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79話目 修学旅行二日目 無事に戻った

「おー、明るくなった!」


陰陽師の本部屋敷から少し離れた場所にある小さな神社。その鳥居を抜けると、強い西日が剣の目に射し込んできた。そして、剣はふと気付いた。回りの景色が、数秒前までの暗い街と、明るさ以外にほぼ違いが無いことに。


「どうなってんだ?表の街とあっちの街、似てるとは思ってたけど……」


剣を先導し、ここまで同行してきた尋姫が答えた。


「あちら側は、平安の頃の陰陽師達が人ならざる者達を隔離する為に、京都の位相空間に造り上げた人造異界なのです。特定周期毎に、表の世界を転写するように作り替えられる術式が組み込まれていますので……」


「それはまた、大掛かりな事で。道理で、現代的なオブジェクトがあった訳だ。それにしても千年以上も維持されてる術式ねぇ……術者はやっぱり安倍(あべの)さんかな?」


剣にはヲタな妹からの影響で、ほんの少しばかりだが陰陽師絡みの知識があった。当然、日本一有名な陰陽師の名前ぐらいは覚えがあり、その母親が葛の葉とゆう妖孤であったという言い伝え程度は聞いた事があった。


そして、陰陽師の長老の姓が〝葛乃葉〟である。とても嘘臭くわざとらしく感じさせられていたが、関連付けるなと言われても、関連性を疑わないのは無理な話である。


「それは、まあ……とても有名な方々だった、であるとだけで勘弁して戴きたく……それより、私の方からも質問……宜しいですか?」


「別にいいけど……なに?」


「キミは……どうやって、その強さを身に付けたの?」


剣にこてんぱんにされてしまった尋姫であるが、剣道は段位持ちであり、陰陽師としても若手一の使い手であると自負するだけの実力者であった。そこに至る迄、積み重ねてきた鍛練は質・量共に生易しい物ではなかった……筈なのに、自分よりも六つは若い筈の通りすがりの高校生は、それを嘲笑うような、理不尽過ぎる強さを有していたのである。


その強さの片鱗だけでも知りたいと思うのは、戦う者として当然の帰結。無論、強大な力を得る方法が簡単だとも思えはしないし、剣には教える義理も無い。それでも、駄目元でも訊かずにはいられなかったのだ。


「……気が遠くなる位の……積み重ね、かな?」


はい、尋姫お姉さん残念そうな表情してます。「やっぱり教えてくれないよね……」「キミ、私より若いじゃない」みたいな、恨めしい視線を投げかけてる。


なので、剣の続く台詞に唖然呆然となったのでした。


「日本に在るでしょ?長く大事に使われた物に意志が宿るって話。それで俺、前世は異世界で『聖剣』だったんだよね。何百年か何千年か……正確な時間は判らないけど、あっちのトップクラスの奴等の戦いに沢山付き合ったからな~」


それは『勇者』と『魔王』が世界のシステムとして実在する世界で経験した激戦の数々。時には『魔王』の手にする『魔剣』であった事もあり……ありとあらゆる魔法の媒介として幾度も利用され、結果的に、魂に魔法式が刻み込まれてしまったのである。


「まぁ、自発的に努力して強くなった訳じゃないんだよね。その辺り、狡いとかチートなんて思われるんだろうけど……これでも前世の頃より、かなり魔法の威力は落ちてるんだけどなぁ」


「あ……あれで弱くなってるって言うの!?嘘でしょ……」


「肉体を得た事で感覚が変化したのかもしれないけれど、魔力……こっちじゃ霊力でしたっけ?が総量で半分以下、威力も最大出力で三割以下がいいとこなんですよ。まあ、地球(こっち)で大多数相手に戦術級の広域殲滅魔法なんて使う機会なんてないから問題ありませんけどね。それでも本気になれば……さっきの御屋敷程度、一撃で火の海に出来ましたけど」


剣が淡々と紡ぐ言葉に、尋姫は畏怖するしかなかった。


「……組織の命運、風前の灯火だったんじゃないの……」


もし、楼明が出てこなかったら……


もし、楼明が剣の要望を聞き入れなかったら……


「ま、平和的に解決出来て良かったですよね。暴力的手段で解決するの、あまり好きじゃないんで」


「好きじゃないって……ノリノリで人の家の門を蹴破っといてよく言えるわね……」


「少なくとも、抵抗も逃亡もしない相手に何十回も刀を振り回したお姉さんよりは、よっぽど平和的な思考してると思いますけど?」


グッサリ刺さった言葉のブーメラン。


「それは、その……任務だからだもの……命令されてたんだもの……表の世界じゃあんなことしないもの……」


今日の出来事は、尋姫にとって確実に黒歴史となっていた。


「それじゃ、俺はもう行きますね。早く帰らないと……」


「あ……待って!まだ聞きたい事が……」


「歩きながらでもいいなら……でも、ソレ」


剣が指差す先には、尋姫の腰に差された立派な得物が。このまま街を歩いたら、確実に警察官に職質されて、銃刀法違反の現行犯逮捕が目に見えている。


「一緒に歩いたら、俺まで事情聴取されそうなんですが」


とても迷惑そうな声音の剣に対し、尋姫は得意気に答えた。


「この刀?大丈夫よ。意識誘導の術が付与されているから、霊力の低い一般人には鞘から抜いたり、抜こうと構えたりしない限り刀として認識されないから」


「……精神に作用する術か……そっちは不得手なんだよな」


前世では、念話が出来たり、所持者と感覚を共有したりと、寧ろ得意だったのになぁ……と神妙な顔をする剣。それはそれとして、某ファミレスのウェイトレスのように、幼い頃から刀を携帯しているのが普通と思われている訳ではないようである。


しばらく共に歩いてみると、すれ違う通行人は、本当に尋姫が腰に差している刀を気にする様子がない。……ないのだが、かなり注目はされている。特に、外国人観光客を中心に地元民ではなさそうな方々から。


「……こんだけ注目されて、刀が気付かれないとか……優秀な付与術だな。……自分にも付与してもらえば良かったのに」


「慣れてますので大丈夫です!私の家、表向きは茶道をやっててお祖父様が家元なんです。ですので、普段は袴ではなく普通の和服を着ているので、もっと注目されてますから!」


いや、そんな事を力説されても……と、声に出さずに心で突っ込む剣であった。


「そういうキミも、けっこう注目されてるみたいだけど?特に女の子から」


「よくあることです」


「よくあるのね……まあ、見た目はいいものね、見た目は」


「……それ、全部自分に跳ね返ってません?」


言葉を詰まらせる尋姫。降伏勧告もなく、伝説の人斬りばりの抜刀術をかまし、避けられてしまった女。


任務の為なら冷酷非情、頑固で短気、誇り高いが脆く折れやすい。それが彼女に対する剣の評価である。


「あら?それは見た目はいいって認めてくれているのかしら?」


評価に、普段はポジティブ(図々しい)が追加された。


「普通に美女だとは思ってます。思わない奴は目が見えないのか捻くれ者かのどちらかでしょう」


剣の返事に、尋姫はくすりと微かな笑いを溢した。


「流石は年の功と言うべきかしら?普通の男子高校生だったら、恥ずかしがって中々言えない台詞よ?」


茶化すように嗜めたつもりの尋姫であったが、ソレに対する剣の反応は、とても冷やかであった。


「なるべく嘘吐かない主義なだけです。何やら、自分は他人から誤解されたり逆恨みされる事が多いので、自分からそういった火種は蒔かないようにしてるんです」


剣はその原因が、自身の見た目や運動能力だけでなく、ちょっぴり珍しい?家族構成なんかを説明した。


「それは……有ること無いこと言われる要因だらけかも……って、私にそんな説明していいの?」


「今更でしょう。お姉さん達を殺していない時点で、俺の素性を調べられるのは黙認するって宣言したも同然なんですから。俺んちはどっかの組織に所属してない一般家庭なんで、簡単な調査で住所から何から判明する筈です。家の防犯システムは……多少妹達が弄くってますが殺傷能力は……多分ありませんので、陰陽師みたいな異能者にとっちゃザルだと思います」


「言葉に詰まった辺りが、非常に気になるのですけど?」


自分の知らぬ間に、理数系チートな双子妹と、電子機器取扱い万能な妹が、警備・防犯システムの強化改良をしていない保証は……剣には、していないとは言い切れなかった。


「ま、あの爺さんなら間違いなく俺の身辺調査をさせるだろうから、役所なんかの公的機関に在る情報なんて隠す必要は無いって訳ですよ。だったらある程度情報開示しておいた方が、精査するのも楽でしょう?」


「た、確かにお祖父様なら、キミみたいな存在をノーマークにしてはおかないだろうけど……」


尋姫は、剣が楼明と会話をした頃から、既にここまで先を予想していて、それが外れていないだろう事に驚愕するしかなかった。そして、剣に言われるまで、そこまでの想定をしていなかった自身の浅慮さに落胆したのであった。


「……落ち込んでるトコ悪いけど、一応、今した話を爺さんに伝えて下さいね。あ、それと俺が転生者で魔法使いだってこと、知らない家族も居るんで他言無用ってのもお願いします」


「……ええ、そうね。ちゃんと言っておくわ。()()()調()()はしないようにって」


「はい。それでよろしく」


尋姫は剣を宿舎のホテルまで送り届けると、謝罪するように一度深々と御辞儀をした後、重い足取りで帰ってゆくのであった。




剣がホテルのロビーに入ると……その場にいた男子生徒達に、一斉に取り囲まれた。


「聖ぃー!あの美人のお姉さんは何だー!?」


「浮気か?京美人と不倫デートか!?」


「お前ばっかりいい目見やがって……お願いします!おこぼれ下さい!」


「頼むから!イチャコラするのは嫁とだけにしてくれ~!」


いつも通り、誤解と早とちりによる妬み嫉みの嵐であった。


「……ちょっと道に迷って案内してもらっただけだっつーの。どうしてこう、男子高校生って奴等は……」


人の話を、聞かないのか。


そもそも、浮気だの不倫だのやましい想いがあったのなら、知り合いだらけの場所まで同行なんてさせる筈がないのに……


相手にするのも面倒なので、無視して進む剣であったが、嫉妬の炎に身を焦がした男子生徒達は、剣への糾弾を止めようとせず、階段にまで着いてきた。


ギリギリ夕食前に間に合った剣は、当然腹が減っている上、寝不足も重なっていて、普段よりも魔力消費量が多くて……疲れていた。不快指数がぐんぐん上昇して、少しばかり……キレた。


「オマエラ……池田屋事件って、知ってるか?」


二階に上りきり、彼等に振り向いた剣の表情は……口が裂けたような、邪悪な笑みを浮かべていた……




その日の夕食の席。


ホテル近くの、老舗の豆腐屋から仕入れた豆腐を使った湯豆腐がメインの、京都名物をふんだんに用いた、繊細な味わいで見た目も鮮やかな料理に、清央高校の生徒達は和気藹々と宴会さながらに食事を楽しんでいた。


しかし、食事会場の大広間には、ポツポツと空席が目立っていた。


「どうしたんだろうね?遅刻してるのかな?」


「いや、なんか階段で巫山戯て何人か転んだんだってさ」


「あれだろ?幕末ドラマの真似したとかって……」


「さっき先生がホテルの支配人に謝ってたらしいぞ」


そんな噂話が囁かれる中、剣は我関せず、黙々と湯豆腐を口に運んでいたのでありました。




見事な階段落ちを披露したモブは、奇跡的に一人も大怪我していません。皆、口を揃えて「自分で落ちた」と証言しました。……脅えた目で。

次回は二日目の夜のあれこれ。

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