80話目 修学旅行二日目 露天風呂
やってもうたな……温泉回です!
「お~……これはこれは、和風情緒溢れる素敵な……温泉だー!」
星が瞬く暗闇の空に吸い込まれる梓の声。浴場でありながら音があまり反響しないここは……露天風呂である。
「アズちゃん……声、大きいよ……」
梓の後からおずおずと着いてきた雀が小さな声で語りかける。恥ずかしそうに、タオルを巻いて、胸元から下を隠しながら。
「ずめちゃ~ん、そのままでお湯に入るのはマナー違反だからね?私を見習いなさい!」
梓は雀に振り返ると、堂々と背筋を伸ばし、腰に手をあて不敵な微笑みを浮かべた。一糸纏わぬ素っ裸で。
「だ……だって、恥ずかしいよ……」
学年一の低身長である雀は、脱いだら凄い!……訳でもなく、身長相応のスタイルの持ち主であり、それが彼女にとってコンプレックスとなっている。それに加えて露天風呂の環境が、彼女の羞恥心を倍増させていた。
「男湯と隣り合ってるお風呂なんて、実在してると思わなかったよ……しかも露天で」
「確かに……声は丸聞こえかもね~」
そう、この露天風呂は……男湯と女湯が竹組みの柵で仕切られているのであった!高さは4メートルといったところである。
「きっと~、男の子、達~、今まさ、に~。声を殺し、て~、覗き穴、探してる、のでしょう、ね~」
独特な口調で男子生徒の夢と欲望を看破したのは、清央高校ナンバー1人気女教師である、羽佐和ゆかり、その人だ。
「おお!ゆっかりんナイスプロポーション!正に完熟寸前な瑞々しいエロスボディ!これぞ、脱いだら凄い!」
「あらあら~、そうです、かぁ~?」
ゆかりも堂々としたもので、髪を纏める為に頭に巻いた手拭い以外、一切身体を包み隠さずやって来た。本来であれば、リラックスすべき入浴時間に生徒達を緊張させないよう、教師は時間をずらしているのだが、その生徒達からの要望で椿を監視する為に、梓達と共に大浴場にやって来たのである。
「だ、だから声大きいよアズちゃん……男子に聞こえちゃう……」
「ふっ……分かってるってずめちゃん……サービスで実況してるに決まってるじゃない!男の子にはね……そんなロマンが必要なんだよ!」
ズビシッ!と、男湯の方向を指差す梓。さあ、必死に聞き耳たてろと言わんばかりに。
一方、男湯では……
女湯から一番遠く離れた浴槽の片隅で、夢見心地にうたた寝しながら湯に浸かっている剣に対し、合掌して小声で感謝の言葉を贈っていた。
「ありがたや~聖の嫁さんは女神様や~」
「妄想に具体的なイメージがアップロードされるぅ!」
「感謝……感謝しかない!」
腰タオル姿で拝む姿を寝惚け眼でチラリと見た剣には、とても滑稽な光景に見えたが、夢だと断じて再び目を閉じた。
「ゆかりん、脱いだらマジ凄い!これはE……いや、確実にFはいってるね!」
女湯から聞こえた声に、男子達は聞き逃すまいと、衝立にビッシリと張り付くのであった……
「聖さん!あまり男子を……興奮させるような事言わないで!治まり着かなくなったら、どうするの!」
「アンタも声大きいよ弓。ちっとはモテない男子に夢見させてあげようってば」
学年ツートップの登場に、ヤモリのように仕切りに張り付く男子達の目が血走った。
「いいんちょ、白っ!色素薄っ!滅茶美白肌!大事な所も薄……完璧な薄桃色!」
「聖さん!それセクハラ!……フィクションです!聖さんの発言は全てフィクションだから!……フィクションですからね!」
必死に叫ぶ弓であったが……想像力が極限まで引き上げられている男子達には……通じるか微妙であった。
「あめちゃんは……対照的に小麦色で健康的だねぇ……あれ?全身?これ地肌?」
「私クォーターだからさ、この赤茶の髪も地毛だしね。このせいで、遊んでるって誤解されがちなんだよね~」
「ほほう……では、このスタイルも異国の血が入っている故か……とてもハリのある胸肉であらせられる!お見事な形状のDであるぞ少年達よ!」
ギシギシと鳴り、微かに揺らぐ衝立。
「男子達~……ノンフィクションだよー!」
肯定し、とても悪戯っぽい良い笑顔を浮かべた安芽。途端、男湯からバシャン!バシャン!と水面を激しく打つ音が何度か響いた。のぼせて脱落した者が現れ始めたようである。
「安芽~!貴女まで悪ノリしてっ!」
「固いこと言わんの~。でもま、私達だけ実況されるってのも……ねぇ?って訳で、とりゃー!」
「ちょ!あめちゃん!アタシはけんちゃん専用だってばー!」
「このこのー!どんだけ剣んに揉まれてん……?うわ!見た目ソコソコな大きさだったのに……柔い!指が沈む!吸い付く!モッチモチで癖になりそうな感触……極上の触り心地じゃん!?」
「ちょ、ちょっと感じちゃうってば~もう離してよ~」
仕切り越しに、実距離数メートル先で繰り広げられている女の子同士の素肌密着スキンシップ。男湯では、既に衝立に張り付いていられる者はなく、全員下半身を浴槽に沈めていた。
「そうだ!止めろ!私と交代しろー!」
「あ、椿ちゃん!お風呂で走ったら……」
つるんっ!どがっしゃ~ん!……何かが滑り、何かが崩れる音がした。
「……え~と、バキ子って、引き締まったいいスタイルしてるよね~?」
「そ、そ~だね。腹筋がシックスパックに割れてるのは鍛えすぎだと思うけどさ……」
「そうね……それでも出るところは平均並みには出てるし……それだけに、残念よね……」
転んで滑って、積んであった風呂桶の山に突っ込む……そんなコント染みたテンプレ芸を披露して倒れている椿を、梓と安芽と弓の三人は、とても残念そうに見下ろしていた。
そして、男湯では……
「なんか……萎えたな」
「……早瀬には、流石になぁ」
「美形ではあるけど、百合で変態だもんなぁ……」
悶々としていた男子達は、少し、頭が冷えたようである。
それも、僅かな間ではあったが……
「やっぱり温泉のお湯はいいね~、この肌に艶が出る感じ!」
「だよね~。外気に触れながらの入浴って心地いい~!それにさ、弓を見てみなってアズっち」
「いいんちょを?……!美白肌が温まって、ほんのり桜色に染まって……セクシーだね!」
「もうっ!あまりからかわないでよ……私より……先生の方が凄いでしょう!?……浮いてるのよ」
「あらあら~?熱膨張、しちゃっ、たのか、しら~?」
「これは……浮くってより……漂うってレベルだな!先生お見事です!」
「バッキーも張り艶のある肌してるよね~。無駄の無い、アスリートな身体つきっつうの?……アマゾネス系?」
「ファンタジー、な、世界だと、ビキニアーマー、似合いそう、ですよ、ね~?」
きゃいきゃいガールズトークが盛り上がる中、一人、鼻と口まで水面に沈め、ジト目で恨めしそうに皆を眺めながら、息を吐いてブクブクしている幼女……体系の少女がいた。雀ちゃんである。
「……私から見たら、誰の身体も羨ましい……」
雀ちゃんの身体スタイルは……お世辞も言えない、言い訳無用な幼女体系。小学校二年生以下な、小さく細い身体である!
「ずめちゃん……心の闇が漏れてる!」
「うふふ……私、今年で十八なのにね……早く大人の身体になりたいな~……」
やさぐれずめちゃん、完全に光を失った目をしています。
「……アズっち、どうにかしなよ、友達なんでしょ!」
「なんて、ムチャブリな……大丈夫だよ、ずめちゃん!ロリには途方もない需要があるから!ちっちゃ可愛いが好きな男子は沢山いるよ!……私ん家のお姉ちゃんだって絶壁だから!」
本人を前にしては、決して言えないぶっちゃけである。
「でもね!妊娠したからか少~しだけ胸が膨らんだ感があるの!ずめちゃんも子供作ればきっと大きくなるから!」
本人には言えないパート2!
「……いや、私の場合、私を恋愛対称として見る人が……その……」
「ロリコンは駄目ですか?そう言えば……ずめちゃんって、どんな男がタイプなんだっけ?」
話題を切り換えるチャンスと見て、すかさず安芽が話に割り込んだ。
「私のタイプはね~、性格は明るくないと駄目ね、絶対!身長は高い方がいいけど、私より5センチぐらい低くても、お姫様抱っこしてくれる筋力があれば妥協する!但し、イケメンに限る!」
「結局イケメンなのね……私は……ストイックでクールな人が……タイプかしら?」
安芽に続いて弓も被せてきた。入浴女子会の話題は、好みのタイプの男子告白会へとシフトしていった。
「私は無論、けんちゃんこそが理想なので。それ以外は考えられません!」
「皆も知っての通りだ!男に興味無し!」
「先生は、です、ね~。ゆったり、落ち着き、ある、人がいい、ですね~。せっかち、な人とは、生活リズ、ムが合わないの、で~。今まで、長、続きした、事ない、んです、よね~」
担任教師まで参加してきた為、雀は、言わなきゃいけない流れだと理解していた。
「……体が、大きくない人」
小さな呟きであった。その声が男湯まで届かなかったのは、とある野球部員にとっては幸であっただろう。
「ずめちゃん、そりゃまたどうして?」
「だって……何かあった場合、支えられないし……」
「そうか……あまり身長差があると、肩も貸せないものね……でも、それが舞原さんにとって、本当に第一優先なの?」
「う~ん……強いて言えば、平凡な人……かな?アズちゃんと剣くん見てると思うんだよね。二人と友達やってる分には楽しいんだけど……トラブルが毎日だと疲れるよ、絶対」
つい~と、皆の視線が梓に集まる。
「あっはっは~!確かに私ん家じゃ毎日何かしらあるからねぇ。普通じゃないのが普通みたいな?そうそう、トラブルと言えば、今日もあったね~。バキ子がナンパされたりとかさ!」
目を見開いて驚く弓と安芽、それにゆかり。
「その目はなんだ!先生まで!嘘じゃないぞ!」
「そ、そりゃまた物好きが……まあ、中身を知らなきゃ……アリと言えなくもない……よね?弓!」
「そ、そうね……外見的には……背が高くてスマートでもあるわけだし……一体、どんなシチュエーションだったの?」
「えっとね~確か……」
ショッピング中に剣と一朗がトイレに行き、女子三名だけになった僅かなタイミングに、何処か知れぬ制服姿の高校生らしき三人組が椿に言い寄って来たのである。
当然、すぐ近くには梓と雀が居たわけなのだが、二人には目もくれずに。椿はナンパ男達を相手にしてもいなかったのだが、その内一人が「いーじゃん、あんなデブとチビなんて放っておいて」と、言ってしまったのが運の尽きであった。
「流石にアレは、私もムカッとしたよ」
普段、剣達五人組の良心である雀ちゃんであるが、その彼女をして腹立たしい出来事であった。今、聞いたばかりの弓達も険しい表情を浮かべ、安芽は特に仏頂面で怒り心頭で口を開いた。
「は?って感じだね。なんて馬鹿な奴!ナンパしてる相手のツレを蔑むとか、頭悪すぎじゃん!」
「だよね~。ま、ソイツ等の運の悪いところは、ナンパしている相手が……もっと頭悪くてパワーバカだったって事だね!」
殊更愉快だったとばかりに、ニヤリ笑顔で思い出し笑いする梓に、雀も上機嫌で状況を説明した。
「本当にね、あっ!?と思ったら椿ちゃんがその男の子を背負い投げしちゃったんだよ!もうね、三人を立て続けに!……とてもスッとしました!」
梓からは微妙な、雀からは掛け値無しの賛辞を贈られ、とても誇らしげにドヤ顔している椿であったが、弓の表情は引き攣っていた!
「……あ、あのね……それ、他校生とのトラブルだから!修学旅行でやっちゃいけない中でも最たる物だから!」
弓は、そろ~りと、ゆかりの表情を伺ったが……ゆかりは特に気に止めた様子も見せず……否!完全に惚けて「ちょっと、のぼせ、ちゃい、ました~」とか宣い、風呂縁の岩に腰掛け足湯状態に居住いを正し、火照りを冷まし始めた。
「ゆかりん……その姿勢、セクシーすぎりゅ!裸体をつたう滴が!頭に巻いた手拭いからはみ出た髪が張り付く首筋が!身体全体から立ち上る湯気が!少し腰捻って……そう!そこ!括れのライン完璧!ああ!男子諸君見せられなくてごめんなさい!私は今……ヴィーナスの降臨を目にしているぅ!」
「…………は!ひ、聖さん!だから男子を焚き付けるような……?早瀬さん!?鼻血吹いて気絶してる~!?安芽、そっちの腕持って!湯冷ましさせないと!」
「う、うん。いや、こりゃ男子がゆかりんに夜這いしに行きそうで心配だなぁ~」
「不吉だから言わないで!あぁ?舞原さんがまた落ち込んでる?」
「あら、あら~?……やっぱ、り。裸の、付き合いは、仲良くなる、みたいです、ね~」
椿が快方されてる姿を見て、的外れっぽい感想を漏らすゆかりんでした。
一方その頃、男湯では……
「くそう!聖嫁めぇ!生殺しか!」
「ぬおぉぉぉ!覗ける隙間は?よじ登れないのか!?」
「俺達の女神様ぁー!」
梓の実況は、序盤こそ男子達に感謝されるものであったが、徐々に妄想の補完に満足しきれなくなった彼等にとって、ありがた迷惑へと変わっていた(梓はソレ込みで楽しんでます)。
結局、男子の梓への評価はプラマイゼロでありました。
そして、その頃の剣は……
「あ~、やっぱ京都の風呂上がりには、抹茶ミルクだな~」
とっくに風呂を出て、ホテルの中庭で涼んでいたので、嫁のしでかしに気付いてもいなかったのでした。
そこへ、近付く一つの気配。
「……昨日どころか、今日の今日かよ?……短気だな、爺さん」
公約を果たしました。
これで、良かったのだろうか……?
ええい!どうとでもなれ!……そんな心境です。
次回は、この話から引きで。
剣と爺さんの茶会……色気ゼロか。落差が……
 




