77話目 修学旅行二日目 ……だった筈だよね?
かなりファンタジー成分濃度高い話です。
……これは、どうしたことなのだろう?
少し、落ち着こう。そうだな、先ずは今日一日何があったか、順を追って考えてみよう。
確か……昨晩女子達が部屋に戻ったところで、瀧に詰め寄られたんだったな。まさか、クラスメイトにSAKUTANのファンがいるとは思ってなかった。口数少な目な瀧が、あんなに饒舌になってSAKUTANを誉め称えるとか……妹があんなに褒められるとか、兄として……こんなに嬉しい事は無い!
それで、日を跨ぐまで語り合ってしまったんだったな。まあ、話した内容については黙っていてくれるだろう。こっちも瀧が隠れヲタであることを秘密にしておくのだからイーブンだ。
そして、朝五時に目を覚ましたんだった。我ながら、染み付いた習慣恐るべし!だったな。二度寝する気にもならず、そのまま散歩に出掛けたんだった。見馴れぬ町を、朝の冷たく爽やかな空気を感じながら歩くのは心地が良かった。
……途中「むぁーかして!」とか叫んで、鹿と楽しそうに戦っているロン毛眼鏡の男を見た気がしたが……うん、あれは幻だったに違いない。
一時間程して宿に戻ると、運動系の部員が合同でジョギングに出発するところだった……俺を見て驚いてんなよ、帰宅部より起きるの遅くてどうすんだ?とか思った。
朝から大浴場を利用出来るのはマル。とてもさっぱりした。
朝食は所謂和朝食。可もなく不可もなく、栄養バランスは悪くなかった。
その後、いつもの面子で大阪港を目指して予定通りに出発して、特別トラブルもなく到着し、観光した訳だ。
ほんの一寸階段を登るだけで登頂してしまった天保山には本気で「え?」と思わされたり。
水族館ではジンベエザメを初めて見て、かなり感動したり、燕へのペンギングッズを忘れずに購入したり。
水族館のお隣の施設にあるアニマルパークではアルパカやカピバラをモフッて癒されたり。
同施設内の飲食エリアで大阪名物をハシゴしたり。
ウインドウショッピングを楽しんでいたら、余所の学生に早瀬がナンパされたりして「あ、コイツ内面知らない奴からだったら見栄え良いんだった」とか思い出したり。
その学生を早瀬が突然背負い投げしたりするから、皆で一目散に逃亡してみたり。
……うん。概ね楽しい観光だったな!
それで……少し早かったけど京都の宿舎に向かうことにして。
部屋に荷物を置いた後、夕食まで京都の街を一人歩きしてみることにしたんだった。
で、今に至る訳だが……時刻は午後四時前なのに、妙に辺りが暗い。そして……人がいない。
街並みは先程まで歩いていた京都の街と変わらない佇まいであるのだが、とても異様な雰囲気である。
否、異様なんてあやふやな表現では相応しくない。これは……そう、奇々怪々と言うのが正しい。
何故なら、人がいない代わりに……いるのだ。何が?……雑多な外見の妖怪とか魑魅魍魎な皆様が。
「……京都って、今日ハロウィン的な日だっけ?」
取り敢えず、現実逃避な台詞を口にしてみた。
しばし、和風クリーチャーな方々の視線を避けて移動してみた剣であったが「俺も中身はバケモノなんだし、気にすんのや~めた!」と開き直り、堂々と道の真ん中を歩いてみる事にした。
すると、ガヤガヤざわめく妖怪さん達。
「お、オイ!あのアンちゃん人間じゃねえか!」
「ヤベェ!迷い込んだんだろうに、全然びびっとらん!」
「見覚えあるか?俺は初めて見る顔だぞ?」
どうやら、珍しくはあっても人間がここに来ることはあるらしい。そして、何だか警戒されているようだと剣は感じた。一先ず、襲われる心配はなさそうである。返り討ちにして死屍累々せずに済みそうで本当によかった。
「さて……困ったな。どうすりゃ帰れるんだ?」
夕食の時間までに戻れなければ、一朗達に迷惑を掛けてしまう。連帯責任とかで教師から纏めて説教されてしまうかもしれない。どうしても、十九時迄には宿舎に帰らねばならないのだった。
リアル妖怪シティをくまなく探索してみたい欲は有っても、それは友人に不利益を強いてまでする事ではない。先ずは、帰還手段を入手するのが第一優先事項である。……一応、非常手段はあるのだが、勿体無いので使わずに済ませたいのであった。
「……よし!ガチリアル脱出ゲーム開始だな!」
実はかなりテンション上がっている剣さんは、決意を込めてドアホウな宣言をした!凄く楽しそうに!
そんな剣さんに注目していたモノノケ達は、ギョッと目を丸くして驚愕し、剣を奇異な存在として認識しはじめていた。
だが、決断してしまった剣にとって、現地住民の気持ちなんて二の次である。脱出に必要なのは先ず情報。ギャラリーは大勢いる。情報源は一匹たりとも逃がさない!
剣の目は、獲物を狙う狩人のモノとなった。
「に……逃げろぉ~!」
妖怪の中には、角が頭に生えてる鬼っぽいのもいる。今ここに、人間が鬼を追いかける……逆鬼ごっこが始まった!
「お待ちなさい!」
剣がダッシュしようとした瞬間、凛とした女性の声が響き渡り、どよめいていた妖怪達が息をのみ、動きを止めた。
妖怪達が、剣が、声がした方に目を向けた。和風家屋(二階建て)の屋根の上に、声の主が騒ぎの中心である剣を見下ろし立っていた。剣士――そう表現するのが妥当な、腰に長い刀を差している袴姿の、長い髪をうなじの辺りで束ねている若い女性であった。
「そこの少年……偶然に迷い込んだ?いや、結界が強化されている今、有り得ないな……」
女性剣士の呟きは、妖怪達の喝采で掻き消された。
「おぉー!陰陽師様ぁー!」
「良かった~……これで安心だあ」
「あの小僧怖いんす!どうにかして下さいよ!」
……やたら、人気者である。どうやら、無差別に妖怪退治をしている訳ではないらしい。寧ろ慕われているみたいだ。
そんな、陰陽師でもある女性剣士を、剣は遠い目をして眺め、やるせない気持ちで呟いていた。
「桜……美少女、ってよりかは美女って年だろうけど……兄ちゃん会っちまったよ陰陽師に……さっきまで、楽しい修学旅行だった筈なのにさ……」
当然、誰の耳にも届かず掻き消された。
しかしながら、凄く気乗りはしないものの、陰陽師な女性剣士が現れてくれたのは剣にとって都合が良かった。
周りの妖怪達の様子を見るに、この暗い街で陰陽師は騒ぎを治める立場にあるらしい。つまり、警察官的な役割なのだと推察出来た。道に迷ったらお巡りさんに道を訪ねる、先進国なら幼児でも知っているべき常識である!
とはいえ、屋根から見下ろされているのはなんとなく気分が良くない。剣は女性剣士が立つ家屋に近付くと、軽くジャンプして一階の屋根に備え付けられている雨樋を掴み、懸垂の要領で身体を持ち上げて屋根に這い上がると、同様に二階の屋根へと上り、女性剣士と相対した。言うまでもなく、魔法を利用した跳躍で直接二階の屋根に飛び乗るのは可能なのだが、あからさまに常人離れした能力を正体不明の相手に見せるのは悪手だと判断したのである。
剣の、あまりにも淡々として焦りも怯えも感じさせない挙動に、女性剣士は訝しむ表情で抜刀こそしていないものの、警戒を露にしていた。右手を刀の柄に添え、即座に居合い抜きが出来るように構えながら、剣の挙動を見逃すまいと、射貫くような視線で捉えている。
「……澱みの無い動きですね。随分と、屋根に上り慣れてる御様子で」
「そうでもないんだけどなぁ」
明らかに不審者扱いされた皮肉染みた評価に、苦笑するしかない剣。意識的でなく不本意であれど、招かれざる客として迷いこんでしまった自分は、紛れもなく侵入者であり、あげく住民を取っ捕まえてオハナシしようとしていたのだから。
「それはそれとして、ココって何なんですか?元の京都の街に出るにはどうすれば?」
率直な疑問と、最優先事項を達成する為の質問を投げ掛けた剣であったが、敵意を感じさせないように焦らず、混乱した素振りも見せずに、刀を構えた相手をちっとも恐れていない自然体な姿は、女性剣士に対して逆効果であった。
「白々しい。一般人がこの状況で冷静を貫けるなど……有り得ない!」
カッと目を見開き、女性剣士は刀を抜いた。振るわれた横薙ぎの鋭い剣閃は、正に目にも止まらぬ音速の居合い。
「危ないなぁ。避けなかったら斬られてるじゃないか。警官だって発砲前には撃つって警告するだろうに」
剣の声は、女性剣士の背後から発せられていた。
「……な?どうして後ろに!?」
「どうって……普通に前宙して避けたとしか」
「普通である筈が無い!」
避けられるだけでも想定外。その方法が更に規格外。思わず冷静さを欠き、声を荒らげる女性剣士に、剣はどうしたものかと頭を掻いた。
これが普通の街中であったなら、女性剣士は抜刀した時点でデストロイ決定なのだが……今は現在進行形でファンタジー展開の真っ最中である。うっかり反撃して殺ってしまっては、帰る為の手掛かりを自ら手放すようなもの。女性剣士以外にも陰陽師がいたとして、仲間を殺られて素直に帰還手段を教えてくれるとも思えないし、より面倒になりそうである。色々想定した結果、可能な限り平和的に、迅速に場を治める必要を感じているのである。
剣が説得の言葉を考えている間も、女性剣士は幾度も斬撃を放ち続けていたが、剣には一向に掠りもしない。当たれば全てが必殺の一撃であるのに、剣は上の空のままで、飄々と刃から逃れてしまうのである。その態度が益々女性剣士の心証に悪影響を与え、対応を意固地にさせてしまっていた。
固唾を飲んで見守っていたモブ妖怪達の間にも動揺が走っていた。
「どうなってるの!陰陽師様がまるで子供扱いじゃない!」
「信じらんねぇ!俺ならとっくに微塵切りになってる!」
「あの小僧、どうして反撃しねぇんだ?」
「陰陽師様より、ずっと強ぇ……のか?」
野次馬達の野次が聴こえてか、女性剣士は顔を真っ赤にして悔し涙まで滲ませていた。額から汗が滴り、呼吸も荒く、肩を上下させる程の疲労までしているのに、相手はずっと何かを考えながら、片手間といった様子で真剣による攻撃を避けているのである。
これは何の冗談か?悪夢か?女性剣士は自身の力が、今まで積んだ鍛練が無意味だったと宣言されたかのように、プライドをズタズタに引き裂かれた思いにまでなっていた。
そこに、剣が気だるそうに口を開いた。
「……そろそろ、充分じゃないか?こっちは修学旅行で京都に来ただけで、ここに迷い込んだのも偶然なんだ。何が悲しくてコロシアイしなきゃならねーんだっての?泣きたいのは俺の方だって話なんだが……」
「修学旅行だと?……私を愚弄しているのか!?巫山戯るな!ただの偶然で、お前のような非常識が侵入してくるなど……あってたまるかぁー!」
女性剣士は怒気の籠った叫びを上げると、バックステップして剣との距離を開けると、刀を両手持ちで大上段に構えた。すると、刀が赤熱化して炎を纏い始めた。
「これなら、どうだっ!我が霊力よ、刃に宿りて立ち塞がる悪鬼を灰塵と為せ!飛翔火焔斬!」
降り下ろされた刀から、弧を描いた剣の軌跡のままに、高熱の衝撃波が放たれた。
「……大した事無いな。これが切り札か?」
屋根瓦を吹き飛ばしながら迫り来る必殺技を前に、剣は真っ向から叩き潰し……たりはせず、紙一重ギリギリどころか、ひょいっと地上へ飛び降りてやり過ごした。
標的を失った炎を纏った衝撃波は、そのまま虚空を真っ直ぐ飛んで行き、やがて消滅した。
それを確認すると、剣は再び二階の屋根に戻った。今度は、地上から直接ジャンプして。そこには、刀を杖代わりにして方膝立ちで呆然としている女性剣士がいた。
「……いや、あんな溜めの長い隙だらけの技なんて避けられて当然だっての。直進するだけだし範囲も狭い。そんな「嘘でしょ?」みたいな顔をされたってさぁ……」
空気を読まない、とてつもなく合理的な回避をされて、女性剣士のプライドは粉砕されていた。しかも、今の飛翔火焔斬にはありったけの霊力を込めてしまったので、戦闘継続は絶望的になっていた……
そんなだから、剣が一歩近付いただけで、身体がビクつく程に脅えてしまい、子供のように泣きじゃくって会話にならず、剣は途方に暮れるのであった。
「……早く帰りたいだけなのに、どうしてこうなった……」
何処で対応を間違えたかと思い返せば、多分、逆鬼ごっこをしようとした辺りだろうかと剣さんは結論し、反省した。
転生してから最大級の未知との遭遇に、つい、テンションが上がりすぎて変な方向に暴走してしまったと、それは深く深く反省したのであった。
……とはいえ、不審者相手だとしても、いきなり居合いで一刀両断しようとするとか、ピリピリし過ぎではないかと疑念を抱きつつ、女性剣士が泣きやむのを待つのであった。
妹に危害が及ばなければ、大人な対応が出来るアンちゃんの話でした。
メインキャラを差し置いてオリジナル必殺技を叫んじゃった女性剣士……彼女についての詳細は次回以降で。年齢だけ意味なく先行公開、24歳です。
次回、剣は帰れるのか?
 




