなかったのは言うまでもない。




(来店早々大騒ぎとか、何してくれやがるー!?)


隠れるように様子を伺っていたハルにゃん。客観的に見れば、客の個人情報(ハンドルネーム)を大声でバラしたさにゃえメイド長の方が騒ぎの原因とも言えるのであるが、警戒心が剣達に集中していた為、さにゃえの失敗には気づかなかった。


さにゃえが普段からハイテンションで接客(しかも好評)しているのもあるが。


だがしかし、正体をバラしたくないので剣達に文句も言えない。ハルにゃんのおなかは、どんどんキリキリしてくる。それでも表面上の笑顔は絶やさない!


仕事だから!お金の為だから!そして、今では大好きなお店だから!


だから……ケーキセット三人前を笑顔で給仕するのである!


ハルにゃんの闘いはこれからだ!








ジャ○プの打ちきりっぽい引き(笑)ですが、まだ続きますよー。


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