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83話目 修学旅行三日目 ゆったり休憩

修学旅行は、基本寝不足ですよね。

『主様、あれは何ですか?』


腰のベルトに差した小刀から、もう何度同じ質問をされているのか……剣はバスの車窓から見える景色をボケ~とした表情で眺めながら、思考だけで、声を出さずに返事をした。


(あれは信号機。赤は停止で青は進め。黄色はもうすぐ赤になるよって合図だ。現代の車は速くて直ぐには止まれないからな。事故を防ぐ為に必要なんだ)


まるで、幼稚園児にするみたいな説明を、剣は質問される度に律儀に答えていた。


百年近くも箱の中に封印されていたヒナには、現代の常識や知識が完全に欠落していた。剣との感覚共有により得られる視覚情報は、ヒナにとってとても刺激的であり、興味の対象が尽きる事がないようである。


更に剣にとって誤算であったのは、ヒナの性格である。最初は警戒されていた事もあり、無口でお淑やかな印象を抱いたのだが、気を許されたからか、とても懐っこくなったのである。そして世間知らずであるが故に、好奇心旺盛で、感覚共有で剣の視覚・聴覚から得られる情報に対し、即時回答を求める……なんとも忙しない状況に剣は陥っていたのだった。


お陰でバス移動中なのに睡眠をとれない剣であったが、自身も百年単位でダンジョンの宝物庫に安置されたり、岩に突き刺さって名所扱いされてたりして世間ずれした経験があったりしたので、文字通り箱に入れられっぱなしだった箱入り娘の疑問に答えずにはいられなかったのだった。


「けんちゃ~ん、寝ずにボーっとしちゃってどうしたの?」


剣の隣に座る梓が、訝しむように剣の顔を覗き込んできた。夫の微妙な変化にも敏感な嫁である。


「あ~……少しはバスからの景色も見とくかな~と。……それと、直接見れない奴の、代わりにな」


「誰の代わり?……ま、いっか。寝たくなったら言ってね?肩でも膝でも胸でも枕にしていいからね!」


梓は剣の意味深な言葉使いに疑問を抱きつつも、深く追及はせず、常と変わらぬ積極的な接触交流をおどけた調子でアピールした。剣は周囲の席に座る男子達からの妬みの視線と、何故かバスガイドからの憤怒の視線を感じたが……ガン無視してやり過ごした。


『主様の奥方は、大胆な方ですね!主様への愛情が迸ってます!私の知る人の女性は慎ましやかな方ばかりでしたが……今では普通なのでしょうか?』


(多分、割と特殊な部類に入ると思う)


少なくとも、剣にとって梓は他の女子とは替えの効かない、特殊で特別な存在である。客観的に分析すれば、梓は所謂〝愛が重い〟とされるタイプの、恋愛感情が人生設計に直結している思考の持ち主だ。露骨な程に真っ直ぐ好意を示す傾向にあるので、他人(特に女子)からは剣に媚びているように見られているのだが、剣にとって梓を大切に想っている本質は媚びたりとか頼られたりするところではなく、その逆。頼り、甘えられるところにある。


特に、現在剣が甘えられる唯一の存在である事が大きい。


剣は梓に、前世での記憶について説明しておらず、魔法を使える事も秘密にしている。もし話したとしても、梓ならば受け入れてくれるだろうと確信はしているが……剣にとって、梓こそが現世での日常そのものなのである。


過去を知られる事で梓に何らかの変化が生じてしまう事を、剣は怖れているのを自覚していた。それを知らせずにいながら梓ならばと信じている事は、剣にとって確かに甘えであった。


そんな梓の事を、ヒナに説明するには至難を極めるので「義理の姉で嫁」と、簡潔にしか伝えておらず、人物像については気長に観察してもらう方針を選択しているのであった。


(特殊ではあるが……俺にとっては大切な女だ。ちゃんと紹介してやれなくて悪いな)


『いえ、主様の事情やお気持ち、私にも覚えがありますから……でも!妹様の何人かとはお話しさせてくれるのですよね!?』


(翼と希、それに桜な。あいつ等は俺の前世を知ってるし、ヒナを怖がったりしないよ。……寧ろ、ヒナが怖がらないか心配だ)


三人の妹にとっては、約束していた土産が霞むであろう、想定外の珠玉の品となる筈。剣は少し、彼女達がどんな反応をするか想い描いてみた。


桜「天然のいんてりじぇんとでばいす!しかもヒイロガネ!マサカド公の刀に匹敵する聖遺物なのです!」


翼「人為的措置なしで無機物に自然発生した意識体……まさか、実物を目にする機会に恵まれるとは……やはり我が家は特異点」


希「大脳のような情報器官もなしに魂だけで高等な意志疎通が可能とは驚愕。分析出来る施設がないのが残念」


桜は心の底から狂喜乱舞して喜びそうだが、翼と希は知的好奇心からヒナを弄くり回しそうだなぁ……なんて、ちょっぴり不安になった剣であった。




本日はバスでのクラス別行動。その最初の目的地は、日本人なら知らぬが恥とも言える、十円硬貨に描かれている建造物が在る場所――平等院であった。


バスから降り、大きく両腕を上に伸ばして剣は身体を解した。やはり、ヒナからの質問責めに疲れたらしく、欠伸までして瞳から一筋の涙が流れ落ちていた。


「やっぱ、眠いな……」


普段は22時前に寝て、毎晩七時間以上の睡眠を貪っている剣にとって、連日の夜更かしはかなり体力を奪い、睡魔を大群で呼び寄せていた。


「けんちゃん大丈夫?なんか、無理してない?」


バスを降りてまで眠そうにしている剣に、梓は異常を感じてか、不安そうな顔をして尋ねてきた。


「いや……羽目外して睡眠不足なだけだ……集合写真撮り終わったら……出発までベンチかなんかで……膝枕してくれるか?」


「是非もなく!」


悩む間も無く即決だった。


梓に肩を借りながら、写真の撮影場所へと、寝惚け眼で庭園を眺めながら、モタモタと歩く剣。


「観光名所だけあって、綺麗だよなぁ……」


「うん。とても心が安らぐ感じがするよね」


本当に、厳かで清浄な和の雰囲気に満ちた落ち着いた庭園なのだが……剣の視線の先、クラスの先頭を歩く集団から、異種異様な気配が漂っていた。


引率の担任教師であるゆかりを囲うように女子達が位置取り、男子達がその防壁を突破せんと、虎視眈々と隙を窺っている……そして、女子達は男子達を生ゴミのように蔑んでいる……剣には、そんな風に見えた。


「……なんだか、男子と女子が険悪な雰囲気に見えるのだが……何故、女子達は男子連中を先生に接近させまいとしてるのだろうか?」


「どうしてだろうね?」


原因はこの女()ですお巡りさん。昨晩、露天風呂で担任のアダルトな魅力を高らかに謳い、その時女湯の様子に聞き耳を立てていた男子達の、想像力と妄想力と煩悩を大いに刺激したからである。


梓の生々しくリアリティー溢れる実況によって逞しい想像力を手にした彼等は、着衣越しであっても、ゆかりの生まれたままの姿を想像出来てしまい、想像と現実の擦り合わせをしたくて堪らず、辛抱出来かねる精神状態となり……昨夜から、ゆかりへの駄目元での告白チャレンジが頻発していたりするのであった。


そうなると当然、下心マシマシの男子に対し、女子達は穢らわしいとばかりに心を凍らせ、万が一にも尊敬するゆかりに指一本とて触れさせまいと、近衛騎士化しているのであった。


「折角の旅行なのに、世界遺産の美に目を向けられないとか……ガキばっかだなぁ」


「私は世界遺産を愛でるけんちゃんを愛でて、堪能してます」


最前列のギスギス空間と対比するかのように、最後尾では恋人同士が醸し出すほわほわな幸せ空間……間に挟まれた一般クラスメイト達にとっては、どちらにしろ居心地が悪いに違いなかった。


その後、集合写真の撮影でも一悶着あったり(ゆかりの隣を巡るいざこざ)したが、無事に撮影を終えると、出発までの一時間程、風通しの良い休憩所で、剣は梓の膝を枕にして一眠りするのだった。


「……完全に、二人の世界作っちゃってるよなー」


「アズちゃん幸せそう……慈愛に満ちてる笑顔だぁ」


「閣下のポジが羨ましい!私も梓に膝枕してほしい……」


いつもの仲間が、遠巻きに二人を見守っていた。


「……ま、この旅行中、二人きりって時間もそんなになかったし、出発までの放っといてやんべ!」


「そうだね。あ、でも一枚だけ……」


雀は手ブレしないように注意しつつ、カメラのシャッターを切った。


「解るぞ雀!とても画になるものな!殿を労る梓の表情……うつくひい……」


「椿ちゃん、女の子がしちゃいけない顔だよ……」


どんな顔かと言えば、感涙しながらヨダレを垂らし、表情筋が緩みきった上に、ほんのり紅潮している顔だ。もう少し放置したら、鼻の穴から幸福の赤い汁が止めどなく溢れだしそうでもある。


日本が誇る美しき世界遺産に、煩悩まみれの血溜まりを作らせてはならないので、一朗と雀は二人がかりで椿を剣達から引き離したのであった。


「しっかし……あいつ等の仲の良さ見てると……独り身辛いわ~。マジで彼女欲しくなるわ……」


「田崎のタイプは、どんな女なのだ?いや、一切興味は無いのだか、訊いてやるべきかと思ってな?」


「バッキー……少なくともテメーはダメだ!」


「フン!私も田崎はお断りだ!」


バチバチと、ぶつけあった視線が火花を散らす。


「あはは……でも案外、二人はお似合いかも……なんて」


思いがけない雀の言葉に、椿と一朗は計ったようなタイミングで……


「「それはない!」」


と、見事にハモった。


「……息、ピッタリだよ?」


「いやいや!雀っちさぁ……どこ見たらそうなるワケ?バッキーが嫁さんに惚れたりしなきゃ、俺にコイツとの接点なんて無いからね?」


「そうだぞ雀!私にとって田崎なんぞ、将軍様の腰巾着に付着している毛玉程度の存在だぞ!」


「椿ちゃん、それは……流石に喩えが酷いよ。でも、普段の二人は、そんなにお互いを嫌ってなさそうなのになぁ」


「いや、そりゃ喧嘩する理由がないだけだっての……それに、雀っちの方が俺にとっちゃバッキーの万倍は大事な友達よ?」


「そうだぞ雀!梓には遠く及ばぬが、田崎よりも雀の方が億倍は好きだぞ!勿論性的な意味で!」


「……やっぱり、息合ってるけどなぁ……」


こんなに喧々囂々していても、後に尾を引かずサッパリした性格をしている二人の事を、雀はとても好感を抱いていた。


「いや、本当にお似合いとかヤメテね?俺の好きなタイプは……剣ん家の光姉さんみたいな、おっとりした大人のお姉さんだから!こんな落ち着きない奴じゃないから!」


「ほほう?それで先生狙いの集団に紛れていたのだな?」


「……!そうゆうテメーだって、同性の利点をフル活用して、網膜にゆかりんのオールヌードを焼き付けてんだろ!」


「ふふふ……やらいでか!当然、梓と雀、委員長達の全裸もクッキリ鮮明に記憶している!ぐふふ……思い出すだけで鼻血が出そうだ……美しかった……」


「私の裸まで!?」


これには雀ちゃんもドン引きした。


「……ロリもいけたんだ、椿ちゃんって……」


「ま、待ってくれ雀!あくまで美しいと思っただけだ!私が下心を抱くのは梓だけだ!」


後ずさる雀に、狼狽えて言い訳をする椿。唯一の友人に性的犯罪者として見られるのは、とても不本意らしい。


「どっちにしろ、変態なんだよなぁ。嫁の身辺に変質者がいるのを許容している剣の度量ってマジ神。俺ならとても真似出来ないし……しねぇよなあ。……うん、アレが彼女とか……死んでもないわ雀っち~」


椿からジリジリと距離をとる雀に、再度〝ないわぁ~〟を告げる一朗。椿も先ほど口にしていたが、見た目の美しさと恋愛感情は別物なのである。


「わ、私も!椿ちゃんとは友達止まりだからぁ~!普通に男の子が好きなの~!」


「話し合おう!話せば判るから!雀~!」


全力で逃げ回る雀を追いかける椿。その姿が他のクラスメイトにも目撃され……3-B女子から他のクラスの女子に対して[早瀬椿 女子に見境なくなる警報]が発令されたりしたのは……きっと日頃の行いが悪かった所為なのだろう……




その頃、最愛の人を膝枕して、その髪をサラサラ撫でている梓さんはというと……


「あ~平和だな~。幸せだな~」


昨夜の悪行を反省してない人が、一番幸せなのは、きっとこの世が理不尽に出来ているからに違いない……




イチャイチャ回でした。

次回は映画村で遊びます!

つまりコスプレ(時代劇)回になりますね。


他ネタ


いんてりじぇんとでばいす=カナに変換して下さい。魔法少女が使用する、喋る魔法発動装具の総称……みたいな物。使用者が一瞬でお着替えできる機能とかあるけど、ヒナにはそこまでの性能は無い。


マサカド公=東京の守護神。某RPGで公の刀は緋々色金で作られた最強の刀でした。


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