7話目 猫とメイドな喫茶店
双子が光にこってり絞られた翌朝。剣は光の部屋に呼び出されていた。光の部屋はきちんと整理されていて、カーテンや壁紙は薄い色合いで染みや汚れも無く清潔である。
無駄な物も少なく、生活に必要ない物といえば、机やタンスの上に可愛らしい小物が幾つか。それと、梓からプレゼントされた手作りぬいぐるみやクッションがソファーやベッドに転がっている程度である。
「剣は……知ってたの?……翼と……希が……その……」
「うん。しってた」
長女様、しれっと答えた弟に、思わず四つん這いになり床に伏した。
剣は昨晩の内に、翼と希から光にゲロった事を聞かされていた。双子も誤魔化そうと努力はしたのだが、結局根負けしたのと、譲れない想いが在ったのである。
光は、双子が関係を認めた事で精神的に疲れてしまい、様々な疑問はあったものの、追究出来ず、剣に相談してからにしようと、双子を解放したのであった。
「何で……私に、教えてくれなかったの?」
「そりゃ、こうなるだろうなって予想出来たからさ。わりと酷い顔してるって気づいてる?」
「寝不足で隈も出来るわよ!ああ……もう……昔から仲が良すぎるとは思っていたけど……!どうしたらいいの?」
「どうもしなくてよくない?」
「ちょっ……!何言ってるの!実の姉妹同士なのよ!問題有りすぎでしょ!?」
「そう?俺には世間体以外に問題無いと思うけど?」
「そ、それよ!倫理的な問題でしょ?駄目でしょ!」
「姉さん、熱く成りすぎ。一旦落ち着いて。話し合いになってないから」
取り乱してヒートアップしてしまう光を諫める剣。実際の人生(?)経験差が、有事には表面化するようだ。
「……ごめん。私だけじゃどうしていいか解らなくて剣に相談してたのに……何とか、二人を正しい道にと……」
「ん~?姉さん。そもそもの前提なんだが……この問題に関しては、俺は翼と希の味方だぞ。いや、問題にもならないから放置してたんだし」
「……ちょっと、理解出来ないんだけど?」
「だからさ、姉さんは知らぬ存ぜぬしてくれてればいいんだよ。世間体的にはネタとかキャラ付けって事にしとけば……何も問題無いだろ?」
「……何か、問題にするとこズレてるから……そうじゃなくてぇ~!」
「百合とか近親がって事?それこそ問題無いだろ。女同士なんだから子供出来ないし。お互い好きでやってんだからさ」
「えええぇぇ………………剣ぃ、貴方、寛容すぎぃ~……」
「あのな姉さん。今更俺に常識的な答えを期待されても困る。義理の姉と、十四年も恋人関係続けてるんだぞ。翼と希を説得出来るだけの説得力なんて皆無だろ?」
「うう……そうでした。それを許可してたの私でした……」
「その事については、俺を信じてくれたんだろ?だったら、翼と希の事も信じてやってくれよ。本当に何も害は無いんだし」
「確かに、害は無いけど……なんか、なあ……」
「すぐに納得出来ないのも当然だよな。姉さん真面目だから。別に今すぐ結論出さなきゃならないワケでもないし、気楽に気長に考え続けりゃいいんだって。五年も前から知ってた俺とは違うんだから」
「え!?五年!?あの子達、小学生の頃から?……ま、待って……そんな前からなの?」
「そーゆーこと。興味本位や一時の気の迷いじゃなくて、翼と希はあれで正常なんだよ。俺はそう判断している。……ああ、それとこの件については、俺しか知らないから、梓や桜に相談して騒ぎを広げないでくれよ?あの二人の性格だと、悩むより面白がるだろうし」
「そうね……その予想は簡単だわ……」
「ま、下手に思い悩むなよ?それより、今日は友達と遊びに行く約束してんだろ。ゆったり遊んでストレス発散してきなよ」
「うん……そうする……癒されそうなトコいってみる……」
(やれやれ、やっぱり普通な人間の感性だと、精神的負担が大きい事だったみたいだな。予想以上に悩んじまってる。翼と希に今後は自重させないとな……)
長年共に暮らし、妹達にとっては母親以上の存在である光をして衝撃的な事実であった。
光に増して真面目である小町に知られるのも、荒んだ家庭環境で育ちはしても、一般人である遥達に知られるのも、よろしくない事態を招くであろう事は、予想に難くない。
……父さんは『嫁に行かず、家に残ってくれる娘が二人もいる!』とか言って喜ぶだろうな……剣はそう思ったのであった。
「これで完成っと。みんなー、昼メシできたぞー」
剣の声に、リビングでペット達と戯れていた梓、翼、希、桜の四人が、待ってましたとばかりに立ち上がった。
光は友達と遊びに、遥はバイト、両親と実鳥、小町、燕は買い物に行き、現在家には五人しかいない。
それで、剣が昼食を作っていたのだが、その理由は、単純にこの面子だと一番料理が得意だからである。
梓は味付けにセンスがなく、極端に味が濃くなる事が多い。
翼と希は決して下手ではないのだが、レシピ通りに作る事に満足出来ない質であるため、必要以上に凝って手順を増やし、やたらと時間を掛けてしまう。
桜は、基本的に知識のみで、料理をほとんどしない。一人にしておくとカップ麺に湯を注ぐ事すら面倒臭がる程に。
剣は凝った工夫はせず、単純な料理しか作らない。料理に対して『下手に工夫しなければ失敗しない』をモットーとしている。
本日のメニューも、実に単純明快で、大皿に山盛りにしたキャベツの千切りの上に、一口大に切った豚バラスライスと玉葱を市販の焼肉ダレで味付けして炒めただけのもの。それと、白飯と味噌汁だけ。とてもシンプルである。
「兄様の男メシ、最高であります!」
「お兄ちゃんの料理、単純だけど美味しい~」
「時々猛烈に食べたくなる味だよね~」
「けんちゃんのほうが料理得意なのが悔しい……でも、愛する人の手料理が食べれて、しやわせ~」
「どうも、お粗末様です」
上々な評価に、少しだけ顔を綻ばせる剣。家族に喜んで貰える事は、やはり嬉しいのであった。
「この後だけどさ、みんなどうすんだ?」
「私と希はバンドの仲間と次のライブに向けての打合せ」
「兼、昨日の反省会的な?遅くなるかもだから、夕食は外で済ませてくるね」
果たして、反省しているのやら。
「私は特に予定ないから……けんちゃんに合わせるよ。昨日は作業に集中してて、一緒にいなかったし……」
「ボクも予定ないので、兄様達と遊びたいのであります!明日から中学始まるので、思いっきり!」
「ふむ……じゃあ、どっかテキトーに遊びに行くか。何処がいいかな?」
剣が、何か面白そうなイベントでもやってないか調べようとスマホを取り出すと、光からのメールが着信していた。
「そういや、肉を炒めてた時に着信していたっけ。……ストレス発散しろとは言ったが……妙なトコ行ってるな……」
神妙な顔をしている剣が気になり、姉妹四人が剣のスマホ画面を覗き込んだ。そのメール本文を読み、添付画像を確認し――
「兄様!このお店行きたいであります!引率を所望するのであります!」
桜の食い付きが半端ない。
「へ~。面白そうかも。私達もいってみる?」
「打合せの後、時間あったらいこっか?」
翼と希も食い付いた。入れ食い状態である。
「私も店員さんの制服に興味あるかな……けんちゃん、こういうお店、抵抗ある?」
「……一人だと、流石にな。只、腑に落ちない事が……」
光は家の用事で近場に出掛ける以外では、小まめに連絡をするタイプではある。但し、それは定時報告程度の、簡潔に纏めた物であるのがほとんどである。
にも関わらず、このメールには店名だけでなく、かなり細かく住所が記されており、店内の様子に加え外観まで写真が添付されていたのだ。
(まるで、絶対行ってと頼まれてるみたいだな)
剣には、姉からの遠回しなお願いに感じられ、裏に何か有るのでは?と、眉を八の字にして訝しむしかなかった。
剣が〝妙なトコ〟と評したお店。
それは、アキバ文化の代表とも言えるメイド喫茶と、お茶や食事を楽しみながら、店内を自由に行動する猫達を愛でたり撫でたり出来る、ネコ喫茶を融合させてしまった店であった。
ネコメイドカフェ『29Q』
〝名は体を表す〟を地で行く、猫耳尻尾付きのメイドが御主人(お客)様に御奉仕し、メイド・執事風衣装のにゃんこが気紛れに甘えてきたり、無視してくれたりする、メイドとにゃんこへの過度なスキンシップは禁止されてる健全なお店である。
そんなお店の従業員控室に、ランチタイムのピーク過ぎ、昼食休憩中の猫耳メイドが一人。椅子に座ったまま、上半身をペッタリとテーブルに倒れ付している。相当お疲れな様子である。
伏せているので見ることは出来ないが、彼女のエプロンの胸元にあるネームプレートには『ハルにゃん』と明示されている。その正体は、普段時代遅れな昭和不良崩れメイクで、学校の制服以外一着もスカートを所持していない聖家三女の遥さんである。
その遥さんが現在、猫耳付きオレンジ色ウィッグに、たっぷりフリルなエプロンと半袖ミニスカート猫尻尾付きを纏っていた。メイクもほとんど素顔な薄化粧である。
『29Q』でバイトを始めて三年目となり、仕事振りも店内ではベテラン扱いされている遥がこうも疲弊している理由は、勤続開始から初めて遭遇した危機的状況の為であった。
(まさか、アネさんが来るとは……バレるかと思った……)
遥は、バイト先の事を母親の美鈴にしか説明していない。その理由は、言わずもがな、恥ずかしいからである。
ウィッグはツインテール仕様でスカートの丈は膝上。現代のアキバを舞台とした作品に高確率で登場してそうなメイドキャラそのものである。
(バレなかったよな、多分。それとも気づいてないフリしてくれたのか?……他の奴等に知られたら、どんだけ弄られるか……)
遥の想定では、光にならバレたとしても特に問題になりはしないとゆう考えがあった。基本的に聖家の面々はサブカルチャーへの偏見は薄い(当然桜の影響)ので、光の性格上バイトを秘密にしていた理由を察して黙っていてくれるだろうと思っていたのであった。
しかし、光が精神的にキャパシティオーバーな状態であることを遥は気付いていなかった。
(ウィッグ着けてるし、言葉使いも仕事口調にしてたし大丈夫だよな!訊かれても惚ける!何も問題無しだな!)
そう、この時点では問題無かった。光にもハルにゃんの正体が遥であるか確信が持てなかったのである。普段の光であれば遥が帰宅してから直接確認するだけだっただろうが、今の光には新たなナニカを心に溜めていられる余裕が残っていなかった。
その結果が、剣に送信されたメールとなったのである。敢えて遥に繋がる情報を伏せ、それでいて店が気になるように仕向けたのだ。『確認してくれたらいいな』程度の気持ちで。
こうして、様々な事象が連鎖して御都合展開が組上がっていった。今回の犠牲者は、未だ気付いていない。
次回が遥主役回の本番です!
構成力が未熟でゴメンナサイ……